イタkiss祭り2021拍手企画



ドクターNと夢の世界9


訳あり(多分)男爵令嬢からの無茶ぶりを依頼された僕は、渡された手紙を前にうーんとうなった。
面識など一度しかない(いや、正確には二度か)、しかも今や王太子妃候補とまで言われている令嬢にどうやってこの手紙を渡せと?
下手に手紙など渡せば僕が殺される。
これでも婚約者持ちだ。
潔癖な彼女は、浮気はともかく王太子妃候補に手を出したとあっては仕事上のこともあって絶対に許さないだろう。
いや、別に手を出すわけじゃないけど、そう誤解されてもおかしくはないわけで。
こうなっては正攻法にいく方が誤解もなく済むだろうと、僕は腰の具合を尋ねる内容によかったら検査をしようかと持ち掛ける手紙を書いた。
そしてそれを医療所付きの侍女に託し、急ぎなのでそのまま口頭で返事を欲しいとお願いしたのだった。
返事を書いてもらうとなると、令嬢のお付きの侍女に排除される恐れもあるし、そのまま忘れ去られる恐れもあるし。
そうして侍女に託した手紙の返事を待ちつつ、擦り傷や打ち身やねん挫といった些細な怪我に対応しているうちに侍女は戻ってきた。

「ガッキー男爵様、アイハラ子爵令嬢からのお返事は、お伺いします、とのことでした」
「ああ、ありがとう。で、いつ来るって?」
「え?ええっと、そう言えばいつとは言われませんでしたわ」
「…あ、ああ、そう」
「申し訳ありません。でもきっとお付きの侍女の方が時間を調整して連絡してくださいますわ」
まあ、そりゃそうか。
はい行きますとその場ですぐに来られるような暇はないだろうね。
なんたって王太子妃候補、だっけ?
王妃様の声がかりで行儀見習いがびっしりとか言ってたし。
王宮で見かけた様子や医療所で会った様子を考えれば、決して礼儀が万全という感じではなかったしね。あれはあれで悪くはないんだけど、王太子妃候補なんてものになってしまったら、あれではまずいだろう。
でも結局王太子殿下は拒まなかったんだな。
王妃(と国王)のお声がかりでは逃げられなかったか。
それともあれが王太子殿下の好みだとか?
そんなことを考えていたら、子爵令嬢付きの有能侍女が今日の午後にこちらに伺う手はずだと知らせてきた。
それにお待ちしておりますと神妙に答えて、それらしき口実を作ったのだから、何かそれなりに検査をするべきだろうと対応を模索することにした。
ところで、この手紙を渡した後は、いったいどうなるんだろう。
何かの陰謀でなければ、あの男爵令嬢が子爵令嬢に会いたいというだけの話なんだが、いっそ検査をしているときに用事を作って呼び出す方が早いのでは?と思ったり。
いや、でも王太子妃候補となっている令嬢がいるときに関係のない侍女は呼び寄せられないだろう。
そう考えるとまずは手紙、というのは当たり前のことなのかもしれない。

午後になってちょっとぼんやりしていたところに(いや決して仕事を放棄していたわけじゃない)先ぶれが訪れた。これまたきちんとしてる。
まもなく子爵令嬢が訪れるから、と。
えーと、何だっけ。あ、そうだ、アイハラ子爵令嬢だ。
アイハラ子爵と言えば、王都からはちょっと遠い小さな領地だったような。
初めて会った日も何かを納品していたようだから、農産物とか加工品とかを売りにしているのかもしれない。何だったかな、何か最近流行っていたような。
でもそうすると雪のある冬の間は大変だろうなぁ。
今年はデビュタントのつもりで王都にやってきたのに、というところか。
いったいなぜ彼女でなければならなかったんだろうか。


目が覚めると、まずは今日が何日で現実としてここが東京であることを確認している。
なんというか、生々しいやり取りは、僕がこちらの世界の住人であるというのを忘れがちになるのだ。
もう少し続きを見たいと思っても、適当なところで目が覚める。
もう少しやり取りを見たいと思っても、次の夢の時にはその場面は飛んでいて、すでに終わっていたりする。
そんなことをしていれば、人は続きを見るために長く眠っていたいと思うようになるのかもしれない。
現実が辛くて、夢の中が楽しければなおさら。
夢の中が面白くなければ眠らない人も出てくるかもしれない。
思ったよりも厄介な症状だ。
どんな世界にいるのか、SNSで公表したりして、その界隈は多賑わいだ。
同じ世界観にいる者も少なくはない。
実際この病院の中では、少なくとも同じ世界観を共有している者もいる。
もしかしたらマユミちゃんは王都にいる下町娘かもしれないから、そのうち成り上がって王宮に看護婦としてやってきたりするかもしれない。
ただ、思うようにいかない。
あくまで夢の中の話で、現実ではない。
この現象は、どこまで行くのだろうか。
この現象を研究し始めた医師や科学者ももちろんいるが、どれも正解は出ていない。
昨今の異世界ブームによるものとか言われているが、そんなものに見向きもしていない層ですら迷い込んでいる者がいるのだ。
そのうち夢の中でも魔王だの戦争だの殺人だのと起こってきたりしたら…。
僕たちはどこに安らぎを求めればいいのだろう…?

(2022/01/19)

To be continued.