第八章 抗う光
選択肢1:そのまま逃げ続ける。
1.回復の呪文
「ナオーキさま!!」
暗闇の中、コトリンはナオーキに向かって必死に声をかける。
『しっかりなさい。
あんたまで取り乱したら魔王の思うツボでしょ』
『お任せください。
このフナーツ、精霊になる前の職業は薬師でした』
「え、そうだったの。
じゃあ、すぐ見て、ナオ−キさま、どうなったの?」
『うーん、頭蓋骨陥没…』
「えええっ」
『…はなさそうですね』
『…紛らわしいのよっ』
鎧と武器のけんかなんてしゃれにもならない。
コトリンは鳥目でナオーキの血にぬれた辺りを探る。
『これだから一流になれないのよね』
ため息ついたようにマントの精:マナリンが言った。
『どうやら頭は切り傷。肩の辺りも怪我しているようですね』
「それ、どれくらいひどいの?」
『…残念なことにこの私を持てないくらい』
「…それって、凄くひどいってこと?」
『いえ、逆の手なら持てるかと』
「もう、そういうことちゃんと言ってよ」
『…でもですね、できれば両手で持っていただかないと』
「そんな細かいこといいじゃないの」
『それでも片手では何かと不便だと…』
「えーと、回復の呪文…呪文…」
『ここは一つ気付け薬を作ってはいかがでしょうか』
『…どこにあんのよ、その材料がっ』
『おお、これはしまった、私としたことが』
ふ〜とため息をついた様子のマントの精:マナリンは、話し続ける二精霊に言ってみた。
『ねぇ、この子、全く聞いていないみたいだけど』
ブツブツとつぶやき始めた琴子の耳には、二精霊の会話などとっくに聞こえていなかった。
『え、何言って…呪文…?!』
『そ、それは危険では』
『止めなさいよ、フナーツ!!』
『いや、むしろその役割はモトーキさんの役目では』
『この娘の呪文、まともに作用したことあるわけ?!』
『まあ、被害が出るなら、あたしじゃなくてモトーキのほうだろうけど』
『マナリン、あんたねぇ』
三精霊が言い合っているうちに、コトリンの手は徐々に熱を帯び…。
『ヒ、ヒ〜〜〜〜ッ!
止めてちょうだい、アタシはまだ死にたくはないわよぉ…!』
『…というか、一度死んでるんじゃ…』
『死んでないわよっ。
死んでたらこんな鎧に閉じ込められてるわきゃないでしょっ』
『あら、そうだったかしら』
『や、やめて〜〜〜』
『最悪鎧の持ち主は死ぬかもしれませんが、鎧自体は丈夫そうですから、ここは覚悟なさったほうが』
そう言っている間に、コトリンの手から光があふれ出した。
『フ、フナーツ、覚えておきなさいよっ』
そう言った鎧の精:モトーキの言葉を最後に、コトリンの手からあふれ出した光は一気にナオーキに向かった。
2.温もりの中の希望
気合い一発、コトリンは習った(と思うはずの)呪文を唱えた。
この際ナオーキの危険度は考えてはいけない。
ボンッと煙が上がったが、とりあえずナオーキは無事だった。
『ど、どうなった…?』
コトリンとマントの精:マナリンは、ごくりと息を呑んだ。
『とうとう死にましたか?』
『ウソッ』
「ナ、ナオーキさま?」
コトリンがナオーキの顔をのぞきこんだとき、地の底から響くような声が…。
『コ…コトリン…』
「な、何、今の声。魔王?」
『…誰が魔王よっ。
よくもアタシに向かって未熟な呪文を吹っかけたわねっっ』
「…なんだ、モトーキか」
『なんだとは何よ。こっちは死ぬ思いだったわよ!』
「でも死んでないじゃない」
『もとより死んでるんじゃ…』
『だから死んでないってばっ』
「それよりナオーキさま!」
コトリンがもう一度ナオーキの身体を揺すると、少しだけ目を開けた。
「ナオーキさま?!」
「…うるさい…。少し寝かせろって言っただろ…」
「だ、だって」
コトリンは半泣きでナオーキの顔をのぞきこんだ。
「き、傷は…?」
「…さぁ…な」
「回復の呪文、効いたのかしら」
「…呪文…?」
「今、呪文唱えてみたの」
何故か自信満々にそう答えたコトリン。
ナオーキは頭に手をやりながら動きが止まる。
…生きていてよかった。
心底そう思いながら、それでも傷からの血が止まっているのを確認した。
効いたのか効いていないのかわからないが、とりあえず体の自由が利くのなら動かなければ、と思った。
少しずつ身体を動かせば、頭は多少ぼんやりとするが動けないことはなかった。
いったい何の呪文を唱えたのか聞きたかったが、それを聞いてもあまり意味がないと即座に判断した。
とりあえず頭は大丈夫そうだな。
肩は…仕方がないか。
ふらつく身体を何とか起こしたところで、コトリンがナオーキを慌てて支えた。
「本当に行くの?」
「ずっと穴の底で暮らすわけにいかないだろ」
「ね、もう少し休まなくていいの?」
「休んでいたところを起こしたのは誰だ」
「…ごめんなさい」
ナオーキは辺りを見渡してため息をつく。
どこからどこへ行ったらいいのか、全くわからなかった。
落ちる前も暗闇なら、落ちたそこも暗闇だった。
それでも留まるわけにはいかない。
それに…。
自分の身体に回された腕の温かさを感じた。
暗闇の中でもそれだけははっきりとわかる。
まだ行くべき道はあるはずだ。
その温かさに触れていると不思議とそう思えるのだった。
コトリンはナオーキの身体を支えて立ち上がった。
ナオーキがかばってくれたお陰で、自分の身には傷一つないのをコトリンはよくわかっていた。
あたし、この先何があってもナオーキさまの役に立つように頑張る。
命かけてもいい…。
コトリンはナオーキとともに出口を目指して歩き出した。
3.光の能力
「ナオーキさま、やっぱりこっちから風が吹いてる気がする」
どれくらい歩けばいいのかもわからない中、ナオーキの身体は疲労してきていた。
体力を少しずつ回復してくれるという鎧でさえ追いつかないほどに。
そんなナオーキを気遣ってか、コトリンはナオーキの身体を支えて歩き続けていた。
確かに暗闇が続く中で、コトリンは何かを感じていた。
本能では行ってはいけないと警告する何か。
何か、嫌なもの。
その嫌なものを具体的にあげることはできなかったが、神経を研ぎ澄ませばゾクリとくるものが前方から流れ込んでくるのを感じた。
その感覚を一所懸命ナオーキにも説明したが、全くわかってもらえず、コトリンは半ばあきらめていた。
しかし、三精霊の助言もあり、その嫌なほうへわざわざ進むことにしたのだった。
ナオーキは何度かコトリンが言っている風に注意を向けた。
…が、全くそれらしきものを感じなかった。
信用するならば、おそらく出口が近づいているのだろうと考えられる。
ナオーキにはない能力。
闇を感じる力
コトリンの感覚をあえて言葉にするならば、そうと言うしかない。
ナオーキは言葉で言うほど最初のようにコトリンを無能だと思っているわけではない。
光を放つ能力ですら珍しいと思っている。
だからこそ、今の自分のほうが無力だと感じてもいた。
呪文を操る能力など、少しばかり魔法力のあるものなら使いこなせるだろう。
もちろん今ではその能力自体も珍しいものだというのは、ナオーキでもわかってはいたが。
そして武器は訓練次第で誰でも扱える。
いったい自分が光の戦士に選ばれたのはなぜだろうと思っていた。
何か自分にしかない能力。
それを求めていたのではなかったか。
闇と向き合えばそういう能力が発揮されるものだと思っていた。
ところが、本当に発揮したのはコトリンのほうで。
ナオーキは、はるかに自分よりも小さいのに自分を支えて歩く少女を見た。
「ねえ、ナオーキさま、いきなり魔王に遭ったらどうしよう」
自分の思いとは全くかけ離れた思考能力の持ち主。
今このときですら、ここから抜け出せないとは考えない。
ナオーキは人知れず笑みを浮かべた。
「…手間が省けていいだろ」
「そ、そっかぁ」
ナオーキはくだらないことを考えるのはもうやめようと思った。
コトリンの言うがままに歩くのはしゃくだったが、この際この少女とともに行くのも悪くはないと思い始めていた。
それからどれくらい歩いただろうか。
一度歩くのをやめて休憩でもしたほうがいいだろうかと思ったとき、それは現れた。
…扉?
二人は顔を見合わせた。
おまけにそれまでなかったはずの明かりまで扉の横についていた。
なんて都合のいい。
いかにもこの部屋に入れと促しているかのようだった。
『うわ、これ、絶対魔王がいそうよねぇ』
『私の予想によれば、99パーセントの確率で魔王の居室でしょう』
『というか、なんでこんないきなり現れるわけ?都合よすぎ〜』
三精霊の言葉に二人はとりあえず自分の姿を整える。
ナオーキはとりあえず回復の薬を飲み、魔法薬の準備をした。
コトリンは、急に明るくなった周囲に戸惑い、セクシーマントを着た自分の姿を一所懸命マントで覆い隠すことに。
「…開けるぞ」
ナオーキの言葉にコトリンはうなずいた。
ここまで来たのは何のためだったのか。
それを思い出して身震いした。
4.扉の向こうへ
扉を開けたそこは、ただの居室のようだった。
何の変哲もない部屋。
絨毯の敷かれた床。
一脚だけある椅子。
窓際にある蝋燭の明かり。
厚い窓幕。
ナオーキは拍子抜けして部屋の中を見渡した。
コトリンは真っ先に蝋燭の明かりを目にしたが、照らされていない暗闇が怖かった。
二人は罠だと思いながらも部屋の中に足を踏み入れた。
「お待ちしていましたわ」
不意に聞こえた声にコトリンは「ヒッ」と声を出した。
「サホーコ王女…?」
ナオーキは現れた人影に問いかけた。
「…お忘れですか」
「…いえ、そういうわけでは」
「ずっと…お待ちしておりましたわ」
「ここは?」
サホーコ王女はそれに答えず、後ろにいたコトリンに目を向けた。
コトリンはそれに気づくと、思わずナオーキの背にしがみついた。
サホーコ王女はそれを見て微笑む。
「…かわいらしい方」
その微笑はあまりにも美しくて、ナオーキですら目を細めた。
コトリンは美しさに身震いして、ますますナオーキの背にしがみつくことになった。
「なぜ私ではなく、この方なのか。
捕らわれている間、考えて、悩んで…。
そして、とうとう憎んでしまいましたわ」
サホーコはその長いまつ毛を伏せて顔をゆがめた。
「それは…」
ナオーキは言葉を紡ごうとして途切れた。
何を言うつもりだったのだろう。
いつもなら悪口雑言出てくる口から、これ以上サホーコを責める言葉を放つのか。
それはさらにサホーコ王女の憎しみを増幅することにならないか。
もちろん憎んだという言葉をそのまま受け取ったならば、だが。
そして、それをためらうことは、すなわちコトリンをかばうことになるのか。
ナオーキは滅多に迷わない言葉選びに躊躇したのだった。
「選ばれなかったこの身が呪わしいとまで…」
低く響いたサホーコ王女の声に驚いて、コトリンは知らずうちに声をあげていた。
「…あ…あたし…」
徐々に漂ってくるさらに黒い靄を感じ、コトリンはナオーキの背からも離れて後ずさりを始めた。
「なんで…?
だって、あたし、知らないうちに光の戦士になって…。
いつもお荷物だし、ナオーキさまに迷惑ばかりかけてるし」
ナオーキは、コトリンが離れていくことに不安を覚えた。
自分からはまだ一歩の距離しか離れていないというのに。
靄がナオーキを包み始め、その不安感を加速させた。
先ほどまでどれだけ離れてもそばにいるのが見え、淡いながら光さえ感じたにもかかわらず。
その不安から思わずコトリンの腕をつかんだ。
コトリンはナオーキに腕をつかまれて、はっとして顔を上げた。
後ずさりしていた足を止め、コトリンは前を向いた。
「でも」
美しくも暗いサホーコ王女の顔を見返し、コトリンはきっぱり言った。
「あたしはあきらめない」
その瞬間、コトリンを光が包み込み、黒い靄が一瞬にして晴れていった。
ナオーキですら目を細めたその光は、部屋を徐々に満たしていき、黒い靄を押し返していった。
「…や、め、て…!」
サホーコ王女の悲痛な叫びが切れ切れに聞こえた後、部屋は静寂さ取り戻した。
To be continued.