ドクターNと夢の世界5
先日のデビュタントでは、王太子殿下があまりお出ましにならなかったとご婦人方や令嬢たちの恨み節が届いている。
それでも王太子殿下はどこ吹く風なのだから、よほど面の皮が厚い…おっと失礼、さすが怖いもの知らずの御仁と言える。
国王はあんなにもほんわかとした優しい人なのに、どうしてその息子は、というのが定説。代わりに王妃様がしっかり者だからそうなったのだろう。
王妃様は泣く子も黙る王国一の女王様。
それでいいのか国王、という嘲りも聞こえては来るが、なんと言っても国王自身が王妃様にべた惚れだから。
それに国王を優しいだけの人だと思ったら大間違いだ。
なかなか侮れない。
さて、そんなパンダイ王国なのだが、今の御世は平和だ。
そりゃもう地方の子爵令嬢が王太子殿下の休憩所に間違って入ってしまってもお咎めがないくらい。
近隣の国との関係も今のところ良好なため、ちょっとばかり変わった女性がいようとも誰も咎めだてはしないだろう。
だが、しかし…。
「男爵様、先日からおなかの調子が悪くて…」
いつの間にかどこからわいた…おや失礼、やってきたのか、僕の周りに現れる女性がいた。
いや、一応婚約者持ちの男性に言い寄るとは、なかなかいい度胸をしている。それはともかく、もっと密やかに誘いをかけてくれれば応じないこともないのだが、あからさまに付きまとわれては断るしかない。
「具合が悪いのなら、医療所に行ったほうがよろしいですよ、ご令嬢」
派手なピンク髪に縦ロールの一見ほんわかとしたかわいらしい令嬢なのだが、最近急に出没するようになった。
デビュタントで王都にやってきたまだ初々しい令嬢のはずなんだが、そこはかとなくあざとい感じがする。
これは幼少の頃から男を手玉に取るように生きてきた者だ。
きっと令嬢の父は甘くて、母はそれを仕方がないとか思っていそうで、兄も同じように甘やかしているのだろう。
…というのは全部僕の想像。
令嬢に兄弟がいるかなんて知らないし、地方から来た貴族のことなんて知らないし、そもそも令嬢の名前すら知らない。
「私、こちらに来てから、お友達も少なくて…男爵様は王都のあちこちをご存じだと伺ったのですが」
「…ああ、まあ」
これは、お誘いしてほしいという思わせぶりな発言だね。
令嬢から言い出すのはどうかと思うのだが、それもまたありか。
さて、どうしたものか。
頭を振って起き上がる。
ええっと、なんだっけ?
今は何時だ?
ここはどこだ。
場所は医局の汚いソファ。
遅い昼食を食べた後、ついうとうとしてしまったようだ。
時計を見てほっとする、
まだ時間はあった。
起き上がって白衣を着直すと、外科病棟へ。
エレベータを降りると、二つに縛ったピンク髪の女の子がエレベータを降りた僕に言った。
「ハッピーハロウィン!」
ハロウィンって、ハッピーなものだっけ?
まあ、いいか。
ピンク髪の子は僕の顔を見ると、にいっと笑って去って行った。
誰だ、あれは。
いや、そんなことより、どこかで、見た。
どこだっけ?
病棟へ行くと、ハロウィンの飾り付けがしてあった。
そう言えば今日はハロウィンだっけ。
ナースステーションに入ると、マユミちゃんが難しい顔をして電子カルテに向かっていた。
「マユミちゃん、こう、ピンク髪の二つ縛りの子、患者さん?」
「はい?ピンク髪?ああ、五輪さんね、今日入院した子」
「あ、入院患者さんね。誰の担当?」
「入江先生ですが。気になるんですか?」
「どこかで見たんだよね。それと、いきなりハッピーハロウィンって言われてさ」
「どこかでって、あるあるな口説き文句ですか、それ」
「違うよ。そんなこと他人にわざわざ言わないし。言うなら本人に言うよ」
「あ、じゃあ、もしかして、例の夢の世界?」
「あ、あー、なるほど」
僕はうなずいた。
今日入院で初対面なはずなのに、しかあの魔王な後輩の担当の患者なのに、見覚えあるってなんだか怖いな。
「先生の夢、いったいどんな世界なんです?」
「魔王と姫と女王と国王が住む世界」
「冒険ものですか?」
「いやー、はっはっはっ」
適当に誤魔化して僕は外科病棟を後にした。
なんか、違う要素というか、異物?そんなものを感じてしまった。
いったい夢の世界はどこまで行ったら終了になるんだろうか。
物語ならどこかで終わりになるはず。
もしも無限に広がる世界が待っているとしたら?
夢から逃げ出すことはできるのだろうか。
ちょっと怖い想像をしてしまって、僕は身震いしたのだった。
(2021/10/31)
To be continued.