イタkiss祭り2021拍手企画



ドクターNと夢の世界6


今日も王宮内に入り、医療所へ向かおうとすると、なんと中庭にこの間の子爵令嬢と王太子殿下がちらりと見えた。
王家しか入れない庭の方へと歩いて行ってしまったので、見えたのはほんの一瞬だったが、それを見ていた僕の横からなんとあのピンク髪令嬢が「ああ、行ってしまった」とつぶやいた。
「…なんでいるんだ」
僕が思わずそう口にすると、令嬢は「これは男爵様、おはようございます。私、今日から王宮内で侍女見習いとして勤めることになりました」とかわいらしく言った。
…王宮内に。
これはまた大変なことになりそうだと思っていると、令嬢は軽やかな足取りで裏口へと歩いて行った。
いや、君、ところでどこの誰。
そう問い返す間もなく、令嬢は裏口から僕も見たことがある怖い侍女頭に導かれて吸い込まれていった。
身分がそう高くない下級の地方貴族なんかは、こうして見習い侍女として勤める場合もある。その方が結婚の際に箔が付くとか。あるいはついでに結婚相手も見つけようとか、事情はいろいろ。
この間まで僕にべったりくっついていたピンク髪令嬢は、王宮内で働くための繋ぎをどこかで手にしたのだろう。
僕が繋ぎにならないと見切りをつけたのだろう。
いったい誰に頼んだのやら。
それにしても内宮、外宮、後宮といろいろあるが、どこに努めることになったのかはわからない。
侍女頭はあくまで案内係ということもあるし。さらに上に侍女頭を束ねる人がいるらしいし。
何にしても、あまり関わりたくないなぁ。
え?女なら誰でもいいんじゃないかって?
さすがにこれでも面倒そうなことには首を突っ込まないように気を付けているのでね。
それよりも、あの腰を傷めた子爵令嬢と王太子殿下の組み合わせとは、そちらの方が数倍気になる。
もしもこれで子爵令嬢が万が一にも王太子妃なんてことになったら、もしかしたら僕は陰の功労者なんてことにならないだろうかと、そんなことも夢見てしまうな。
恋愛沙汰は、より無謀な方が見てる方が面白いものだ。ましてや、この国の未来を背負って立つ王太子殿下の秘めたる恋ともなれば。
あれ?秘めてないか。
それに初対面のあの態度では、恋とは言えないかもしれない。
もしかしたらあの子爵令嬢は実は有力貴族と結びついている重要な役割を担った女性だったりして。
そうだ。なにも二人でいるからと言って、色恋沙汰だけとは限らない。
何か権力やもめごとに関する秘密の会合だったりするのかも。
そのうち一大悪事が発覚したりして。


「…とまあ、夢の中の僕は二人のこと知らないからさ、何やら陰謀の匂いぷんぷんするとか言っちゃってるんだけどね。夢が覚めて考えてみれば、あの二人のことだから、やっぱりただの逢引きな気がするよ」
僕は久々に桔梗君と話す機会を得て、今まで覚えてる限りの夢の話を披露してみた。
桔梗君は「アタシ、あまり覚えてないんですよねー。何やら侍女やってるのは覚えてるけど」と言った。
どうやら桔梗君も同じような異世界に夢の中では過ごしているらしいのだが、疲れもあってかはっきりと覚えてないんだという。
僕も桔梗君らしき人にはまだ会ってないし。
「まあ、その方がいいのかもね。異世界で過ごしてる夢見ると、倍の人生生きてる気がして、なんだか疲れるんだよ」
「それが異世界症候群の本当にやばいところなのかもしれないですね」
そう言った桔梗君の向こう側にピンク髪がちらちらしている。
「なんか用があるんじゃないのかな」
目で桔梗君に示すと、桔梗君は振り返った。
「何か御用でしたか」
そう言って話を聞きに行く桔梗君。
あのピンク髪、髪型だけは誰かを思い出すんだよな。誰だっけ。
あまりにも髪色に目が行き過ぎて思いつかない。
こちらをうかがうようにしてピンク髪…いや、患者の五輪さんが話をしている。
夢の中でも出てきた気がするけど名前出てないしね。はっきりしないんだ。
そこがなんだかちょっと気になって、患者さんだというのにあまり関わりたくないなとか思っている。
まあ僕の担当じゃないし。
用が終わって桔梗君が首を傾げた。
「今日は王子様はいないのかと」
「王子?」
「担当の入江先生ですよ。まあ確かに王子様みたいな人ですけど」
「夢の中じゃ王子だしね」
「先生の夢の中なのにね。主役じゃないなんて…プッ」
「いいんだよ、どうせ夢の中だし」
「それはそうと、あの髪型見てると琴子を思い出すわ〜」
「ああ!そうか、琴子ちゃんか。あのチョココロネみたいな」
「…まあ、そんなもんですけど。それにどうやら琴子と同級生みたいで」
「君らと一緒…あ、留年…じゃなかった、転科したんだっけ」
「だからアタシたちより琴子のほうが三つは上なのよね」
「へー。琴子ちゃんがいなくて残念だね」
「うーん。なんか、琴子のことをまるで友人であるかのように話はするんですけど、文学部での友人って、アタシ二人しか知らなくて。むしろ琴子がいなくてよかったというか」
「琴子ちゃんが育休でいないって、もしかして知らない?」
「わざと詳しくは言ってないんですよね。プライベートなことですし」
「そうか。ちょっと僕も注意しておくよ」
「お願いします。入江先生には、すでに注意がいってるので、琴子の関係者はそれについて話さないことになってるので」
桔梗君はちょっとだけ憂い顔でそう言ったのだった。
なんとなく僕もちょっとだけ気になってまだ廊下にいる五輪さんを見た。
目が合った彼女は、こちらを見てまたにいっと笑ったのだった。

(2021/11/11)

To be continued.