第七章 闇の力
選択肢1:そのまま逃げ続ける。
1.闇の幻
息が切れるまで走り続けたとき、不意に足がもつれた。
もうダメかもしれない!とコトリンは覚悟した。
「このバカっ、こっちだ」
ぐいっと強い力で引っ張られ、コトリンは靄が追いつく寸前で違う空間に助けられた。
「…た、助かったぁ」
ほっとして座り込むと、上から見下ろす陰が…。
「ちゃんと後から付いて来いって言っただろ」
聞き覚えのある声に見上げると、そこにはナオーキの姿が。
「ナオーキさまっ、どこへ行ってたんですか。あたし、何かあったかと思って」
「何かあったのはそっちだろ」
「だって、サホーコ王女様の声が聞こえて、ナオーキさまが走り出して、すぐに消えちゃって」
「…俺はそんな風に走り出した覚えはないぞ?」
「え、じゃあ、あれはいったい…」
「幻覚でも見たんだろ」
「幻覚…?」
コトリンは先ほどの靄を確かめようとした。
しかし今となっては靄の中までは見えず、あるのはただ暗闇。
これはいったいどういうことだろう。
「…靄の中で、サホーコ王女様が…」
「王女が?」
のぞき込んだナオーキの顔を見て、なんとなく口をつぐんだ。
あんな姿だったと言えば、きっとそれも幻覚だと言われるに違いない。
しかも、それは誰の嫉妬のせいだろう。
あたし?サホーコ王女様?
「…いた気がしたんだけど…」
「なんだ、会ったのかと思ったのに違うのか」
会ったんだけど、あれが本当だったらサホーコ王女様は…。
コトリンは頭を振ってナオーキに向き合った。
「なんとなく王女様の居場所がわかるかもしれない」
「…当てにならないな」
「なんでっ」
「城の中でさえ方向がわからないのに」
「そう、だけど」
「…まあ、いい。
俺も声だけは聞いた。希望の力を見せつけると奪われると言われた」
「…なんだ、会ったんだ」
「会ってない。声だけだ。しかも壁越しで顔も見ていないから本物かどうかすらわからない」
「でも王女様の声だったんでしょ」
「声だけで本物と思えるのか、単純だな」
コトリンは絶句してナオーキを見上げた。
本気で言ってるの?
「…サホーコ王女様、かわいそう」
思わずそうつぶやいて立ち上がった。
「どちらにしても探さないとダメなんでしょ。
顔見たら本物かどうかわかるのよね、ナオーキさまなら」
コトリンの嫌味には答えず、ナオーキは乱れた服を整えて歩き出した。
2.闇の罠
二人は城壁に沿って歩き出した。
『なんて言うか…情緒欠落?』
『でもそこがいいわ〜』
『それにしても相変わらず狭いですね、ここ』
コトリンは背中に向かって一応文句を言ってみた。
「なんで肝心なときに黙ってんのよ、あんたたちって」
『知らないわよ。気づいたら、寝てたんだもの』
『そうよ、なんだかふわ〜〜っとね。睡眠不足はお肌に悪いし』
「モトーキだって男でしょ。お肌よりも光の戦士守るほうが重要じゃないの?」
『あら、お肌は大事よね、モトーキ』
『だーかーらー、モトーキは止めてちょうだい』
『僕の分析のよりますと、先ほどの暗闇と闇ゾーンへの進入距離、それから光の到達点、それに我らの力の関係を…』
『…また寝そうだわ、あたし』
三精霊の言い分では、黒い靄が現れた辺りで急に眠気が来たという。
「…でもやっぱり肝心なときに役に立たないじゃない」
『あら、アタシたちを身につけてさえいれば違ったかもしれないでしょ』
「身につけるって言ったって…」
コトリンは背中にしまってある武器防具を思い浮かべた。
セクシーマントは、素肌に身につけなければ力を発揮しないんだろうかとか。
もしナオーキさまが鎧を身につけたら、モトーキはどうするんだろうとか。
なんだかしがみついていそうだとか。
武器はセクシーマントを着たものしか守らないって本当だろうかとか。
そうするとやはりセクシーマントを着なけりゃダメだろうかとか。
などなど…エンドレスに疑問が頭の中で廻る。
そんなことを考えながら歩いていたので、ナオーキがかけた言葉を聞いていなかった。
「そこ、気をつけろ」
「…え?どこ?」
「バカ、こっちだっ」
「…お、落ちっ」
きゃ、きゃあーーーー。
「コトリ…」
コトリンは自分が出した悲鳴に驚いた。
急に壁がなくなり、おまけに何か穴のようなものに落ちていく。
悲鳴が長く響き、コトリンは闇の中を落ちていった。
3.黒き水
何か冷たい気配を感じて目覚めた。
気がつくと、しっとりとぬらす水滴の中にいた。
下には少しばかりの水がたまり、横たわっていたコトリンの頬と服をぬらしていた。
ぴちょん…。
水滴はどこから垂れてくるのか、皆目見当のつかない深い闇の中、コトリンは辺りを見渡した。
「誰か…」
声を出すとその声は周りに反響する。
手探りで辺りを這ってみた。
すると、右隣に布地の感触があった。
その布地も水にぬれていた。
その布を手繰り寄せようとして気がついた。
ナオーキさまのマント?
コトリンは布地をたどり、程なくしてナオーキの身体を見つけた。
「ナオーキさま!」
手に触れた髪の感触。
その瞬間、手に何かが付いた。
何、これ…。
知りたくなかった。
この感触には覚えがある。
ぬるついた、それでいてべとつく液体。
目を凝らす。
頭の辺りがさらに黒く彩られている。
「い…や…、ナオーキさま…?」
震えながらナオーキの身体を揺する。
水滴などではない。
ナオーキの中から流れ出るどす黒い液体。
周りの暗さにその鮮明な色はわからないが。
なんで?
「ナオーキさま!」
ピクリともしない身体。
コトリンは自分の身体を見下ろす。
もちろん細部までは見えないが、どこも怪我はしていない。
その意味に気がつく。
落ちたのは自分。
それなのに、怪我をしていないのはなぜだろう。
それなのに、ナオーキさまが怪我をしているのはなぜだろう。
「ナオーキさま!!」
コトリンの声が暗い闇の中で響き渡った。
4.闇の混入
「ナオーキさま!!」
コトリンは必死で涙ながらに叫んだ。
「…うるせぇな…」
「…へ…?」
確かに聞こえた吐息とともに出された声。
「い、生きてる〜〜〜」
「当たり前だ。これくらいで死ぬか」
「よか…うっく、よかったぁ」
泣きじゃくる横で、迷惑そうに首を傾けてコトリンを見た。
「だって、こんなに血が…血が…」
「水に薄められて多く見えるんだろ。実際はたいしたことない。
それよりも、とっさに呪文が間に合わなくて、とばっちりだ」
「ごめん、ごめんなさい」
「それに少しだけ意識も飛んでたみたいだな」
「さっきまで、本当に死んでるのかとおもっ…」
「もう泣くな」
「…はい」
はなをすすり上げて、コトリンはようやく泣き止んだ。
「周りは、どうなってる」
「え?暗いよ、変わらずに」
「靄は」
「…ないみたい」
「そうか…。
おまえ、マントを着ろ」
「え?マントって」
「伝説のマントだ」
「えー、で、でも」
「俺に悪いと思ってるなら、つべこべ言わずに着ろ」
「は、はい、わかりました」
「それから俺に鎧を取ってくれ」
「はい」
コトリンは荷物の中からセクシーマントと鎧を取り出した。
鎧はナオーキに手渡す。
「あの、こっち見ないでね」
「…暗くて見えねーよ」
「あ、そうか」
そう言いながらコトリンは着替え始めた。
なぜ急にナオーキが言い出したのかわからなかったが、この際セクシーだろうとなんだろうと、ナオーキのためになるなら構わなかった。
ナオーキも鎧を身につけているようだった。
頭を動かして平気なのか、それもわからなかったが、とりあえず無事な様子がうれしかった。
実際着替え終わると、コトリンはその微妙な露出具合を自分で確認する。
思ったより露出してないかも。
『当たり前でしょ、あんたの身体さらしたって仕方がないし』
突然声が響き渡った。
「や、ちょっと、び、びっくりするじゃない」
『それより、ナオーキさま、やっぱりおかしいんじゃない?』
マントの精:マナリンの言葉に振り向くと、ナオーキの意識が再び途切れていた。
薄れていく意識の中で、ナオーキはつぶやく。
「また…泣くなよ、うるせーから。少し…休ませ…てくれ…」
その声はコトリンには届かない。
コトリンの足元には、水ともナオーキの血とも区別のつかない水たまりが広がっていた。
To be continued.