イタkiss祭り2021拍手企画



ドクターNと夢の世界7


医療所に出勤した後、用事があって宰相のいる内宮へ行くことにした。
中庭へと通じる廊下に出ると、王宮内を案内されているあのピンク髪令嬢に会った。
向こうは怖い侍女頭に先導されて歩いているので、怖い侍女頭に軽く頭を下げるだけにした。
怖い侍女頭も軽く頭を下げると、行きますよとばかりにピンク髪令嬢を促していく。
色々な髪色はあるが、あのピンク髪はなかなか見ない。医師としては少しだけ興味深いかな。
怖い侍女頭も、同じく侍女頭をしている僕の婚約者殿と比べると少々歳も上だし、さらに先輩なのだろう。
促して歩いていくはずの侍女たちが、廊下の中程で立ち止まっている。
邪魔にならないようにさっさと歩くのが常なので、何か珍しいことでもあるのかと視線の方向を見ると、先程見かけた王太子殿下とあの子爵令嬢が王族専用中庭から出てくるところだった。
このままこちらへ来るならば脇へ避けるべきかどうか考えていたわけだ。
連れているのが新人であることを考えると、礼儀作法も兼ねて脇へ避けることにしたようだった。
僕もそれに倣って邪魔にならないように避けることにした。
出口付近では護衛と侍女が二人が出てくるのを待ち構えていた。ということは中庭では二人きりだったということだ。
秘密の逢瀬にしては周囲の人間多すぎじゃないか?
休憩室で意気投合、とか?
いや、それにしては荷物のように腰が痛いとかいう令嬢を放っていったよな。
本当に…どんな関係?
皆が見ている中で令嬢がお約束のようにつまづいた。
そう言えば前に見たときもつまづいていたよね。
前は派手に転んだが、今回は王太子殿下も予測していたのか、さっと振り向いて令嬢を受け止めた。
嫌味なくらいに当然のようだった。つまづくのわかっていたのかと思うくらいに。
皆して「あ」と声が出て、次の瞬間安堵のため息をついたものだから、中庭が見える廊下に向かって王太子殿下がひと睨みした。怖いよ、殿下。
見るな、という意味なのか、口外するなという意味なのか定かではないが、これはもうどう考えたって噂の的だろう。
令嬢はあまりにも見ていた人間が多いことにようやく気付き、青ざめてお礼を言うのが精一杯の様子だ。王太子殿下にときめく余裕もないくらいに。
気の毒だけど、これは王宮内が荒れること間違いなし。
特に侯爵家とか伯爵家とか。
まあ、どちらを選ぶのも大変だからこその子爵令嬢なのかもしれないが、身分からいくとちょっときついよね。
それこそずっと前から王太子殿下の想い人でしたとかなんとか情熱的な理由でもない限り。
…え、まさかとは思うけど、そっち?
ずっと婚約者選ばなかったのって、そういう理由?
うわー、意外だなー(いや、まだ決まってないが)。


うーん、今日の夢はいまいちだなー。
僕は夢に文句をつけた。
そもそもまだ出勤して間もないのに、あの二人のイチャイチャしか見てない。
中庭で逢引きしてようが、そんなのどうでもよくないか?
僕の夢だよ?
僕と麗しの婚約者のあれこれとかさー。
夢の中の婚約者が気になっているが、出てこないのだから仕方がない。
でも実際に知ってる人だったりなんかしたら、ちょっと現実の世界でも気になっちゃうかもなー。
身近な人だったらどうしようか。

そんなことを思いながら病棟で回診をしていると、女性の大部屋であのピンク髪患者に説明をしている後輩の姿があった。
そう言えばどんな病気なんだっけ?
全くカルテを見てないのでわからないが、そのうちカンファレンスにかけてくるだろう。
「行きますよ、先生」
回診車を押しながら、隣で清水主任が声をかけた。
手術後の患者の傷口を見るのが今日の僕の仕事だ。
研修医もついては来るが、まだ消毒させたらイソジンは垂らすし、抜鉤とか抜糸も任せるわけにはいかない。
あの後輩はかわいくはなかったがやはり腕前は誰よりも抜きんでていた。
全く新鮮さもなかったし、一か月もたたないうちにどの医師よりも頼りにされるし、まったく面白くもなかったが、あれこれ結構任せられて楽ではあった。
うーん、琴子ちゃんがいないと癒しにならないなぁ。
「琴子ちゃんって…」
と声に出した途端、魔王のような圧の高い視線が飛んできた。
おっと、そう言えばピンク髪患者がいる間は禁句だった。
「元気かなー」
くっ、仕方がない。ここは琴子ちゃんの安全のためにも誤魔化しておくしかない。
いつくらいに復帰か気にはなるんだけどなぁ。(現在育休中)
ここの大部屋には琴子ちゃんを知る患者は入っていない。
偶然なのか必然なのか。
なんでそんなに警戒するのか不明だけど、まだ魔王に殺されたくないもんね。
隣で介助してくれる清水主任の顔を見て、うん?と思った。
あれ?
ちょっと待てよ。
うん?
何か思い出しかけたけど、それ以上何も思いつかなかったので、鑷子(せっし:大き目の医療用ピンセット)でガーゼを持ったまま早くしろと目で促されて考えるのをやめたのだった。

(2021/11/17)

To be continued.