ドクターNと美の秘宝3
あれから、ぐだぐだと飲んだ挙句に聞きだしたのは、桔梗君がちょっといいなと思っていた人に(魂の半分だっけ?魔王は琴子ちゃんのものだしね)君はきれいだけど、やっぱりってなことを言われたらしいんだ。
元々そんなこと言う奴はダメなんだよと皆で慰めたんだった。
本当に好きなら性別の一つや二つ…多分…うん、多分大丈夫なんじゃないかなぁって。
僕だって鶏ガラ老女とかどすこい老女とかひどいこと言ってるって?
いや、でも、僕はどちらも決して差別はしていないよ、うん。
熊さんやはっつあんみたいな見分けのための呼び名だけで。
それでもひどいって?
うん、まあ、世の中にはどうにもできない本能というか、好みというものがあってだね。
桔梗君はあんなにグダグダだったのに、帰る頃には酔いもさめて何やらつぶやきだした。
「そういう先生だって、入江先生にはかなわないんですよね」
おっと、そう来るか。
「あれと一緒にしないでくれ」
「そうですよね、別物ですよね」
「いや、そういう意味じゃなくってだね」
「入江先生なんて、その辺の芸能人だって裸足で逃げ出すくらいの美貌ですものね。知ってます?当直明けの少し疲れた後とか、長時間手術後のちょっとやつれた感ですら、余計に美貌を際立たせてるってこと」
「…はあ」
僕はわかったようなわからないような返事をする。
「何というか、最近は少しずつ年も重ねて、その美貌はますます輝きを増してるんですよねぇ。若い頃の青臭い美貌もそりゃおいしいんでしょうけど」
「…はあ」
「その点、先生はちょっとだけ残念感が」
「どの辺が?」
「せっかく眼鏡という武器がありながら、ちょっとエロいやらしい感じがぬぐえないというか」
エロといやらしいを二つも重ねなくてもよくないかな。
「もっとこう、知的なきらめきがあってもいいと思うんですよね」
「いや、あるだろ?」
「その微妙な日焼け感がますます胡散臭いというか」
「しょうがないでしょ!これは生まれつき、色黒気味なの!気にしてるの!僕だって色白になりたいよ!」
「あら、そうなんですか。日焼けサロンでてっきり焼いてるもんだと」
…いや、焼いてないとは言わないけど。
「眼鏡にやや青白いまでの知的なたたずまいというものが先生には欠けてます」
「青白い男なんて役に立たない感じじゃないか」
「そういう価値観が昭和くさいというか、古臭いというか」
古臭くて悪かったね!僕は昭和生まれだよ!
というか、君だって昭和生まれだろ?
あいつだって昭和生まれじゃないか!何が違うんだ!
「美の基準なんて時代ごとに違うんだからさ、仕方がないよね」
「おかめ顔の小野小町とか?」
「そうそう」
「太眉ワンレン、ボディコン…」
…バブルかよ、古いよ、さすがだよ。
【作者注;お若い方は知らないでしょうが、そういう時代がトレンディ(死語)だったこともありました。詳しくはバブルで調べてください。】
「だいたいあいつの美の基準だっておかしなことになってるぞ、きっと」
「どこがですか」
「…言いたかないけど、琴子ちゃんはかわいいが、絶世の美女ではない」
「確かに」
「しかし、どんな美女がすり寄っても鼻くそ程度にしか見えないに違いない」
「いや、そこまでは…」
「琴子ちゃんはかわいいが、色気はよくわからない」
「その琴子がっての、いちいち必要です?…ま、まあ、琴子自身もよくわかってないみたいですけど」
「それなのに、琴子ちゃんには性欲を感じて、他の女は全部それ以下。どういう基準してるんだ」
「もう、それ美の基準云々じゃないじゃないですか。それにその辺は私もわからないですけど、いいじゃないですか、一途で自分にしかなびかない男。だいたいですね、一応入江先生にも美しいと思う審美眼は備わってるみたいですよ」
「それならどうして!」
「どうしても何も、そう思うのは先生自身が特定の相手がいない浮気者だからじゃないですか」
「僕を浮気者というくくりに入れないでくれたまえ」
「では、何だと言うんです?」
「何って…なんだろうね」
そう答えると、けっ!と桔梗君らしからぬ荒んだ目で見られた。
何で今日はそんなに荒れてんだよ。
あ、振られたんだっけ。
「人間いつまで美しくないといけないんだろうね」
「女性の場合は死ぬまで?」
「女性以外の場合はどうなんだ?」
「あら、そのくくりにアタシ入ってます?」
「仕方がないだろ、女性ではないんだから。少なくとも君があそこをちょん切って戸籍を変えていない限り」
「あのですね…、アタシは、別にちょん切りたいわけでも、女装したいわけでもありませんからね」
「それはわかってるよ」
「まあ、意外」
桔梗君は満足そうに眉を上げた。
「君は君のままで愛してほしいだなんて、なかなか難しい注文をする人だからさ」
「難しいですか。当然の欲望だと思いますけどね」
「君は、確かになかなか愛には恵まれないかもしれないけど、琴子ちゃんとか同期のやつらとか主任とか、思ったより君をそのまま受け入れてる人が周りに多くて良かったじゃないか」
あ、僕いいこと言った。
桔梗君は「そうですよね!…そう思わないとやっていけないけども!」と涙ながらに言うと、今度は泣きが入った愚痴になってきた。
…あの、そろそろ僕帰りたいんだけどね。
隣では弥次さんと喜多さんが酔いつぶれ、熊さんとはっつあんがぼーっと飲んでいて、鶏ガラ老女とどすこい老女が酒豪の志乃さんに負けず劣らず賑やかしくまだまだ元気そうに話している。
「…帰ろうか、桔梗君」
そう言って振り向くと、先ほどまで結構酔いがさめているふうだったのに、気が付くと僕の袖をしっかりとつかみ、鼻水をつけそうな勢いで泣き笑いしている。
「いや、あの、ちょっと、桔梗君…?」
それティッシュじゃないから!僕の袖!僕の袖だから!
「なんか、これ、かみ心地が悪いです」
そりゃそうだよ、僕の服だよ。
鼻をかむためのものじゃないから!
酔ってるんだよね?
酔ってるでしょ。
どうやって連れて帰れって?
「…志乃さん、置いていって、いいかな…?」
桔梗君は盛大に僕の袖で鼻をかみながら言った。
「置いて行かないで〜〜〜〜〜」
志乃さんはにこやかに、親切にもタクシーを呼んでくれた。
その後どうなったかって?
大丈夫、お持ち帰りなどしていないよ。
そもそも桔梗君とはいつもこんな感じだったりするんだけどね、ここまで酔ったのは初めてかもしれない。
それだけ、今回はショックだったってことかな。
勝手知ったる桔梗君のアパートに放り込んでおいた。
それなのに。
翌日出勤した僕の耳に飛び込んできたのは、桔梗君との怪しい噂、だったのだった。
なんで!?
誰が?
僕は、無実だ――――!!
(2021/01/15)
To be continued.