坊ちゃまとあたし




16


斗南高校体育祭の応援合戦が始まろうとしていた。
言われるがままに女子は皆スカートをはいて、ポンポンを両手にチアガール風に。
初めてなのであたしたちはそういうものだと思っていたけど、そんなふうに気合の入った組はF、E、頑張ってD組までだった。
F組だけは一年から三年まで気合入りまくり。
男子は普段着ない学ランをどこからか揃えてきて、大声を張り上げて応援団風。
女子は短いスカートをひらひらとさせてチアガール風。もしくはアイドル風。
それぞれ工夫を凝らした衣装を着て、音楽とともに練習した踊りを踊る。
短い時間でいかにアピールするかがポイントで、A組なんてまるでやる気なし。
点数なんてどうでもいいみたい。
こんな日なのに座席に座ったまま参考書だの小説だのを読みふけっている人もいるくらい。
そもそも高得点大好きのA組がF組に負けるのを良しとするのか。
「ああ、それはね。体育祭なんて参加だけすればそれで体育の点数や内申点はもらえるのよ。順位やなんかは全く関係ないし、点数にも響かない」
「…なるほど」
あたしは踊り終わって荒い息の中、理美の言葉にうなずいた。
「でも、せっかくなんだから、楽しめばいいのに」
「さあね。運痴ばっかりなんでしょ」
「それより、さっきからあそこでものすごく不機嫌そうな顔して座ってる坊ちゃん、琴子の家の…?」
じんこの言葉にあたしは恐る恐る後ろを振り向いた。
「う、うん。なんでだか、不機嫌なんだよね」
「楽しくないからじゃない?」
理美はさっさと着替えに行こうとしている。
「でも、すごくかわいいのに、ものすごく難しい顔してる。頭よさそうだし、将来絶対お買い得な感じよね」
じんこはひそひそとあたしにささやいた。
「お買い得って…坊ちゃまは、将来大変なのよ」
「社長の息子だし、一生お世話になればいいじゃない」
「うーん、家にお世話になるのは構わないけど、あたし、遊び相手兼家庭教師だからなー」
「琴子が家庭教師?間違ってる、それ」
「まあ、確かに。だって五歳なのにもう小学生の問題全部終わってるんだって」
「ええっ、あたしいまだに分数やばいくらいなのに」
「じ、じんこ…」
それ、坊ちゃまに聞かれたらバカにされるよ…。
あたしもさっさと着替えることにした。
早く行って坊ちゃまの機嫌取らないと。


元の体操服に着替えて戻ると、坊ちゃまは渡辺さんと何やら話をしていた。
その隣の空いた席に座ると、坊ちゃまは
「琴子、あいつらは何やってるんだ」
そう言って顎で示されたのは、A組の参考書広げた連中だった。
「あれは…さあ、勉強、ですかね」
「ふん、こんな日まで参考書広げるなんて、大した連中じゃないな」
「そ、そうでしょうね」
あたしは苦笑いでそれに答えた。
大したことなくても、あたしから見えれば十分秀才の人たちだけどね。坊ちゃまは天才だからそう言う権利はあると思うけど。
「応援合戦は」
「あ、どうでした?見えましたか?」
「なんであんなかっこうをする必要があるんだ?」
「えーと、それはですね」
あたしは何て答えようかと言いよどんだ。
渡辺さんは少し困った顔で笑っている。
どうやら不機嫌の原因はあの格好らしい。気に入らなかったってこと?
「ああいう格好をすればみんな士気が上がって、午後からの競技もきっと頑張れるからだと思いますよ」
「ふうん、でも喜んでいるのは男ばかりという気がしたぞ」
「じゃあ、坊ちゃまも喜んでくれたってこと?」
あたしは思わずそう突っ込んでみた。
「バッ」
「ば?」
「…琴子さん、そろそろ対抗リレーでは?」
「あ、もう呼ばれたかな」
あたしは渡辺さんの言葉に立ち上がると、今度は入場門の方へと行くことにした。

「何でおれが」

坊ちゃまがそう言ったのが背中越しに聞こえた。
あの格好を見て喜ぶのは男だけだなんて、坊ちゃま、よく見てるなー。
やっぱり男だから?
じゃあ渡辺さんも?
そう思うと、あたしは少しだけ笑ってしまったのだった。



17


対抗リレーのために入場門に行ってみれば、まだ少し早かったらしい。
呼ばれたと思ったのは渡辺さんの勘違いだったかもしれない。どちらにしてもすぐに順番になったので遅れずに済んでよかったと思おう。

「琴子、俺に愛のパスをしっかりよこすんやで」
「…愛のパスって…金ちゃん…」

あたしは苦笑いで理美を見た。
同じく理美は対抗リレーに出ることになっている。

「そう言えば、さっきあんたのところの坊ちゃまが、金ちゃんに何か悪態ついてたけど」
「坊ちゃまが?」
「まあ、全部真実と言っちゃ真実だけど、金ちゃんには辛い現実よね」
「何言ったのよ」
「たかが体育祭ごときで天下をとった気でいるなんてばかばかしいって」
「うーん、そりゃそうだろうけど」
「でもA組みたいに無関心で勉強してるのも好きじゃないって」
「へー、坊ちゃまがね」
「そういう考え方って、そばにいる人の影響も大きいわけじゃない?琴子の責任重大ね」
「えー、そんな」

あたしは気軽に坊ちゃまの遊び相手になったけれど、坊ちゃまは幼稚園にも行っていないし、屋敷で会うのは渡辺さんと使用人、それにあたしだけだ。
渡辺さんはともかく、あたしの考え方が坊ちゃまに影響することもあるかもしれない。
もちろん坊ちゃまは頭がいいから、あたしのバカな考えなんて参考にはしないだろうけど、肝に銘じることにしよう。

そんなことを考えていたら、あっという間に競技は始まった。
前走者の男子からバトンを受け取ったあたしは、アンカーの金ちゃんに渡すのだ。
走り出してすぐに坊ちゃまが席を立つのが見えた。
え、もう帰るの?
思わずあたしの視線は坊ちゃまに。

「こっちや、こっちやで、琴子!マイスイートハート、琴子!」

あたしは坊ちゃまが気になって、持っていたバトンをとりあえず「はい、金ちゃん」と渡すと、そのまま坊ちゃまの方へ駆けていった。

「あ、おい、琴子、俺を見てんかーーーー!」

そう言いつつ金ちゃんは走る。

「ごめんね、金ちゃん、あとはがんばって」
あたしはそう言いつつ、坊ちゃまに追いついた。

「坊ちゃま!」

坊ちゃまは振り向くと、あたしを見た。

「何で来たんだ、おまえ」
「だって、もう帰るみたいだから」
「ああ、そろそろ終わりだろ」
「なにもあたしが走ってる最中に帰る支度をすることないじゃない」
「琴子がゴールすると思っていたのに、あいつだったから」
「ああ、金ちゃん?」

背後でわぁと歓声が上がる。
どこのチームが勝ったのか、振り向いてもよくわからない。

「まだ何かあるんだろ」
「う、うん。一応行事だから、あとは閉会式とかかな」
「疲れたから帰る」
「そ、そっか」
「すみませんね、琴子さん」
「い、いえ。それじゃ、またお屋敷でね」

坊ちゃまに手を振ったけど、坊ちゃまは渡辺さんに連れられて帰っていった。

「琴子ー!勝ったでー!愛のパスを見事トライしたでー!」

退場門からそんなことを叫びながら戻ってくる金ちゃんに「ああ、そう」と返しながら、あたしは少しだけ寂しい気がした。
いつもお父さんでさえ見学する人もいなかった運動会や体育祭だったのに、この寂しさは何だろう。
あたしはそんな気持ちを振り払うかのように頭を振った。
いけない。誰かが見てるのが当たり前になってしまうなんて。最近ちょっと甘えすぎたかも。
でも、いつかは坊ちゃまの運動会もあたしは応援できるかな。
坊ちゃまだって、誰かが見ているほうがきっとうれしいに違いないもの。
来年は、何をおいても見に行くことにしよう。
あたしはそう誓ったのだった。



18


あたしは朝から少し浮かれ気味だった。
誰にも言っていないけど、今日はあたしの誕生日なの。
これで十六歳になり、結婚もできる歳になりました〜って、相手もいないけどね。
あえてお屋敷の人には誰にも言っていない。
だって、働いているお屋敷内の人たちの誰もそんなこと言う人はいないし、わざわざ自分からアピールしたら、祝ってくれ!と言ってるようなものじゃない?
それに今日は平日で、学校もあるし、いくら誕生日だからといって浮かれてばかりもいられない。
学校へ行けば、朝一番に理美とじんこからちゃんとおめでとうを言ってもらえて、あたしはそれで満足した。
「今日は帰りにデザートおごってあげるよ」
「それから、これ、琴子が欲しがっていたポーチ。手に入ったからあげるよ。理美と買ったんだ」
「ありがとう、理美、じんこ」
うん、もう十分。
「お屋敷の人はお祝い、言ってくれた?」
「ううん。だって言ってないもの」
理美にそう返すと、二人は驚いた顔をした。
「なんで?」
じんこが首をかしげる。
「え、だって、一応使用人の立場だし、そんな主を差し置いて祝ってもらうわけにいかないでしょ」
「使用人、ねぇ」
理美は肩をすくめた。
「そういうもの?」
「そういうものよ」
じんこに力強くうなずくと、すぐに授業になった。だから、その話はとりあえず終了。

放課後になり、あたしは少しだけ寄り道をすることになった。
もらったポーチに早速女の子グッズを詰め込んで、満足。
そして、二人が最近見つけたというお勧めのアイスクリーム屋さんに寄ってダブルで食べさせてもらう。
うん、持つべきものは親友よね。
それでもあまり遅くなると渡辺さんも坊ちゃまも心配するので、食べたら帰ることにする。
本当はこの後ショッピングとか行こうという話もあったのだ。ポーチもそこで買うつもりだったのだけど、あたしのことだからさっさと帰ると言い出すと思って先に買っておいてくれたらしい。
「ところで、その坊ちゃまの執事の渡辺さんって、あのソフトそうな眼鏡の人でしょ」
「うん、そう」
アイスを食べながらじんこが言った。
「頭良さそうだよね」
「うん、有名な大学出ていて、宿題とか時々見てくれるの」
「だから最近余裕なのね」
「えへへ、得してます」
「ま、あたしたちも宿題見せてもらったんだから恩恵受けてるわけだけど」
「で、いくつくらい?」
理美が興味津々だ。
「えーと、あたしと十歳違うって言ってたかな」
「へー、今二十五歳くらいか」
「うん、多分」
「大人の魅力よね」
どうやら理美は同年代より年上が好きらしい。
「でもあたしたちなんてお子さまだから相手になってしてもらえないわよ、きっと。それにもっと頭の良さそうな女の人をさりげなくキープしてたりするのよ」
じんこがもっともらしげに言う。
「うん、そうかもしれないね」
あたしは適当に相槌を打つと、坊ちゃまが二十五歳になる姿を想像した。
うーん、想像できない。
多分青年実業家みたいでかっこいいとは思うんだけど。
「坊ちゃまは五歳だし、なかなかうまくいかないわねー」
「え、でもあと十年したら、十五歳でしょ。琴子が二十五歳。渡辺さんは三十五歳。どうなるかわからないわよー」
理美はにやりと笑った。
「そうね、その頃もお屋敷にいればねー」
あたしはバリバリとアイスのコーンを食べながら答えた。
食べ終わったあたしたちがアイスクリーム屋を出ると、そこにはなぜか金ちゃんがいた。
「おう、琴子!誕生日やって?これから一緒にクレープでも…」
「今アイス食べたからいらない、ごめんね」
「じゃ、じゃあ、今から…」
なぜかもじもじと金ちゃんが言葉を濁す中、あたしたちはここで解散することになった。
「あ、琴子、数学、できたらまた明日見せてねー」
「うん、わかった」
「じゃあね、琴子」
「またねー」
あたしは理美とじんこに手を振ると、お屋敷に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょお待ってや、琴子」
「なあに、金ちゃん」
もう仕方がないなーと思いながら立ち止まると、横に一台の車が止まった。
見慣れたその車の窓が開いて、そこから運転している渡辺さんと坊ちゃまの顔がのぞいた。
「琴子、遅いから迎えに来た」
「あ、ごめんなさい、わざわざ。あ、じゃあね、金ちゃん」
あたしはやっばーいと思いながら開けてくれた後部席の坊ちゃまの隣に滑り込む。
金ちゃんは「あ、ことこぉ」と情けない声を出していたけど、何よりも坊ちゃまが優先のあたし。閉まる窓の向こうに手を振りながら坊ちゃまに向き合った。
「…なんだ、あいつは」
「ほら、クラスメートですよ」
「ふん、相変わらず頭悪そうな猿だな」
「もう、そんなこと本人に言っちゃだめですよ、あれで結構繊細なんだから」
あたしは坊ちゃまの毒舌を一応年長者としてたしなめながら、坊ちゃまに向き合う。
「えーと、その、遅くなりました。渡辺さんもありがとうございます」
坊ちゃまはあからさまに顔をしかめて言った。
「何してたんだよ」
「あの、お友だちがアイスおごってくれるっていうから」
「そんなに小遣い足らないのか」
「ち、違います、足りますよ。たまたまです」
そこで坊ちゃまはふうっと五歳児らしからぬため息をつくと、「渡辺、行ってくれ」と静かに言った。



19


大した距離じゃないのに迎えに来てくれた坊ちゃまとともに渡辺さんの運転する車でお屋敷にたどり着くと、あたしはものすごく申し訳ない気がしてきた。
こんなことのために迎えに来てもらうなんて、と車から降りて言うと、坊ちゃまは「今日くらい特別だ」と言った。
あれ?と思ったけど、そのままあたしはお屋敷に向かう。
坊ちゃまとは違って裏口に回ろうとすると、坊ちゃまに「どこ行くんだ」とスカートの裾を引っ張られた。
「どこって、あっちから入るのがいつものコースですけど」
あたしは裏口を指さした。
「今日はコース変更だ」
坊ちゃまはそう言うと、ついてこいという仕草をした坊ちゃまの後ろをついて歩いた。
表から入らないように言われてるんだけどなぁとつぶやくと、坊ちゃまは足早に玄関を入っていった。
坊ちゃまの後に恐縮しながら「た、ただいま」と入っていくと、そこは朝とは別世界だった。

「お誕生日、おめでとう!」

ぱぱぱんと音が響いて、その音にまず驚いたあたしは、「きゃあ」と叫んで片手で頭を抱えて、もう片方の手で坊ちゃまをかばうようにして抱えた。
お屋敷の人があれ?と思うようなとっさの行動に、いつの間にか目の前にいた渡辺さんが「銃撃じゃないから大丈夫ですよ」と優しく言った。
「バカか、おまえは!家の中で銃撃があってたまるか」
「あれ、えーと、そうですね」
「皆の好意が台無しだろ」
「あ、そうだった、誕生日、でした」
頭からクラッカーの中身をかぶりながら、あたしはようやく落ち着いた。
「あの、ありがとうございます!みんなが知ってるなんて思わなくて」
坊ちゃまも同じように頭にかぶった紙吹雪を払いながら、あたしに向かって言った。
「そういうことは黙ってるんだな、おまえは」
「だって、皆さんだってお祝いなんてしてもらっているわけじゃないのに、こんな贅沢…」
「してるぞ。ただ、皆お前より年上だから派手に祝われるのを遠慮してるだけで」
「え、そうなんですか」
皆を見ると、皆は穏やかな顔でうなずいている。
「そもそもこの年になってお祝いしてもらうのも恥ずかしくて、こっそり甘いものをもらう程度ですよ」
一番年上のお手伝いさんが言う。
「はあ、入江家の方々は皆親切なんですねぇ。こんなお屋敷に勤めることができて、あたしはうれしいです」
うれしくて涙が出てきて、ぐずぐずと泣いていたら、坊ちゃまは「だから、言ったろ、こいつはすぐに泣くんだ」とさも面倒そうに渡辺さんに言う。
渡辺さんは笑って言った。
「琴子さん、宿題はお済みですか」
涙も引っ込むくらい驚いた。
「しゅ、宿題…?」
「ええ。まずは宿題を終えてから誕生日ディナーにいたしましょう」
「しゅく、だい…」
あたしはまだ手に持っていた学校用の鞄を思わず見た。
そして、お屋敷の働く人々が「それでは、またね、琴子ちゃん」とそれぞれの仕事に戻っていく中、あたしは引きつり笑いをした。
「ま、だ、です」
「だよな。やってるわけねーって言ったろ」
坊ちゃまの一声の下に、あたしは誕生日祝いの代わりに宿題を渡辺さんに教えてもらう権利を得たのだった。
「坊ちゃまの部屋でお待ちしております」
「う…はい」
あたしはにっこりと笑う渡辺さんの笑顔につられて、引きつりながらも笑って了承した。

誕生日くらい宿題なんて忘れたかったわよー。
ちやほやなんてされるつもり全くなかったけど、せめて平安無事に…。

「言っておくけどな、こういう機会でもなけりゃ、琴子は勉強しないだろ。
それにでかい声で間違ったこと言うな」
「へ?」
「平穏無事、だ」
坊ちゃまの言葉にあたしは全部口に出していたことに気付く。
すたすたと自分の部屋に戻りながら坊ちゃまは言った。
「早く部屋に来いよ。さっさと宿題終わらせて飯食うんだから」
「はいはい」
あたしは返事をして自分の部屋に入ろうとすると、渡辺さんと目が合った。
「今日のメニューは坊ちゃま自らが琴子さんのために選んだものですよ。多分好物ばかりが並ぶと思いますから」
そうなんだ…。
「ケーキは奥様からのお取り寄せスイーツです。フランスでも人気のパティシエが日本でも支店を出して評判なのだそうです」
奥様まで…。
「さあ、坊ちゃまではありませんが、早く済ませてしまいましょうね」
「はい!」
あたしはそう返事をすると、着替えと宿題の用意のために急いで部屋に戻ったのだった。



20


誕生日の日のディナーは、夢に思い描いていた食卓のようだった。
お父さんは板前で、もちろん洋食だって作れるけど、むしろ二人きりでお祝いできる日の方が少なかった。
お店はあるし、あたしの誕生日がお店の休みと重なるかどうかは暦しだい。
もちろんお父さんはお父さんで工夫を凝らしてあたしがさみしくないようにいろいろしてくれていた。
お店で食べることもあるし、家にサプライズで料理が用意してあったことも、突然帰ってきたことも。
でも、この夢のようなディナーは、あたしにとって忘れられない出来事になった。

「おいしそう…」

あたしは並ぶ料理を前にして、ドキドキしていた。
いつもとは違う立食形式で、好きなものを好きなだけとってもいいんだって言われた。
坊ちゃまはどうだとばかりに得意げだ。

改めて「十六歳おめでとう」と祝われて、あたしは本当に感激して、食べる前から目が潤みだして、「食べてから泣け」としかられた。
だから、あたしは泣きながら食べ、食べては喜んで、あれこれと料理をお腹いっぱい食べたのだった。
デザートはこれまたとてもおいしくて、これを理美やじんこ達にも食べさせてあげたいななんて思った。
渡辺さんは察したのか、「来年はお友だちも呼びましょう」と言ってくれたので、坊ちゃまがオッケーを出したらと一応答えた。だって、坊ちゃまが企画してくれたわけだし(多分)、坊ちゃまを無視して使用人同然の居候なあたしがお友だち呼んでワイワイやるなんてことできないもの。
坊ちゃまは甘いものが苦手だと言って、坊ちゃまのケーキの半分をあたしにくれた。
体重の気になる女子高生としては微妙だけど、あたしはありがたくいただくことにして、もう本当にデザート別腹も無理なくらい食べたのだった。

「坊ちゃまの誕生日も盛大にお祝いしましょうね」

あたしはお腹いっぱいの幸せのまま坊ちゃまに言った。
十一月になれば、坊ちゃまの誕生日が来る。
あたしは祝うのが当然だとばかりにそう言ったのだ。

「おれは別にいい」

そんなふうにぼそりとつぶやいた坊ちゃまにあたしは気づかずにいたのだけど、そのわけは坊ちゃまの誕生日が近くなってからようやくわかったのだった。





To be continued.