Angel Qest



第九章 光と闇の攻防


選択肢1:そのまま逃げ続ける。

1.揺れる光

静まり返った部屋の中で、コトリンはナオーキと顔を見合わせた。
蝋燭の炎は消えずに残っていた。

「…役立たずなんかじゃない」

ナオーキはコトリンの腕をつかんだままそう言った。

「魔法も使えないし、戦闘もできないし。
罠には引っかかるし、怪我もさせられるし」
「ご、ごめんなさい」
「それでも、俺にはできない」
「何を?」
「闇を退ける力なんて俺にはない。
だから、おまえはそれでいいんだ」
「ナオーキさま…」

コトリンは思っていた。
それはナオーキがいるからこそ発揮できた力なのだと。

だから、ナオーキさまがいないと、やっぱり役立たずなのかもしれないけど。

「でもどうしよう。
唯一の手がかりの王女様、どこかに行っちゃった」
『おお、予想の1パーセントに当たるとは』
『でも普通は魔王の部屋だと思うわよね』
『マ、マナリンさ〜ん』
『ちょっと、やめてよ。別にかばったわけじゃないわよ』
『でもこの部屋、おかしいと思わない?
さっきから蝋燭の炎一つも揺れてないし』

鎧の精:モトーキの言葉に見てみれば、確かに炎は空気の流れに逆らっているようにも見える。

ナオーキは、サホーコ王女のいた場所をじっと見ていた。
何かが見つかるわけではなかったが、いきなり消えたには何かあるのだろうと思っていた。

コトリンはそんなナオーキを見て、少しだけ胸が痛んだ。

「…ナオーキさま。
今は王女様も闇に捕らわれてるだけですよ。
だから、ちゃんと魔王を倒して、王女様の呪縛を解いて、一緒に連れて帰りましょうね」

ナオーキはコトリンの言葉に素直にうなずいた。
コトリンがそう言うのなら、できる気がした。
自分にはできない何かをしてくれそうだったからだ。

コトリンは、あまりにもナオーキが素直にうなずいたので、やはり王女様にはかなわないのだと思った。
それを認めるのはひどく悲しかったが、せめてナオーキの役に立つためにも王女様を探し出そうと思った。

精霊たちにはその心を読むことはできなかったが、その心の隙間がなんとなく不安で仕方がなかった。


2.迷いの光

蝋燭の炎はあるが、かえって光に惑わされそうで、コトリンとナオーキは蝋燭から目をそらした。

「部屋を…出ましょうか?」

コトリンの問いかけにナオーキはしばらく考え込む。

「いや、手がかりはこの部屋にしかない」

『そんなこといつ決まったのよ』
こっそりと鎧の精:モトーキがささやく。

「そ、そうね。じゃ、もう少し探しましょうか」

遠慮しがちなコトリンに、さらにこっそりとささやくマントの精:マナリン。
『ていうかぁ、あれは自ら引っ込んだと考えるべきよね』
『本来の姿が闇に隠されています』
『そんな当たり前なこと言ってどうなるのよ』
マナリンの言葉にもめげずに武器の精:フナーツは続ける。
『私の波長探索によれば、この辺りに濃い闇の波長が残っているのは確実です』
『…何で最初からそれ使わないのよ』
『いえ、波長はそう簡単には…』
『…結局役立たず?』
『マ、マナリーン』
二精霊のやり取りに首を振りながら(多分)、ため息をついたモトーキ。

「こっちだ」

そんな会話を続けているうちにいつのまにか隠し扉なるものを見つけたナオーキ。全くもって精霊は役立たずと言うほかはない。
コトリンは、ナオーキの後ろから隠し扉の向こうをのぞきこんだ。

先ほどまでの重苦しい闇ではなく、物悲しい闇の気配。
これは先ほどサホーコ王女がまとっていた気配と似ていた。
ああ、確かにこの奥にはサホーコ王女がいるのかもしれないと感じた。

「行くぞ」

のぞきこんでいたコトリンは、なおも果てしなく続きそうな闇の中へ降りていくナオーキの背中を見つめた。
蝋燭の光だけが光源のこの部屋の中で、コトリンは自分の弱気な心を戒めた。

助けなければいけない。
王女を、国を、世界を。
でも。

光がぐるぐると回り出す。

闇が怖い。
でも、光も悲しい。

はっとして、慌ててナオーキの後を追う。
もう足音さえ聞こえない。

「ナオーキさま?」

隠し扉の向こうの階段を慌てて下りる。
何段か降りたところで音も光も消えた。

「ナオーキさま!」

返ってくる声は、なかった。


3.離れた光

コトリンは階段を下り続けた。
何も見えない暗闇の中を、不安に駆られながら。
なぜナオーキが消えてしまったのか、いったい何が起こったのか。

『何も聞こえないわ』

もしかしたらマントの精:マナリンが呼びかければ、武器の精:フナーツに届くかもしれないと、嫌がるマナリンを説き伏せたというのに。

『何も感じないの?』

そう続けざまに言われ、コトリンは歯を食いしばった。

泣かない、泣きたくない、ナオーキさまに会うまでは。
もし、闇を退ける力が…ナオーキさまの言うとおりにあるならば、この闇も必ず退けてみせる。

コトリンは全身全霊をかけて祈った。
ナオーキが見つかるように。
サホーコ王女が見つかるように。
そして、魔王が見つかるように。


 * * *


ナオーキは、自分が倒れているのを感じた。
頭痛がひどく、起き上がろうとするとめまいがした。
頭の傷と関係があるのか、よくわからなかった。
このまま目をつぶって眠っていられたら、どんなに楽だろうと思った。

『しっかりして』

何やら声が響いた。
再び身体を起こそうとして呻いた。
その声が頭の奥で他人事のように聞こえた。

『困りましたねぇ』

そう、本当は凄く困る。
それだけはわかる。…が、どうしても身体を起こすことができなかった。

暗闇だけが広がる。
先ほどからずっと暗闇なのに、さらに暗い。
光の入り込む隙間のない闇。

何かが間違っていたのかもしれない。
誰かと一緒に旅をしたことか。
それとも逃げられない魔王との戦いを引き受けたことか。

どんどん記憶は遡る。
教師が教えること全てを学んでしまったことか。
幼少時の友人が全て去っていったことか。
…王国の王子として生まれてしまったことか。

記憶は光から遠ざかる。
不幸ではなかったはずだ、と記憶は訴える。
なのに、光の記憶が見当たらない。
全てが闇に溶け込んで、嫌なにおいを放つ。

思い出しても仕方がない。
だから、もう少し。
このまま、眠っていようか。

今まさに闇の眠りの中へ入り込もうとしたナオーキに、全く別の記憶が飛び込んできた。

「バカだからといって、バカにしないでよね!」

なぜ、今、こんな言葉を思い出したのだろう。
不意に笑みがこぼれた。


4.跳ね返す光

階段はないとわかった後は、ただ駆け出した。
コトリンは闇の中をあてもなく駆け出して転び、それでも立ち上がって駆け続けた。
不意に「こんな真っ暗な中で走るやつがあるか、馬鹿」とどこからか声が聞こえないかと耳もすませてみた。
何でそんな無謀なことをするのか、マントの精:マナリンは首をかしげた。

「ナオーキさま!」

声はこだまするほど広い空間であることがわかった。
本当は闇雲に走ることが何の解決にもならない事をわかっていたが、この先のどこかにいるかと思うと、走らずにはいられなかったのだ。

あたしは約束したわ。
この命に代えてもナオーキさまを守る、と。
役立たずだけど、それでもいいと言ってくれた。
そのままでいいと言ってくれた人がいる。

「ナオーキさま!」

お願い、あたしを呼んで。
ほんのちらりとでもいいから、あたしのこと思い出して。
そうしたらあたし、どこへでも行くから。

声はただ響く。
コトリンの願いを聞き届けたかのように遠くへ。


   ああ、これは純粋なる者の声だ。


闇の中でつぶやかれた声は聞こえなかった。
コトリンは光を見る者、だからだ。
その声は、ひどく楽しげにささやいた。


   だから、早くおいで、光の勇者よ…。


コトリンの声は、真っ暗闇の中でもよく響いた。
それは、闇の入口で迷う者にも届いた。


ナオーキは思い出した言葉に微笑んで、そして目覚めた。
明るい。
今まで暗闇の中にいたと思ったのに、なぜ。
そうは思ったが、さほどおかしいとも思わずにしっかりと目を開けて、周りを見渡した。
光の中で、まぶしさに目を細めようとしたとき、その声は聞こえた。

「ナオーキさま…!」

澄んだその声は、ナオーキの記憶を揺り動かした。
上半身を起こした。
光の向こうから呼んでいるものがいる。
そちらへ行こうとして、身体を動かした。
光が強くて、辛い。
思わず自分の手を見る。
どうしたらそちらへ行けるのか、思い悩んだ。
まるで、自分が闇になったような気分だった。
光が強い分、闇が色濃く映る。
もう一度、呼んでほしかった。
今自分を包んでいる光よりももっと明るく、暖かい場所へ。

「あたしの命に代えても…ナオーキさまを…」

悲痛なくらいの叫びだった。
どうして俺のために…?
ひどく切なく、苦しく、ナオーキの胸に響いた。
その切なさ、苦しさの正体もわからぬまま。


To be continued.