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「で、どこへ行くんだ」
どうせ琴子には琴子の計画があるのだろうと、直樹はあえて何も考えていなかった。
早速琴子はN市の観光ガイドを片手に、バスの中で揺られながらにこにこしている。
O市自体に何もないとは言わないが、すぐに出られるN市はやはり観光するにはもってこいだろう。
「えーっとね、まずはモーニングよね。
すごいよ、コーヒー頼むだけでパンとサラダとフルーツのヨーグルトがけとか食べられちゃうんだよ。すごいよねー」
完全に食べ物の虜になった琴子の希望により、二人はN駅まで行き、N駅周辺の有名な店で食べることになった。
「小倉トーストって、不思議〜。でもおいし〜い。ね、入江くん」
直樹は目の前に並べられた皿を黙々と食べた。
確かにコーヒー1杯の値段でトーストにゆで卵にサラダがついてくるモーニングは驚きだが、それを当たり前としているのも摩訶不思議だった。いったい採算はどうなっているのだろうと心配すらする。
最初は少しよそよそしかったスタッフも、慣れてくるとざっくばらんでけなしあっている。
それもコミュニケーションの一つのようだが、琴子のような直情型の人間には辛いかもしれない。要はあまり真剣に受け止めてはいけないということを直樹は学んだ。
直樹など慣れて3日後には「何でそんな笑わんの」と笑って言われたくらいだ。
斗南では面と向かってそんな風にいう人間は、琴子と西垣くらいのものだったからだ。
そんなことを思い出している間に琴子は次の場所を決めたようだ。
「あ、7ちゃん見なくっちゃ」
7ちゃんというのは、駅前にあるMデパート横の巨大人形のことだった。
厳密に言うとJRではなく私鉄の駅のほうだが、琴子にはどうでもいいようだ。
「いやー、おっきーい!合羽着てるー!」
琴子は大興奮だった。
生意気にも白い人形には合羽が着せてあり、巨大な傘までぶら下がっている。
季節ごとに着替えるのも名物の一つらしいが、随分と暇人だと直樹は見上げた。
巨大な人形の何が面白いのかよくわからない直樹だったが、琴子が手をつないで股の下を通りたいと言ってきかない。
手をつなぐのはやめたが、とりあえず腕を無理やり引っ張られて股の下を通って駅に戻ることにした。
「入江くんと下を通るのが夢だったのよね〜」
どうやらカップルで通ると幸せになれると言われているらしい。
いや、と直樹は首をかしげた。
観光に行くと言ったら親切なスタッフがこぞって教えてくれた説によると、その説は逆もあったように聞いたが、今ここで言うと琴子が場所をわきまえず騒ぎそうだったので、あえて何も言わずに通り過ぎた。
左足で待つか、右足で待つかによっても何かあるらしいが、とりあえず直樹にはどうでもいいことだったのでそのまま巨大人形を後にした。
「あとね、動物園に行ってコアラ見るの。
塔に登って、地下に潜って、ひつまぶし食べて、手羽先食べて、あんかけスパ食べて、味噌煮込みうどん食べて、きしめん食べて、それからお城見て、最後はモツ鍋食べるの」
行けないことはないがてんでばらばらな上に、三食で食べきれないくらいの食べ物を食べる気満々だ。
それにしても何故モツ鍋なのか、直樹は何かすごい勘違いをしてそうだと琴子に問いただした。
「だって、終わりのN市は城でモツなんでしょ」
琴子は自信満々だったが、直樹は頭痛がする思いだった。
正確には尾張では城さえあれば保つ、城があるので繁栄しているというような意味だったが、琴子にかかっては城の上で輝いているという鯱もたまったものではないだろう。
「…昼はひつまぶし、夜は手羽先、味噌煮込みは季節的に暑いから却下。きしめんはおまえが帰る前に食べればいいだろ。あんかけスパはレトルトがあるから土産に買って帰れ」
「はあい。
あ、そうそう、お土産と言えばね、ういろうときしめんと…」
琴子のN市
(2011/12/31)