ドクターNと秘密の部屋




新人ちゃんには会えなくとも、僕の推理は冴えわたっている。
新人ちゃんは実はその幻の教授(誰もそんなこと言っていない)と秘密の部屋で密会をしているんだ。
それを生意気な後輩が仲介しているのかもしれない。
うん、そうだ。
「あの新人ちゃんと教授と秘密を共有する立場なのはわかった」
そう言えば、あいつはこちらを(何言ってんだこの人)とまるで言葉が手に取ってわかるような不審げな顔をして見た。
な、何だよ、その目は。
「…そりゃ否定しませんけどね」
否定しないのかよ!
自分で言って自分に驚いた。
「でも忠告しておきますが、多分先生が考えているような秘密ではないと思いますよ」
何だよ、秘密秘密って。
「教えてくれっ」
恥も外聞もなく僕は後輩にすがりついた。
そこへ琴子ちゃんが戻ってきた。昼下がりのナースステーションだ、当然いるよな。
琴子ちゃんは思い切り目を見開き、(そんなまさか)というようなこれまたわかりやすい表情でこちらを見た。
ああ、絶対誤解したよな。
何で誤解するのか全く理解できないんだけども、きっと僕が入江に何かしたかのように誤解してるんだろう。そういう子だよ、琴子ちゃんは。
「い、入江くん、もちろん女の方が好きよね?」
「…くだらない」
「ええっ、男の方が好きなの?」
この叫びに我関せずを貫こうとしていた桔梗君が無視しきれず振り向いた。
もちろん後輩の言う通りくだらないの一言だ。それも世界が逆立ちしてもあり得ないレベルだ。
それでも桔梗君の乙女心は無視しきれなかったんだな。
絶対ないと思っても、つい目をウルウルさせて期待してしまうそのまなざしが気の毒だよ。
琴子ちゃんの声が聞こえた範囲の者は思わず皆振り向いたけど、そんなことあるわけないと思いつつ、成り行きを見守っている。ただ単純に面白いからだ。
でも、そこに、さらに本気で反応する人間がいた。
目をキラキラさせて気持ち悪い(失礼)笑みを浮かべる大蛇森先生だった。
何でこうもタイミングよくこの人はいるんだろうね。
しかも、どこからどう見てもありえない話に本気になるんだろう。
バカバカしすぎて逆に気の毒にさえなる。
「男の方が、と言うのは女と比べてか」
「も、もちろんよ」
「それもなしだな」
「ええっ、じゃあ、どっちも?」
ガクッと一同腰砕けだ。どうしてそうなる。
ああ、でもバイ説も一時あったよな、確かに。
気持ち悪いことに一部の男にももてることは確かだ。
ひっそりと狙っていた男の一人や二人は知っている。
何だかなー、どこがいいんだ、こんな男。
ちなみにひっそりもしていない狙っている男ならこの場に二人くらいいるけども。
「男も女も好きじゃない!」
半ば怒ったように後輩は吐き捨てた。
「…え…」
琴子ちゃんはショックを受けたように立ち尽くしている。
「ど、ど、ど、どういうこと?あ、あたしは?」
動揺しまくっている。
なんかもう答えが見えた気がするのに、琴子ちゃん一人見えていない感じだ。
「琴子以外は全部一緒」
「あたし、以外…?」
あー、はいはい、どこかよそでやってくんないかな。
「男も女も人間そのものも琴子以外ならどれも一緒。別に好きじゃない」
言ったよ、こいつ。
「じゃ、じゃあ、あたしならいいの?」
感極まって、先ほどの青ざめから一気に顔を赤くして、琴子ちゃんは後輩に抱きついた。
「よ、よかった〜」
抱きつかれて満更でもないくせに、眉根を寄せて「仕事中だから仕事しろ」と自分は仕事を進めている。
ナースステーションの周りには患者が退屈そうに囲んでいて「いやー、今回の入江劇場もなかなかだったけど、ここでもうひとひねり欲しかったな〜」などと言い合っている。
入院中暇だからって、ここの病棟も相当だよな。
「一生に一度はあんなセリフ言ってみたいねぇ」
「だめだめ、イケメンじゃないと絵にならないから」
「西垣先生ならどうだい」
「あー、西垣先生はどこからどう見ても女好きで、あんなセリフは死んだって無理だね」
「あっはっは、そりゃそうだ」
そりゃ言えないけどね…。
はっと気づけば、僕が入江に詰め寄ったことなども有耶無耶になってしまった。
つまり、相沢教授と新人ちゃんとの秘密をあいつが握っていることによって、何かしらの恩恵を受けているとみていいのか。
そのネタを使って脅しているとか?
うおっ、犯罪か?犯罪だから秘密なのか?
何かしらの取引が…?
ひっそりと暗殺依頼でも受けているとか?
ふっ、そこまでは飛躍しすぎか、ゴルゴでもあるまいし。
でも、あいつ魔王だしな。
魔王は何をやっても不思議じゃない。
何かを飼っているとか?
いくらなんでもまさか某ファンタジーみたいに大蛇でもいたらびっくりだな。
それとも、ま、まさか、実は噂の釈迦如来像を安置しているとか?
だから秘密の扉の前で念仏を唱えないと開かない仕掛けになっているとか?
ははは、まさかな。
…で、結局真相はいったい何なんだ?
僕の疑問には誰も答えてはくれなかったのだった。

(2014/11/29)


To be continued.