ドクターNと夢の世界13
医療所で働く僕の日課は、王城に出勤して、本日の治療者一覧を見ることから始まる。
上司は上位のお貴族様ではあるが、治療はそんなにうまくない。いや、むしろほとんどしない。
その昔は…なんていう話もない。
いわゆる家系的に代々伝わる治療技術だけをもとに、医療士となるのは世襲的なものだ。
たまたまご先祖様が何かの折に活躍して男爵を賜り、以後その技術でもって王室に仕えることになり、一代限りの男爵が貴族を治療するのに不便だからと世襲制になり、何代か続くと男爵の地位も確定的なものとなった。
男爵の上が子爵、その上が伯爵、さらに侯爵と続いて、王室から出たものには公爵の地位が与えられる。
え?なんで朝から地位の話かって?
今ここに訪れている朝一番の患者が、当然のことながら僕よりも高い地位にある貴族なだけに無下に断れないっていう。
「あの…ナーベ宰相補佐様…いったいどんな病状で」
「…胃薬を」
「さようですか。でしたらこちらがよろしいかと思います。よく…効きますよ」
何もこっそり来なくとも、お抱えの医師くらいいるだろうに、というのが本音だが、これはあれか。何か用事があるってやつだろうなぁ。
「本題は…?」
恐る恐る尋ねると、ナーベ宰相補佐はため息をついた。
「これは、至極個人的なことなのですが」
「はい、口が裂けても他言いたしません。当然のことながら医師としての秘密保持もありますし、長くここで働きたいですから」
「ん、まあ、あなたのことは婚約者であるあの方にお聞きしたんですよ」
「あの方…彼女はどうですか」
「大変優秀で、王妃様も重宝されてなかなか手放したがらないとお聞きしてますよ」
でしょうね…。
優秀すぎるがゆえに結婚も延びるという。
「いっそのことさっさと結婚してしまう方がよくはないですか」
「そうしたいのは山々なのですが、何せ私の方が立場が弱くて」
「…ああ、浮気でもしましたか」
「本題は」
話を断ち切る僕の勢いにナーベ宰相補佐は苦笑した。
「実は、王妃様から王太子殿下に一服盛ってほしいと頼まれました」
「な、何を…」
うわー、聞きたくない。
聞きたくないが、好奇心はつい。
「媚薬ですね」
* * *
「ここか!ここにつながるのか、あの媚薬!」
飛び起きて思わず叫んだ。
叫んだ後であれ?と首を傾げる。
何がどこからつながったって?
僕は忘れないうちにノートに先程の衝撃の言葉をメモする。
最近は起きてもすぐにメモしておかないと夢の話も忘れていってしまうのだ。
これは、もしかしたら僕は夢の世界から離脱しようとしているのかもしれない。
最近の研究で言われつつあることだ。
どうやって全世界の人が眠り続けずにいられるのか研究した人の話によると、入り込んでしまう人が眠り続ける人で、徐々に離脱する人が夢から覚めると徐々に忘れる人だ。
もちろん夢を見ない人もいる。現実世界に満足している人だ。
僕が夢から離脱してしまう前にあれこれ片付くといいな。
そして、一度でいいから婚約者の顔が見たい。
目下は眠り続ける患者に有効な起こし方を考えなければならない。
夢よりも現実のほうが素晴らしいのだと思わせる努力をしなければならない。
少なくともピンク髪の彼女の場合はなんとなくわかった。
琴子ちゃんだ。
琴子ちゃんを連れてこないと目覚めないかもしれない。
むしろ琴子ちゃんが呼びかけたら一発で起きるんじゃないかと思っている。
夢を利用した変な宗教が流行ったり、次々に現実でも勇者だと名乗るものが出たり、魔王だと名乗るものが犯罪を正当化し始めたりと、ろくなことがない今の世界だけど、僕はそれほど捨てたものじゃないと思っているのだ。
皆いつか現実に戻って夢も夢として消化して日々を過ごしていく。
夢の世界でもいつも幸せではいられないからだ。
そんなことを思いながら僕はノートを閉じた。
(2023/08/23)
To be continued.