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つい先日、直樹先生の家でちょっとアルコールを飲みすぎて、酔いつぶれて朝帰りまでやってのけた琴子先生だったが、あれ以来直樹先生がさらに冷たい。
必要最低限しか口をきいてくれないのだ。
謝って終わったはずの酔いつぶれだったはずなのだが、まだ怒っているのだろうか、と琴子先生は首をかしげる。
でもおとなしくしているに越したことはない。
「あ、琴子先生、お願いがあるんだけど」
同僚のマキ先生に声をかけられた。
普段はあまりそんなふうにお願いなどされない琴子先生だったので、驚いて「はい、何でしょうか、何でも言ってください!」と張り切って答えてしまった。
「あ、え、そんなふうに言われるとちょっと…」
「え、だめでしたか」
「プライベートなことなので」
「プライベート…?」
そこでマキ先生はちょいちょいと琴子先生を片隅に誘って小声で言った。
「あのね、今夜、どうしても合コンの人数が足りないのよ」
「ええっ、合コン?!」
「あ、しーっ」
「あ、はい、すみません」
マキ先生の慌てように琴子先生も慌てて周りを見渡した。
幸い誰も周りにはいなかった。
「お願い!今日だけちょっと付き合って。人数合わせだと思って助けて」
「あのあたし、合コンって行ったことないんですよね」
「大丈夫よ。ちょっと飲んでしゃべっていれば終わるから。しゃべるの得意でしょ」
「の、飲んで…?」
「あら、飲めなかった?」
「えーと、飲めないというか、飲んじゃダメというか」
琴子先生はきつく直樹先生に言われたことを思い出した。
「あたし、その、どうもお酒に弱いらしくて」
「じゃあ、別に飲まなくてもいいわよ。一緒に行く子でも飲めない子はいるから」
「あ、そうなんですか。それならよかった」
「じゃあ行ってくれるのね?」
「飲まなくてもいいなら」
「ありがとう!助かる!」
マキ先生は琴子先生の手を握っって感謝の言葉を述べた。
「じゃあ、今夜7時に待ち合わせなの。場所は後で」
それだけ言うと、マキ先生は行ってしまったが、琴子先生は初めてのお誘いに戸惑いを隠せなかった。
合コンって、何をするんだろう。
合コンって、何を話すの?
…合コンて、何の略だっけ?
つまり、琴子先生は合コンとは言うものの、行ったこともないので全く想像がつかなかった。
ま、いっか。行ってみればわかるし。
それに飲まなくてもいいって言ったし。
…と、かなり能天気な思考そのままに、琴子先生は合コンに出かけることになったのだった。
マキ先生と琴子先生が話していたのは、誰もいない職員室の片隅だったのだが、ちょうどお昼休みを過ぎて、子どもたちが皆園庭に出ているわずかな時間のことだった。
そして、その職員室の奥の印刷室で、頼まれた印刷物を印刷しながら、一人ドアに持たれて眉間にしわを寄せている者がいた。
印刷の音で他の人には聞こえないだろうとか、見えるところに人がいないので聞く者はいないだろうと安易に考えた二人の先生の会話は、実は丸聞こえだったりした。
聞き耳を立てたつもりもないのに、自分が立っているすぐその裏で話をするとは、内緒のつもりだというのに不用心も甚だしい。
聞きたくもないのに聞いてしまったわけだ。
眉間にしわを寄せて先ほどの会話に不満な様子を見せたのは、何を隠そう直樹先生だった。
そりゃ合コンと言えば女は女同士で行く者を募り、相手の男もまた知り合いなどの伝手を使って人数を合わせてくるものだ。
だから、ここで直樹先生が誘われないのも、他の同僚が誘われないのに不満はない。むしろ行きたくもない。
だから、その眉間のしわは、決して仲間外れにされたのではないかというくだらない理由ではない。
なのに、直樹先生は眉間にしわが寄るのを止められなかった。
何がそんなに不満なのか自分でもわからない。
琴子先生が誘われたから、ということではないだろうと思っている。
あれこれ考え、おそらく、アルコールに弱いはずの琴子先生が、アルコールを飲む場に出かけていき、また酔いつぶれたりして失敗するのではないかという恐れなのかもしれない、と直樹先生は位置づけた。
酔ってあれこれくだをまいたり、挙句に吐いたり、寝てしまったり、それはもうありとあらゆる迷惑をかけそうなことを全部しでかすような気がしてならない。
直樹先生とて迷惑をかけられて散々だった。
マキ先生にも迷惑がかかるかもしれない。
いや、別に琴子先生の保護者ではないのだから、勝手に迷惑をかけるのを心配しても仕方がない。
そう思っているのに、眉間にしわを寄せるのを止められない。
本当は心底どうでもいいと思っているはずなのに、見知らぬ男とアルコールを口にして、またどこかで酔いつぶれてしまい、翌朝遅刻してくるのではないかと思っている自分がわからない。
勝手に行けばいいと思っているのに、行かせてはまずいような気がしてくる自分がわからない。
いつの間にこんなに保護者気分なんだと直樹先生は自分に驚くのだが、あれこれ廻り廻って考えれば結局直樹先生に迷惑がかかってくるような気がしてならないからかもしれない、と直樹先生は考えた。
止めるべきか見ぬふりをするべきか。
なぜこんなバカなことで悩まなくてはいけないのか。
シャッ、シャッと印刷物ができていくのを見ながら、直樹先生はしばし考える羽目になったのだった。
(2018/06/06)