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N市内の地下は、驚くほど広がっている。
地下鉄も繋がってはいるが、一度地下に入ると市民はほとんどこの地下街で買い物を済ませる。
いわゆる老舗デパートも繋がっているし、地上にわざわざ上がらなくても一応用事は済むせいだろう。
(注:ちなみに2012年現在は地上にもおしゃれーな若者向けショッピングビルはたくさんあります。が、イリコト時代はそんなものありましぇん。)
「すごい、どこまでも地下が続いてる」
「東京の鉄道も半端じゃないけどな」
「うん。あたしも覚えるの苦労したもん」
「…まだ覚えきってないだろ…」
地下をぶらつきながら、あれこれ見て回る琴子を見失わないように歩いていく。
「で、どこ向かってるんだっけ」
「手羽先だろっ」
「あ、そうか。モツじゃないんだ」
まだモツ鍋を覚えていたのかと直樹は軽くめまいがしたが、いつものことなのでそれには答えず歩き続けた。
「あ、テレビ塔にまだ登ってないっ」
「…東京タワーで十分だろ…」
「えー、でも、O阪行ったらtwo天閣って言うくらいだし〜」
「ここはO阪じゃない」
「それにあたし東京タワーですら登ったことないのよね」
「地元人ほど登らないしな」
適当なところで地上に上がり、地上から目的の手羽先の店へ移動することにした。
外はむっとした空気で、いつの間にか空は曇り、またもや雨模様になりそうだった。
地上に出てすぐにいわゆる100メートル道路と呼ばれる公園も一体化した道路があった。向こう側まで100メートルあるという。
ただただバカ広い。
もちろん道路なので信号も横断歩道もある。
一度の信号で向こう側まで渡るのは至難の技とも思える。
たいていそこまで一気に渡る人はおらず、途中の緑地帯(ここが公園や駐車場になっている)で一服する。
そんな真っ只中にテレビ塔は存在する。
「これが道路だなんて、なんかチガウ気がするけど…」
琴子のチガウ気分はわからないでもないが、そうは言っても本当に道路のこちら側はただの一方向四車線で、向こう側が反対車線なのだ。
公園の中をぶらつこうとしたが、やがて雨が降り出したのであきらめて店に向かうことにした。
その手羽先屋は、チェーン店なのであちこちにあるらしいが、直樹はもちろん琴子も食べたことはなかった。
時間はまだ早く、開店したばかりでお客は少ない。
1階カウンター席に座り、早速注文をする。
「当然手羽先よね」
メニューを見ながら手早くあれこれ注文を済ませる直樹。琴子の意見を聞いていると決まらないので、よほどこれが食べたいと主張するものがなければ琴子の好みを入れつつ勝手に注文する。
「かんぱーい!」
飲み物が来たところでややおざなりに乾杯する。
琴子は張り切ってウーロン茶の入ったグラスをぶつけてきたが、直樹にそのつもりはないので既に口に運びかけていた。口をつけようとしたところにグラスが寄ってきたという感じだ。
少々横目で睨んだが、そんなことで怯む琴子ではない。
ぶつけた本人はさもおいしそうにウーロン茶を飲んでいる。
「いただきまーす」
やがて来た油の香ばしい匂いとともに塩コショウのきいた手羽先が運ばれた。
「おいし〜い」
あっという間に四人前を二人で食べつくした。
「足りない…」
手羽先自体が小さいので、五つや十食べたところで琴子の腹が膨れるわけがない。
実際に周りを見渡してみても、手羽先の骨が山積みになっている。
琴子は直樹の言葉を待たずに声を上げた。
「すみませーん、手羽先4人前!」
夜の居酒屋はにぎやかに更けていった。
(2012/04/02)