ドクターNと夢の世界3
今日は王宮でのデビュタントを兼ねたシーズン初めの夜会の日だ。
なのに僕はここで医療所の当番を務めていた。
いいんだ、前からわかっていたし。
社交界シーズンはこれから春まで続くんだから、青臭い若者のデビュタントごときで駄々なんかこねない。
若者好きの医療長は何か理由を付けて夜会へ出かけて行ったが。
そもそも今日は王太子殿下が出席すると決まっているので、何が何でも令嬢たちは参加することだろう。
その中にはちょっとした体調不良を圧してまで参加する者もいるかもしれない。
そんな令嬢たちをここで迎え入れてあわよくば…いやいや、ちゃんと仕事はするよ、うん。
そもそも僕はデビュタントしたばかりの幼い令嬢なんて相手にしていられない。
婚約者がいつ結婚に応じてくれるのかが問題だ。
王妃の世話係って、どこが区切りなんだろうなぁ。
王妃もそろそろ彼女を手放してくれたりなんか、いやせめてそろそろ結婚したほうがと気をきかせてくれたりしないかなぁ。
別に結婚したら王妃の世話係やめろなんて一言も言ってないし。
有能な彼女が家を切り盛りしてくれたらそりゃいいだろうけど、しばらくは執事やなんかに任せることは可能だし。
子どもでも出来たら別だろうけど。
そんなことを考えていたら、控えめに医療所の扉をたたく音がした。
「はい、どうぞ」
おや、誰か具合の悪い人でも?
扉が開かれ、「失礼します」と何やらおいしそうな料理の乗った皿が扉の向こうから差し出された。
お、これは…。
「やあ、麗しの婚約者殿…」
うわあ!
僕は飛び起きた。
枕元で電話が鳴っている。
「はい?」
『先生?第三外科病棟です。例の患者さん、急変しました。今こちらにいるのは研修医の丸井先生だけなのでお願いします』
「うん、わかったよ。そうだな。15分持たせるために点滴と採血は済ませておいてと指示を。大丈夫、夜中だから15分で着くよ」
そう言って着替えを済ませるとさっと支度を済ませ、車のキーを持って出た。
このマンションのいいところは病院に近くて車でも駆けつけやすいところ。
本当は徒歩でも行けるけど、夜は車のほうが早い。
そんなことを思いながら病院へ駆けつけると、今日はマユミちゃんが夜勤だったらしく、「本当に15分で来た。さすがですね」と次の指示待ちだった。
研修医くんは必要最低限の処置を何とかこなしたらしく、患者は何とか持ちこたえている。とは言ってもそんなにすぐには死なない急変でよかったというべきか。
いやいや油断は禁物だ。
白衣を取りに行く暇もなかったので、私服そのままだがまあいいだろう。
そう考えると、一応いつも一緒に夜勤を組んでいた魔王なあいつはとんでもない研修医だったとつくづく思う。
思わぬ急変にうろたえる研修医。これが普通なんだよな。
指導医の大沼先生はどこかと思ったら、まだ救急だそうな。
余分な仕事を押し付けられる前にさっさと帰ることにしよう。
そんな風に患者の危機を救い、ぼんやりと後処理をしているマユミちゃんを見た。
僕の婚約者は、多分マユミちゃんじゃなかった。
しかし、顔が見えなかった。
もう少しで顔が見えるところで起こされたからなぁ。
いや、顔も見てないのになんでわかるかって?
あの手足はマユミちゃんじゃない。
え?手足で女の子を識別するなって?
あの歩き方と颯爽と差し出された手は…。
いや、まだ憶測の域を出ない。
その名を口にしたら、なんとなくダメな気がする。
そう考えると、やっぱり僕は脇役なんだろうなぁ。
いやあ残念。
だってさ、誰もが夢の異世界では主人公のチート仕様っていうのが基本じゃないのかな?
魔法もなければ剣もない(今のところ)。
そんなのファンタジーって言える?
あ、もしかしたらこれから魔獣とか聖獣とか聖女とか女神とか出てきたり?
「あ、先生、そう言えば、私も見ましたよ。とうとう、異世界症候群です」
そんな名前だっけ?別にいいけど。
「で、どうだった?」
「…脇役でした。ええ、そりゃもう立派な下町娘Aですよ」
「そうは言っても、自分の夢の中では主役なんだから立派な主人公でしょ」
「そう言う先生は、何か新しい夢を?」
「君からの電話がなければ、あともう少しで婚約者の顔が見れるところだった」
「…へぇぇー」
あ、これ話題にしたらやばいやつ…?
「ま、王宮で夜会なのに僕はしがない当番でさ」
「そういうもんですよね、脇役なんて」
「そういうもんだよ」
マユミちゃんは一気に興味をなくしたらしく、僕を置いて巡回に行ってしまった。
今だとばかりに僕はさっさと帰ることにしたのだった。
願わくば、夢の続きが見られるといいなと思いながら。
(2021/10/14)
To be continued.