イタkiss祭り2020拍手企画



ドクターNと美の秘宝2


志乃さんちに桔梗君とタクシーで乗り付けると、志乃さんちの中からにぎやかな声が聞こえてきた。
まさか。
「…来てますよね、あれ」
桔梗君がげんなりした声で言った。
「志乃さん親衛隊?」
僕が言うと、桔梗君は「名前知らないし、それで十分よね」とつぶやいた。
「いや、名前は知って…」
熊さんにはっつあん、弥次さん喜多さん…は名前じゃなかったな…。
確か勝手につけたあだ名だった。
玄関前でえーと、名前名前…と考えていたところで気配を察した一人が出てきた。
「何奴!」
相変わらずはっつあんは時代劇の役者かよと突っ込みたくなるような登場だ。
「はいはい、呼び出された者ですよ」
「医者とおかまか」
「オカマって失礼な!」
この時点で桔梗君は激怒だ。
「おお、失礼、女形か」
「それも違う」
僕は静かに突っ込んだ。
「入りなせい」
「ああ、はいはい」
おざなりに返事だけして、もう帰るという桔梗君をなだめつつ、志乃さんちに足を踏み入れたのだった。

「いらっしゃいませ」
志乃さんが玄関まで出迎えてくれたが、奥から「おう、入れ入れ」と威勢のいい声がする。
それに交じって女性の声もする。
「今日はいつものメンバー以外に誰かいらっしゃるんですね」
「ええ、噂を聞きつけて。イケメン先生に会いたいとおっしゃって」
「それはしょうがないなぁ」
「まあ、せいぜい斗南のイケメントップ10くらいには入れるんじゃないですか」
「ちょっと、評価低くないか?これでも僕はね、あいつが来るまでは斗南のスーパークールガイと言われてた男なんだよ」
「スーパーのクール害が何ですって?」
僕が居間に入った瞬間、両隣から何やらシワ…じゃなかった、どすこい老女と鶏ガラ老女が腕を絡めてきた。
こう見ると、志乃さんは本当に美人かもしれない。
いいんだよ、いいんだよ。
どすこいでも鶏ガラでもどんとこいだよ。
「いよっ、それでこそ斗南のイケダン!」
桔梗君が駆け付け一杯、ビールを飲んでそう言った。
それでも先ほど駅前で買った手土産をちゃんと渡しているから、さすがだよ。
うん、性別が女だったらねぇ。
残念ながら僕は女なら幼児から老女まで幅広く相手にするけど、さすがにバリバリのノーマル指向なんだよね。
「別に期待してやいませんよ、ご心配なく」
「…なんかやさぐれてない?」
「アタシの心は永遠に入江先生に魂の半分を持っていかれたままなんですから」
「はあ、琴子ちゃんの旦那だけどね」
「その入江先生とやらは、この人かい?」
そう言って弥次さんが写真立てを見せてきた。
「うわあ、何で持ってるの、そんなの」
「これは志乃さんのだよ。鉄さんの次に運命の人だからって」
仕事中の白衣を着た例の後輩魔王だった。
そう言えば、一時期カメラ持ってウロウロストーカーしてたんだった。
「いい男よねぇ。わたしも写真分けてもらっちゃった」
そう鶏ガラ老女が言えば、桔梗君は負けじと「アタシなんて、こんな写真も持ってますよ」と張り合う。
「えー、見せて見せて〜」
老女たちと桔梗君は写真交換会を始めた。
そう言えば、思いだした。
「桔梗君、琴子ちゃんの子どもの写真、持ってる?」
「持ってますよ」
「じゃあ、見せて」
「嫌です」
間髪入れずに断られた。
「何で?!」
「そりゃもちろん、入江先生から見せるなって言われたから」
「やっぱりそうなんだ」
僕はがっくりとして、ビールをあおった。
「ひどくないか?これでも僕はあいつの指導医で先輩なんだぜ」
「いつものことじゃないですか」
「ちらっとでいいから」
僕の懇願に桔梗君は「写真だけなら見せてあげてもいいんですが、やっぱり入江先生が怖いので」と困った顔をして言った。
どんだけ怖いんだよ!
僕はグチグチと言いながら飲むことにした。
いいんだ、いいんだ。
どうせ僕なんて…。
「まあそう言わず、せっかく来てくださったんですから、こんな写真ならありますよ」
そう言って見せられた写真は、あの魔王が赤ちゃんを抱っこしてるかもしれない写真だった。
…かもしれないってなんでかって?
背中なんだよっ!
何で背中なんだよ。
別に僕はあいつの背中なんて見たくないんだよ。
琴子ちゃんの赤ちゃんが見たいの。
わかる?
「入江先生のたくましさと赤ちゃんを抱っこしたこの慈悲の溢れる背中…素晴らしいじゃありませんか」
「…あーそうーねー」
棒で返事をし、僕はうれしそうな志乃さんを見た。
「志乃さんは、おいくつに?」
そう言えば、歳いくつだっけな。
「…あら、女に歳をお尋ねで?」
「うん、まあ、そうなんだけど、志乃さんはいつまでもお若く美しいからね」
志乃さんはふうっとため息をついて、僕を見た。
「先生もおいくつになられるんでしたっけ?早く伴侶を持たないと、子孫が絶えますわよ」
「結婚をしないとって言わないところがさすが志乃さんだけど、なかなか添い遂げようとか、子どもを持とうとか思えなくってね」
「ですから、お子さまを作ってしまえばいいじゃないですか。誰か産んでくれる人を見つけになって」
いやいや、それはちょっと危険じゃないかな。
いくら僕でも数打ちゃ当たるもんでもないし。
さすがに相手の女性にも失礼だしね。
「そういう気づかいはできる人なのに、惜しいことですわね」
「いつも惜しいと言われつつ、誰も僕に本気じゃないんだよ。そういうことなら、僕だってそうそう本気になれないでしょ」
「えー、そうですかー。結構いろいろありましたよねー」
「え」
「入江先生の元婚約者とかー」
ああ、そんなこともあったねー。
「結構恋愛経験豊富とか言ってる割には、本気の恋なんかひとっつも叶ったことないんじゃないんですか」
「そんなことないよ!」
…多分。
「美人じゃなくてもとか言いつつ、結局美人を選ぶあたり、なんだかねー」
「…いや、まあ、でも考えてごらんよ、美人が寄ってくるんだと思えば」
「アタシだってそこそこ美人だと思いませんか」
「いや、桔梗君、実はものすごく酔ってる?」
「酔ってません」
いや、酔ってる、酔ってる。
酔ってないやつに限って酔ってないとかいうんだよ。これ常識。
「なのに、性別女じゃないってだけで…うっ」
「桔梗君は美人、美人」
「どれくらい美人ですか」
「すっごく美人」
「中身は!?」
「中身はもっと美人」
「それならどうして〜〜〜〜」
何がどうしてだか何だか知らないけど、また振られたのかも?
「もっと美人になるにはどうしたら〜〜〜〜」
「いやぁ、それ以上美人にならなくても…」
「美人の湯…美人の館…美人の宝…美人の…」
「むしろ美人過ぎて高嶺の花になってしまったとか?」
あるある、美人ほど売れ残る説。
「そんなのウソよ―――!」
ぐずぐずと桔梗君は泣きだした。
今までにこんなふうに酔いつぶれたことあったかなぁとか思いつつ、昔美人と鶏ガラ老女とどすこい老女とよくわからない老人たちの集会所で僕はちびちび飲み続けたのだった。

(2020/12/31)

To be continued.