イタkiss祭り2021拍手企画



ドクターNと夢の世界10


令嬢は午後には医療所に来るということでそれらしき言い訳なんかを考えた。
案外すんなりとうまくいったな、とかなんとか考えているうちに令嬢が訪れた。
「先日はありがとうございました」
と会ってすぐにそう挨拶されたけど、隣の侍女に駄目出しされている。
「わざわざご連絡ありがとうございました」
それでもめげずににこにこと愛想よく続けた。うん、後で怒られそうだね。
何が駄目っていうか、多分医師と言えどそんなに軽々しく挨拶と愛想よく謝るなという感じなんだと思う。
「いや、先日はただ休んでもらっただけで何もできなかったので、改めて大丈夫だったかと」
「ええ。実はあれから屈むと時々痛くて」
「それはいけない。腰は大事な部分だからね」
そうそう。これから結婚するご令嬢にとっては特に。
「今日の診立てでそれほど悪くなければ、腰を屈める動作をしばらく控えて休ませ、温めて揉んでもらうといい」
「そうですか」
あらかじめ個人的な用があると話していた医療所付きの侍女に目配せをすると、お付きの侍女を部屋からうまいこと言って出してもらい、令嬢に学友について尋ねた。
半ば予想していたことだが、令嬢はあの侍女見習いをよく知らないという。というか同じ家格であっても付き合いはさほどないことなどいくらでもある。
しかし、頼まれた以上例の手紙を渡すことにした。
一応読みたくないなら断ってもよいと伝え、内容が気に入らなければここに置いていってもよいとも伝えた。
令嬢は今この場で読んでいくと選択し、僕と医療所付きの侍女は固唾をのんで見守った。
果たして令嬢が気に障るようなことは書いていないだろうか、困ったことになるのではなかろうかという予想は、大方はずれた。
懐かしいので一度お茶がしたいと。
お茶するような間柄ではなかったようだが、同郷ということで気安くなったのか、もしくはやはり王太子妃候補の噂を聞いて今のうちに繋ぎを付けておこうと思ったのか。
どちらかというと後者な気もするが。
まあ、普通はそうだよな。
しかし、そうなるとこれは令嬢の気持ち一つで決められるものではなかろう。
そう忠告すると、うなずいて少しため息をついた。
「お茶したくても時間がないんですよね。何せ王城にいる間に一通りの行儀見習いを身に着けるために詰め込みなんです。
せっかく王妃様のお声がかりなのにさぼるわけにはいかないですし。でも、王城にいる間しか彼女とは話す時間もないでしょうし…」
彼女には周りの人間に相談することを勧めた。
令嬢の意見だけでは大事になりそうだし。
手紙を受け渡したこちらにも被害が及びそうだしね。
「まあ、ラッキー男爵様は、私の悩みがわかるのですね。さすがお医者様」
「…うん、ガッキーね。まあ、なんだか幸運そうな名前だからいいけど」
「し、失礼いたしました」
彼女は慌てふためいてお詫びに頭を下げた。
きっとこれからこんな間違いも厳しく直されていくんだろう。それもなんだかちょっと寂しいかな。
このために呼び出したことがばれたけど、腰も心配だったとちゃんと言い添えた。余計なことを言いそうになって隣の侍女に思いっきりはたかれたけど。
言っておくけど、令嬢も侍女も僕じゃなければ不敬罪だからね?
もちろん侍女も治療所でのことはうるさくは言わないので、双方お咎めはなし。
もし手紙の返事をしたければ僕宛に出せばよいと伝えると、令嬢はうなずいて戻っていった。

侍女ははあっとため息をついて言った。
「なんだか、本当に素朴なお嬢さんでしたね」
「そうなんだよ。初めて会った時も自領の産物を納品してたりして」
「それは…ある意味新鮮な…お嬢さんで…」
「農産物なだけに」
「…誰もうまいこと言えとは言ってません」
自分の発言は棚に置いて、侍女は僕をじろりと見た。
「いや、それにしても、王太子妃候補なんて思えないくらいだね」
「…それなんですが…多分本人気づいてない…?」
「まさか」
「そのまさかという噂は私も聞きましたが、実際見てみると、ただの行儀見習いと思っている感じではなかったですか」
「…まあ鈍そうだし」
「…聞かなかったことにします」
侍女は僕の発言を再び封じた。
「でもちょっと、面白そうじゃないか。そりゃ美人で才女の王太子妃もいいけどさ、あの王太子にそれじゃ面白くもなんともない」
「男爵様、そうは言いますけど、国の将来がかかってますからね」
「でも今までどんな美人にも才女にもなびかなかったんだから、ここはもう最終手段という気がしない?」
「はあ、まあ、女に興味がないのか、不細工好みなのか、幼女好みとかいろいろ噂はありましたわね」
そっちの方が不敬じゃないか?まあ、いいけど。
「ここでの話は命かからない限り、口をつぐむということで」
「もちろんですわ、男爵様」
本当かなぁ。
でも令嬢に関しては面白そうなので、今後も注目していくことにすることで侍女と合意したのだった。



夢の中まで医者というのは、結構疲れるもんだなぁ。
起きてから首を回すと、コキコキと音がする。
うーん、寝たのに寝てない感じがなんともなぁ。
きっとこれでみんな疲れ果ててるんだろう。
最近疲れるという患者や職員が多いもんな。
お陰で睡眠薬の処方希望が多い。
薬を飲んでぐっすり寝ると、あの異世界症候群の夢を見ないのだという。
僕も薬を飲んでゆっくりしたいんだけど、途中で電話が鳴ったりすると困るからなぁと、今度の完全に休みの日を待つしかない。
それにやっぱり続きが気になるんだよね。
それが一番の問題ではあるんだけど。
もしこの現象が、何か日本を陥れるものだったりしたら?
なーんていう陰謀説まで出てくる今日この頃。
ブームは、きっとそのうち終わるんだろう。
何せ飽きっぽいもんね、みんな。
それにずっと生活は続いていくけど、夢の世界は多分終わりが来るのだろう。
何かハッピーエンドとかを迎えたりしたら、物語はそこでめでたしめでたしと連載は終わるわけだし?
そう考えると、僕は少しだけこの今の状況を楽しんで過ごすことに決めたのだった。

(2022/03/10)

To be continued.