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「さーさーのーはー(歌詞自主規制)」
「ことこせんせーい、できたー」
「はーい、じゃあ、こっちに持ってきてねー」
ここは斗南幼稚園。
担任をしているのは琴子先生、ではなく、唯一の男の幼稚園教諭である直樹先生。
普段は無愛想で、幼稚園教諭とは思えない無表情を誇る。見かけは園児のお母さま方をメロメロ(死語)にする容姿を持ってはいるくせに、である。
副担任の琴子先生は、直樹先生の無愛想さを補うような笑顔満開の先生だ。ちなみに不器用さも正反対で、何でもこなせる直樹先生に対して幼稚園教諭とは思えないくらいの不器用さを持ち合わせている。
そんなクラスでも七月ともなれば当然笹の葉飾りである。
皆が教えられたとおりに次々と笹飾りを仕上げる中、一人だけどうしても不器用な園児がいた。
「あー、ミワちゃん、そこにのりつけちゃだめだよ」
目敏く見つけた他の子どもが、作ってる笹飾りにアドバイスをしているが、当の本人のミワちゃんは、どこ吹く風だ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
隣で黙って見守っているのはコウ君だ。
これはまずいと思ってはいるが、どうアドバイスしたら角が立たないのか考えている様子だ。
「あ、ミワちゃん、そこにのりつけると、こんなふうになっちゃうよ〜」
そう言って似たような失敗作を見せた琴子先生。
何故実物があるのか突っ込んではいけない。
コウ君にはわかった。これは琴子先生の失敗作だ、と。
このように大変聡い子どもであるコウ君だが、琴子先生の名誉のために黙っていることにした。
…にもかかわらず、その配慮を一言でダメにする意地悪な男が一人。
「良かったな、おまえの失敗もたまには役に立って」
ミワちゃんの笹飾りを修正している琴子先生の頭の上からそんな言葉を浴びせかけた。
園児にしてみればこれはただのいじめである。
いじめとほとんど変わらない言葉であるにもかかわらず、聡いコウ君にはただのじゃれ合いにしか聞こえなかった。
それでもその嫌味を珍しく正しく理解した琴子先生は、むっとしてその言葉の主の直樹先生を見上げた。
コウ君は、はあとため息をついた。
「ミワちゃん、それ、飾りに行こう」
「あ、手伝ってくれるの、コウ君。ありがとう。さ、ミワちゃん、行っておいで。終わったら外で遊んでいいからね」
「は〜い」
さっさとその場から立ち去るに限る、とばかりにコウ君はミワちゃんを伴って笹のところまで移動した。
ミワちゃんに付き合うことにしたのは、多分笹につけるのも手間取った挙句に誰かが手伝う羽目になるだろうと予測したからだ。この辺りは琴子先生に似ていなくもない。
こんなミワちゃんのお世話をしているうちに琴子先生と直樹先生の関係も少しわかったのだ。
さり気なく直樹先生が琴子先生の手助けをしていることを。
そして、鈍い琴子先生はそんなことにちっとも気づいていないことを。
気づかれなくて幸いとばかりに直樹先生は一言も言わないことを。
感謝されたくないのかなと思ったが、どちらかというと気付かれて感謝されついでにまとわりつかれるのを避けているようだということもわかった。
琴子先生の愛情表現はとても過剰なので、控えめな直樹先生には過剰すぎて困っているようだということも。
「おとなってめんどうだよね」
「あたしこどもだもーん」
「うん、そうだよね、ミワちゃん」
そう言いながら、やはりミワちゃんはその不器用さで笹飾りをうまくつけられないのでコウ君が手伝うことにした。ミワちゃんは能天気なので「ありがとー」とお礼を言ってさっさと外へ出て行ってしまった。
ちらりと琴子先生と直樹先生を見ると、やはり何事か言い合っている。
コウ君は琴子先生の味方だ。
大半の園児たちは琴子先生の味方ではあるが、直樹先生が絡むと女の子は直樹先生の味方だろう。
直樹先生と琴子先生が付き合うことになったとしたら、ちょっとくらい反発はあるかもしれないと思うと、ここは慎重に行動する直樹先生が正しいのかもとコウ君は思った。
少なくとも直樹先生は嫌々な素振りをしながらも、琴子先生のことを嫌ってはいないことがわかる程度で今はいいかと思うコウ君だった。
さて、そんな園児にまで心配される琴子先生と直樹先生のコンビは、案の定笹飾りについてろくでもない言い合いをしていた。
「別に失敗作でもいいと思うのよ。でも、お母さま方とかにいろいろ言われちゃうし。ミワちゃん自体は全く気にしていないみたいなんだけど」
「ま、そうだろうな。誰かさんと同じタイプだ」
「もう、そうやってあたしに当てこすりするのやめてください」
「おまえが指導したとなればああ、やっぱりねで済む話だろ」
「それが嫌なんですってば」
もう、乙女心をわかっていないんだから、と琴子先生はつぶやく。
乙女心って誰のだと思いながら直樹先生は教室を掃除する。先ほどの笹飾りで折り紙などでごみが落ちているからだ。
琴子先生は一年前を思い出していた。
一年前はただ淡々と笹飾りを作っていただけで、直樹先生にも慣れておらず、口出しも許されず、自分も一緒になって作っていた笹飾りに夢中になっていて、ほかの園児を見る余裕がなかったのだ。
いや、一年前にも作ったにもかかわらず今年も失敗したなどとは大きな声では言えないが、直樹先生は知っている。昨年は黙認されたが、今年は青筋立てて作り直せと怒られた。
よく見れば、笹飾りについている短冊には『なおきせんせいがパパになってくれますように』だの、『なおきせんせいとけっこんできますように』と言ったかわいらしい女の子たちの願望が書かれている。
いや、パパに、というのは文字通りシングルマザーの園児だろう。
それだけは阻止せねば、と琴子先生は密かに闘志を燃やすのだった。
* * *
「おい、何でおまえがこっちに来るんだ」
「へ?何でって、聞いてませんでしたか、おばさまに七夕会をやるのでいらっしゃいと」
「…どうりで今朝は機嫌がよかったはずだ」
直樹先生と同じ方向の電車に乗る琴子先生に眉根を寄せた直樹先生だったが、琴子先生の言葉を聞いて母の企みを知ってため息をついた。
母の暴走は今に始まったことではない。
七夕会とやらも数時間我慢すれば済むだろうとその明晰な頭脳で計算した。
うれしそうに直樹先生の後をついて歩いてくる琴子先生は半ば黙認することにして家に帰ることにしたのだった。
(2017/07/16)