Angel Qest



第六章 闇の世界


闇の前に人は恐れおののき、進む道さえ見失ってしまう。
心を失ったままさまよい歩くは、亡者のごときなり。
ただ一筋の光を求めて人は歩き続ける。
心を手に入れし強き戦士は、ただ二人のみ。
闇を恐れはしても、決して光を見失うことはないという。

1.義務

余計な荷物を持つ羽目になったナオーキと、その後をついて歩くコトリン。
意外にも宝箱の三精霊は口をつぐんでいる。というより、微妙な雰囲気。
その三精霊の過去にどんなことがあったのか、コトリンは恐る恐る聞いてみたが、それに関してはお互いにけん制しあったまま黙して語らなかった。
そもそも光の戦士だったはずが、こんな風に命を全うする前に閉じ込められてしまうなどあるのだろうか。
神様らしき人、というのも気になった。
神様がいるのなら、どうしてこんな風になるのだろう。
コトリンは真っ黒な空を見上げた。
すでに町を出てからどんな旅人にも会わない。今まで歩いてきた街道はにぎわしかったというのに。
そしてそのままナオーキの背中を見た。
相変わらず何を考えているかさっぱりわからない。
戦闘のたびに怒鳴られ、魔法の訓練のたびにため息をつかれた。
それでも、決してコトリンを見捨てることなく一緒に歩いてきた。
それがうれしかった。
二人で歩きながら、このままならずっと続いてもいいと思っていた。
もちろんそんなわけにはいかなかった。

この真っ暗な世界に足を踏み入れてから数日、コトリンはあまりしゃべらなくなっていた。
ナオーキは、さすがにこの女も疲れと恐れが出てきたかと思ったが、何度目かの野営のときに二人で向き合って話す機会を得た。

「あたしのお母さん、嵐の時に行方不明になってそれっきりらしいの」

ぽつりといった言葉にナオーキはコトリンを見た。

「お父さんは何度も探したらしいんだけど、それでも見つからなかったの。
もう亡くなっちゃったかもしれないんだけど、それでも探すのやめられなかったらしくて。
あたし、そんなことちっとも気がつかなくて、お父さんが亡くなったって悲しそうに言った言葉だけ信じてた。
あ、だからこの話はパンダイの王さまに聞いた話。
あたしってやっぱりバカだったな」

コトリンは村に着くたびに母のことを聞いていた。
それは別に旅する上で困ることではないので、コトリンの好きにさせていた。

「神様がいるんだとしたら、あたしのお母さん、まだ生きてる気がするのよね」
「…何でだ」
「うーん、うまく言えないけど、いつかご褒美のようにお母さんに会わせてくれるんじゃないかって。光の戦士としてお父さんやお母さんみたいに旅することって、きっと試練じゃないかって気がするの。
世界を助けるなんて大きいこと、あたしには無理かななんて思うんだけど、それでもそれだけのことを成し遂げられるくらい頑張らないとだめなんだってことかな…とか」
「世界なんて、滅びるときは滅びるんだ。別に魔王なんかいたっていなくたって、ちょっと天災や戦闘でもあれば簡単にな。
第一神様がいるなんて俺は信じていない」
「…そうなんだ」
「世界が助かるかどうかは別として、光の戦士になった以上は義務としてやり遂げる」
「でもそれって…」
「…何だ?」

コトリンは言葉を飲み込んだ。

それってちょっと悲しい考え方よね、と。

コトリンは端正な横顔を見て考えた。

頭のいい王子様は、なんでも分析して、何もかも先のことがわかってしまうのかしら、と。

遠い未来のことまで?そんなことあるわけない。
このあたしと出会ってから、きっと思うようにいかないことばかりだったに違いない。時々は青ざめた顔も見たし、何度も舌打ちして失敗したとつぶやく言葉も聞いた。

もちろんそれはほとんどコトリンの失敗によってもたらされた結果だったりするのだが。

「光の戦士になるなんて思ってなかったけど、これはこれでいいかもしれないって思うの」
「…俺は迷惑だ」
「そ、それはごめん…ね。で、でもさ、それで世界の人が喜んでくれたらうれしいじゃない」
「…別に」

そっけなくそう返されて、コトリンは再び黙った。

義務として…。
王子様にとって光の戦士として魔王を倒すことは、世界を助けるとかそういう大義名分のためではなく、ただの義務。
選ばれたのが自分だったから、仕方がなく行く。
もしも他の人が選ばれていたら、きっと無関心。せいぜい自分の国が迷惑を被らないように、滅びないように、王子としての義務を果たすつもりでいたんだ。
だって、それが王子様としての大きな役目だものね。
あたしのように好き勝手できないんだ。
王子様って、かわいそうかも。

コトリンはそっとため息をついた。


2.闇の中で

闇の中を進むのはひどく恐ろしかった。
それでも何とかコトリンの足を緩めずに歩くことができたのは、ほかならぬナオーキ王子のお陰だった。

『なんだかお先真っ暗ってかんじ〜』

無責任にも陽気な声が背中から聞こえる。

『大丈夫ですよ、マナリン。このフナーツにお任せください』

ブツブツと聞こえる声を背に二人は歩き続ける。
ナオーキからコトリンの背中に移された三種の神器の精たちは、ここぞとばかりに盛大におしゃべりを始めた。
ナオーキの背中で話しだして荷物を放られたのが原因だった。

『で、誰だっけ、何とかというお姫様を助けるんだっけ』

はっとコトリンは思い出した。
あのきれいな王女様。捕らわれている王女様を救い出さないことには、魔王を倒しても意味がない。

「…サホーコ王女様を助けたら、どうやって魔王を倒すの?」
「助け出せたら考える」
「そ、そうよね。どこにいるかもよくわからないし」

『あ〜ら、先に魔王のところにたどり着いちゃったら、お姫様助ける余裕なんてなくなるわよ』
意地悪気に鎧の精:モトーキは言った。

コトリンはナオーキの顔を見た。

きっと助けるわよね。
だって、サホーコ王女様はきれいな方で、ホクエイの国の王女様で、何もしていないのに連れ去られちゃったんだもの。
…かわいそうだわ。

「ホクエイ国を助ければ、パンダイ国にとっても有利になる」

…それだけ?

「王女様、かわいそうだわ」

コトリンがそうつぶやくと、ナオーキはすかさず言い放った。

「サホーコ王女はおまえみたいなバカじゃない。ただ待ってるだけなんてことはないはずだ」
「ひ、ひどっ…い」
「生きて帰れることのほうが少ないんだから、王女といえど覚悟してるだろ」
「でも、王女様だって帰りたいに決まってるわ」
「おまえも俺も生きて帰れる保障はないぜ?」
「…わかってる。それでもあたしはあきらめない。あきらめたら本当に帰れなくなっちゃうもの」
「…ふーん。まあせいぜい頑張れば?」

なんて他人事な!

コトリンは憤りながら歩みを進める。
怒りのせいか、先ほどに比べると闇の中でも歩きやすい。

『ねぇ、なんかコトリンが怒ってから周りが明るいわよね?』
『そうねぇ。希望を感じたりすると闇も退けられたりするんじゃないかしら?』
『えー、でも、モトーキ』
『だからその名前で呼ばないでちょうだいっ』
『そんな能力、今までの光の戦士にあったかしら?』
『知らないわよ。でもあったとしたら面白いじゃない?
それにこの二人、必要条件は満たしてるみたいだし』
『…ああ、あれね。あたしとモトーキじゃダメだったわけよねー』
『ひどいわよね。選ぶほうも選ぶほうだと思わない?全く神なんて…おっと…危ない危ない』

はるか向こうに、微かにきらめく光があった。

「あれ、光った」
「…行くぞ」
「でも罠だったら?」
「手がかりは何もないんだ。罠でも何もないよりマシだろ」

二人はそのまま闇の中を光を目指して進むことになった。


3.闇の先

コトリンとナオーキは、敵地での闇の中、瞬く光に向かって進んでいた。

「ねぇ、もしも本当にこのまま帰れなくなっても、ナオーキさまは後悔しない?」
「…しない」
「本当に?もっと遊びたかったなぁとか、おいしいもの食べとけばよかったなぁとか」
「…しない」
「そ、そりゃあ、王子様は何でもできるし、おいしい物だって食べられるだろうけど」
「そんなことは程度の差こそあれ、誰だってしてきてるだろ」
「あ、じゃあ、す、好きな人とかは?」

ナオーキはようやくコトリンの顔を見た。
くだらない話でも闇を払ってくれるならありがたいとそのままにしていたが、一際闇の中を照らすコトリンに驚いて思わず立ち止まった。
コトリンは珍しく立ち止まったナオーキに驚いて、同じようにナオーキの顔を見て立ち止まった。

「あの、あの、ち、違うの。もしナオーキさまにす、好きな人とかいたら…」
「何だよ、続けろよ」
「最後に一目会いたいな、とか、もっと一緒にいたかったとか思うのかなって」
「…さぁ…?」
「…いないの?」
「こんなときに好き嫌い言ってる場合じゃないだろ」
「え、でも、あたしだったら、一緒にいたいし、その人のためだったら死んでもいいかなって」
「くだらないな」
「そ…んなことないよ」
「考えたこともない。どうせそのうちおふくろがどこからか見つけてくるだろ」
「そんなのおかしいわよ。あたし、だって…」

ナオーキさまが…。

「で、いるのか?」
「は?」
「おまえには」
「な、なに?」
「その好きなやつとやらが」
「い、いるわよっ」
「へー」

いるわよ、目の前に!

そのまま無言でまた歩き出した。
なかなか近づかない光が、まるでナオーキの心のようで、コトリンは少し切なくなった。
そのとき、微かな声が。

「…ナ…さま」

「今、声が!」
「ああ、聞こえた」

「ナオーキ…王子様」

駆け出したナオーキ王子の後を追うようにして走りながら、コトリンは胸が痛かった。
サホーコ王女様のためにはきっとこんな風に駆け出すに違いない。
そう思うと自然に涙が流れた。

より一層黒い靄の中を駆け抜けたとき、ナオーキは少しだけ嫌な感じを覚えた。しかもその靄の暗さにとまどった。
先ほどまで松明もないのに明るく感じていたのは、やはりコトリンのせいだったのだと気づいた。
今は後ろを付いてきているのかすら見えない。
思わず後ろを振り返る。
生きる希望を口にするたびに、周りの闇を自然と遠ざける力。
きっとそういう力こそが光の戦士としての隠れた能力なのだろうと、ナオーキは漠然と感じた。
魔法も剣も自由に扱える自分が持たない力。

まあ、それくらいの特技がないと戦士として価値もないだろうが。

そんな辛らつなことを思っていた。
そして、好きなヤツとかの話をしだした途端に光り輝いた。その光は暖かく、思わず立ち止まってしまったほどに。

そして、今、その光が見えない。

「ナオーキ王子様、サホーコです」

はっとして靄の中を目を凝らした。
目の前にいつの間にか城の壁があり、壁の向こうから声がするのだった。
上に明かり取り用の小窓があった。もちろんこの闇の中では役に立たないものだが、きっとこの城も昔は豪奢な光の中に立っていた城だったのだろうと思わせる。

「いずれ助けに伺いますから、もう少しの辛抱を」

「は、はい。私はここでお待ちしております。
魔王は希望の力を欲しております。むやみやたらに見せると奪われてしまいます…。
お気をつけて、ナオーキ王子様…」

ナオーキの目には、黒い靄以外何も映らなかった。


4.捕らわれた王女

「ナ、ナオーキさまー!」

突然ナオーキ王子が駆け出してすぐ、コトリンは慌てて後を追ったが、その姿は忽然と闇に消えた。
迷子になったとき、闇雲に動くなと教えられたが、こんなときはどうすればいいのだろうとコトリンは途方にくれた。

「ど、どうしよう」

背中の三種の神器の精たちに話しかけても、何も言わない。
背中に背負った袋をゆすっても不平も言わない。
コトリンは迫る不安を抑えきれず、もう一度ナオーキの後を追うことにした。

ナオーキさま、何かあったのかもしれない。あれだけあたしを今まで待っていてくれたんだもの。今さら一人で行くなんてことするはずがないわ。
もし何かあったら、あたしは絶対に助け出してみせる…!

そんな決意を新たにコトリンが歩き出すと、まもなく城の壁にたどり着いた。

ああ、もしかしたら光はここから…?

しかし、どこにも入口は見当たらず、仕方がないのでその城の壁沿いに歩くことにした。

いくらなんでも入口がないなんてことないわよね。

コトリンは少しずつ壁に手を当てて歩き続けた。
そして聞こえる声。

「どなたか…」

捕らわれた王女様かもしれないと、コトリンは大声を上げた。

「サホーコ王女様?」

「…だ、れ…?」

「助けに来ました」

壁の向こうから聞こえてくるのは、弱々しい声。

「ナオーキ王子様じゃ、ないの?」

うっと言葉に詰まったコトリンは、なんと返事をしようかと目の前の壁をにらみつけた。

「さっき、はぐれちゃって…。その、王子様じゃなくてごめんなさい…」

すると、目の前の壁が急になくなって、コトリンは前にすっ転んだ。

「う、うわっ」

何?何が起こったの??

そして目の前に現れた王女様。いつの日か見たあのサホーコ王女の姿があった。

「サホーコ王女様、は、はじめまして」

サホーコ王女はコトリンに顔を向けてにっこり笑った。

「そう、あなたがもう一人の光の戦士だったのね」
「ええ、まあ」
「そう、あ、な、た、が…」

や、やだ。
なんだろう、この嫌な気持ち。

あろうことかサホーコ王女のほうから、黒い闇が降りかかってくるようだった。

「あの、サホーコ王女様?」

すっとサホーコ王女の手が差し伸べられ、思わずその手を取ったコトリンの手から火花が散った。

「きゃあああああ」

自分が出したのかと思ったが、その声はサホーコ王女からもたらされた。
見ると、サホーコ王女の白い手はただれている。

「ひ、ひどいわ…」

自分の手は何ともなっていないことを確認したコトリンは、サホーコ王女の手を見てうろたえた。

「あ、た、し…何も…何もしてません」
「ひ、ど、い、わ…」
「ごめん…なさい…」
「あなたも一緒だと思ったのに…」
「え?」
「ナオーキ王子様へのこの想い、一緒だと思っていたのに…」

その口調はどんどん暗く重く響き、コトリンは身震いした。
そんな不穏な気配に身震いしながらもコトリンはもう一度王女の姿をのぞき見た。

「どうしたんですか、王女様」

もう一度サホーコ王女に触れようとして、先ほどのことを思ってためらった。

「逃げろっ」

どこからか響く遠く微かな声にコトリンは周りを見渡した。

「ど、どこへ?」

思わずそう問い返す。

「王子様…ひどい…。私を選んでくれないなんて…」

サホーコ王女だと思っていた姿はみるみるうちに黒い靄に変わり、ドロドロとコトリンのほうへ流れようとしていた。

「いやーーーーー、ナオーキさま助けてー!!」

そう叫びながらコトリンは走り出した。取り込まれてしまったら、何だか凄く嫌な気持ちになりそうだと本能的に悟った。
どこが壁だかすでにわからないままコトリンは走り続けた。
黒い靄はコトリンを追い続ける。

「…ナオーキ…さ、ま…」

靄の中から悲しげな声が響く。

あれはサホーコ王女様?
それとも魔王?
なんて悲しそうな…。

コトリンは気になって後ろを振り向いた。


選択肢1:やはりそのまま逃げ続ける。
選択肢2:気になるので立ち止まって靄の正体を確かめる。


To be continued.