イタkiss祭り2020拍手企画



ドクターNと美の秘宝4


「聞きましたよ、先生」
そういってにじり寄ってきたのは、オペ室ナースのマチコちゃんだ。
「あの妖しげな外科ナースとの噂」
「あー、はいはい」
オペが終わって着ていた手術着を脱いで丸めると、力任せにゴミ箱に投げ捨てた。
「なんで今回はそんな噂になってんの。いつもの飲み友なのに」
「それがですね、彼女…ええっと、彼…?」
「どっちでもいいけど」
「とにかくかのナースと付き合うと若返るという噂が」
「…若返る?」
「一番親しい付き合いの入江先生の奥さんとか」
「…ああ、琴子ちゃんはいつまでも若いよねー」
「それに、どうやら先生もいつまでも変わらないって話になって」
「はっはっはっ、そりゃそうだよ」
これでも体型を保つためのジム通いとか、お肌の保湿にも気を付け、メンズエステなんてのも最近勧められて…、って、どれもこれも確かに桔梗君のアドバイスだったりするんだけどね。
あれ、そうだとすればやっぱり桔梗君と親しい者は必然と若さを保ってるとか?
まあ、あながち嘘ではないわけだ。
「何か秘訣が?」
そうにじり寄られても、いわゆる影の努力というものをだね…。
ええい、やめたやめた。
ここはやっぱり「秘密だよ」とちょっとだけいたずらっぽくささやいてみた。
「えー、秘密って何ですか、それ。教えてくださいよー!」
そう叫ぶマチコちゃんをそのままにして、僕はあえてオペ室を後にした。
ざっとシャワーを浴びて、おすすめのボディエッセンスなんてものを擦り込み、オペ後という気だるくも汗臭さを感じさせないさりげないさわやかさを演出するのだ。
これでそこらのお嬢さんのハートもわしづかみ。
というこれまた影の努力が実を結ぶのだという桔梗君のアドバイスをもらったお陰なんだけども、素直に聞いておいてよかったな。
これであの後輩魔王もしのぐ人気を…って、いや、あいつは既婚者。僕は独身。
本来なら比べられるものでもないんだけどな。
世の中の評価はどうにも理不尽だ。
手当たり次第と思われてる僕だってこれでもある程度のルールはあって、基本既婚者に手を出すのはなるべく御法度。
え?声かけてるじゃないかって?
だから、厳選してるわけだし。

病棟に行くと、何人かがひそひそと僕を見て話をしている。
外科の清水主任が眉間にしわを寄せて僕に言う。
「少しお話があるんですが」
「あー、桔梗君のこと?」
「ええ、まあ。お互い独身だから別によろしいんですけども。ええ、プライベートは尊重は致します」
「いや、ちょっと、待って。何年一緒に仕事してると思ってるの」
「ですからそういう尊敬が…」
ぼくは大きなため息をついた。
「あー、性別がどうこう言うつもりもないけど」
「そこは、私、理解があるつもりですが」
「ああ、うん、清水主任のそこは素晴らしい考えだと思う。僕もそれには同意する。でもね、僕と桔梗君は同志というか、まあ飲み友達なわけで、そういう意味では確かに親しいけれども、愛だのなんだのはちょっと、芽生えそうにない、かな」
清水主任は大きなため息をついた。
「そうでしょうね。先生ならそうおっしゃるだろうことはわかっていましたが、噂の声が大きすぎて、ちょっと」
「桔梗君」
僕はこちらをわざと見ないようにしていた桔梗君を呼んだ。
「何だか知らないけど、誰が流した噂か、君、知ってる?」
「さあ?今朝来たら、もうなんだかひそひそされていて」
「誰だろうねぇ?」
僕はナースステーションを見回してみたが、さすがにこの病棟では僕と桔梗君の仲を疑って噂をしているわけではないらしい。
となると、噂の出どころは別のとこか。
そして、今ひそひそされてるのはやっぱり、あれか。
「桔梗君、別の噂、聞いてない?」
「はい?」
「なんか君、若返りの何かを持ってると思われてるらしいよ」
「はぁ?」
桔梗君は思いっきり叫んだ。
「そんなのあったら真っ先にアタシが使ってますよ!」
「だよねー」
桔梗君の叫びが出たところでナースステーションの中はシーンと静まり返った。
とりあえず外科の噂はおさまるだろう。
病院中に(おそらく)回っている噂も数日のうちには収まるだろうと思われた。
いや、収まると思っていた。
まさか、もっと厄介なことに巻き込まれるとは、僕も思っていなかったのだった。

(2021/07/25)

To be continued.