ドクターNと夢の世界11
笑えることに、あの王太子殿下が、部下で次期宰相候補の現宰相補佐ナーベ侯爵子息と恋仲だという。
「どう思う?」
助手である医療所付きの侍女に笑いながらそう言った。
「非常においしいです」
「…おい…しい…」
もしかして僕はこの侍女を大いに誤解していたのかもしれない。
なかなかいい性格をしている。
「昨日の件、早速お返事をいただきましたので、見習い侍女に渡したいと思います」
「うん、頼むよ。でも、どう思う?ちょっと弱みを握られたとはいえ非公式の王太子妃候補に安易に近づけちゃったけど」
「…弱味握られてたんですか」
「うん?うーん、まあ、結果的に?」
「貴方様は前から注意しておりましたが、わきが甘いのですよ。だから仕事が大切という彼女から結婚のお許しが出ないんですよ」
「いや、だから、なんで女性に結婚の許しをもらうっていう話に」
「おや、違いますか?もう少し後がいいと婚約期間が長引いているのは誰のせいです?」
「…否定はしませんけどね」
「まあ、そういう情けないところも認められるのが男爵様の良いところであり、侍女頭さまが見捨てられない面でございましょう」
「はいはい、彼女は有能です」
女性には極力逆らわないほうが良いというのが僕の信条。
そして、困っていたら助けることも。
「王太子殿下は、あと二か月で婚約者を選べるんだろうかね」
「貴方様は他人様の恋路を心配するより、ご自身の結婚を心配すべきですね」
「あの王太子殿下なら選り取り見取り、なんならあの情のなさならさくっと政略結婚でもいいのにそうしないというのは、やはりもう心に決めた人がいるから、なんだろうね」
「それがかの令嬢だと?」
「どういう理由でか、そういうことなら、身分違いがあれど皆納得するのかもしれないねぇ」
「はいはい、お茶の時間は終わりですよ」
有能侍女の言葉に促され、僕は書類を片付けることにした。
「今頃は、お茶会でもしてるのかもしれませんわね」
いつ、とは聞かされていないが、お茶会が開かれることになったらしい。
男爵令嬢侍女見習いからは、ありがとうございましたというお礼状とともに約束の媚薬10回分届いたんだけど、これ使う機会あるかな。
医療所付きの侍女は、あからさまに僕を胡散くさそうな目で見てから、大きなため息をついた。
「捕らわれの身にならないようにお願いします」
そんな心配されても…。
「ここより緩くて適当な職場、失いたくないんです」
あー、そうだろうね、そうだろうよ。
手に持った媚薬なる物を置くと、カラリと青味がかった小瓶が触れ合って音を立てた。
* * *
検査待ちの間に医局でうたたねしてしまったようだ。
あー、今ここに媚薬10回分ないかなー。
え?そんな怪しげな薬使うなんて医師としてどうかって?
まあ言われてみりゃそうなんだけどさ、一度は使ってみたくないか?
ちょっと貞淑そうな女の子に使ってみたりなんかして。
「先生、呼び出しかかってますが」
僕の白衣のポケットでブーブーと激しく鳴る音を聞きとがめて注意してきたのは、澄ました顔の王子…じゃなかった魔王のごとき後輩。
電話に出る前に切れてしまい、仕方なくかかってきたところにかけ直す。
「え?目を覚まさない?」
僕はとある患者の病状を聞いて問い返した。
「そもそもそれは入江の患者だろう?」
後輩はこちらを見てさらりと言った。
「得意分野ではないので主治医交代になりました」
「なんだよ、それ。なんで僕の得意分野が目を覚まさない患者の処置なんだよ。内科か心療内科だろ」
僕は憤慨してそう言った。
仮にも外科医である僕に目を覚まさない患者をどうしろって?
「おまえも最後まで責任をもって紹介するなりなんなりしろよ」
「患者の希望で」
「王子様〜とか言っておまえのこと気に入ってたんじゃなかったのか」
「さあ?」
絶対裏から手を回しただろ。琴子ちゃんに害のありそうなやつは全部陰で排除だもんな、お前。
「え?ああ、ごめんこっちの話。悪かった、悪かった。今行くから」
まだ電話中だったのを忘れていた。
仕方なく例のピンク髪の患者が目を覚まさないとかで病棟に戻る羽目になったのだった。
(2022/09/30)
To be continued.