ドクターNと夢の世界4
日々の治療は貴族の屋敷に直接呼ばれたり、王宮の医療所で患者を迎え入れたりする。もちろん王宮の医療所での医師は僕一人ではない。
そこへ、なんとこの間見た令嬢が王太子殿下に伴われてこっそり治療を受けに来たのだ。
自然と笑いがこみ上げるが、一応王太子殿下の前なので堪える。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「挨拶はいい」
「はっ、失礼いたしました」
「これの治療を」
そう言うと、王太子殿下はソファの上にポイっと令嬢を放り投げた。
「このご令嬢は…」
どこの誰?と聞きたいところだったが、黙って診察することにした。こっそり連れてきたということは王太子殿下と何やら訳ありで、聞けばろくでもないことになりかねない。幸い今ここには僕一人だし。
「どうされましたか」
「…しを…」
「はい?」
「こ…」
令嬢は顔を赤らめて言いよどんだ。
「腰を傷めまして」
「腰を…」
よからぬ想像をしてしまうではないか。
どんだけ酷使したんだよ、この王子。絶倫か?こんな年端もいかない、しかも今日デビュタントしたばかりのうぶな令嬢を。
「…何か余計なことを考えたようだが、こいつは、休憩所で転がっていたんだ」
「転がって…?」
「あ、あの、ちょっとソファから滑り落ちまして、腰を打ったのです…」
「邪魔なので連れてきた」
「王太子殿下自ら」
「人を呼んでみろ、いらぬ詮索を受けるだろう。お前のようにな」
確かに。
「おまえのほうは十分楽しんだようだが」
「さすがにこんなところでそんなことは致しません。婚約者殿が一人頑張っている私に差し入れをしてくださっただけです」
「では、預けたぞ」
「承りました」
そう言うと、王太子殿下はさっさと医療所を出て行った。
「ところでどこのお嬢さんだったかな。確か先日厨房裏口までの道を案内したよね」
「あ!ああ!その節は大変お世話になりました。ろくなお礼もせずに申し訳ありません。ラッキー男爵様」
「いや、ガッキー、だけどね。まあ、なんとなく幸せになりそうな間違いだからまあいいけど」
「こんなところまで連れてきていただいて何なのですが、これ、治るんでしょうか」
「安静にしていればいいんじゃないかな。ちょっと打っただけでしょ」
「はい。でも王太子殿下の手前、寝転がっていられなかったので」
「まあ、そりゃ、そうだろうねぇ」
「とりあえず、誰か付き添いがいるんだよね?その方を呼び出すことにしよう」
「申し訳ありません…」
ソファに荷物のように放り出されたままの令嬢のために僕はさっさと手紙を書いて、早速人を呼んで届けさせたのだった。
琴子ちゃんと魔王だった。
いや、王子なんだけど、その姿はすでに魔王。
なんだよ、あいつ、夢の中まで魔王かよ。いや、異世界か。
そんなことどうでもいいか。
それにしても腰を傷めてる琴子ちゃんなんて珍しくもなんともない。休み明けにあるあるな光景だし。
異世界でも早速あいつが何かやったのかと思ったよ。
絶対あいつはむっつりだ。
興味のないふりして絶対に手が早いに違いない。ましてや相手は琴子ちゃんだ。
そして、僕の婚約者は、結局いったい誰だったんだろう。
続きを見ようとしたけど、そんな都合よく見られるものじゃないということもよくわかった。
そして、思ったより鮮明で、もっと見ようと思ってしまう。
なるほど、これははまる。
うん、やばいな。
世界中の人がこんな風になったら、本当にやばいんじゃないか?
そしてこの現象はいったい何によって起こるんだ?
まさか、何かウイルスとか?
しかし、他の人はどんな夢を見ているのか気になるけど、それぞれ同じ世界なのか、違う世界なのか、そんなところも気になるなぁ。
マユミちゃんなんて村人Aとか言ってたし。あれ?町娘だっけ?
冒険とか魔法とかも出てこない感じだし、そういう世界でもよかったかなぁ。
そんな風にベッドの上でぼんやりしていたら、もう仕事に行く時間だった。
こんな風に現実の世界に戻ってもぼんやりとしてしまうから、夢見依存症と言われるのだ。
ちょっとこの先のことを思うと嫌な予感しかしないのだが、少なくとも婚約者の顔くらい見られるといいなと思ったのだった。
(2021/10/23)
To be continued.