全部、黒い



中編

調べてみたら、どうも美登里さんの想い人は結婚しているらしかった。
既婚者ということは、このままでは不倫になってしまいますわね。
それでも、まだ学生なのに結婚してるというのはどういうわけでしょう。
群がる女の方が多すぎて困ったからとか?
そうすると、美登里さんもその一人ということになってしまう。
斗南大学が優秀かというと、そこまで話題になるような大学でもなく。
それでもその大学では常にトップクラスの頭脳という話。
もちろん斗南よりもずっとレベルの落ちる私たちの学校と比べたら、そんなことは些細なこと。それよりも全国でも模試成績がトップだったのに斗南に進学した意味がわかりませんわ。
斗南もお嬢様お坊ちゃまが多い学校だから、ストレートに進学する人は多いけれど。
既婚者とわかったのなら、きっと美登里さんも諦めになることでしょう。
ただ一つ心配なのは、美登里さんは昔から少し夢を見がちなところ。まさかあの方が離婚して美登里さんと縁を結ぶ、などと考えてはいないかと。
王子様だなんて、現実の世界には王族しか存在しませんのよ?
だいたい既婚者であればそれはもうきっと奥さんになった方と…。
ああ、いけない。
最近ちょっとその手の本を読みすぎましたわ。
美登里さんはきっと私のこんな趣味をご存知ないわよね。王子様を羨望するくらいですもの。
王子様…王子様、ねぇ。
本の中では王子様と言うのは尊大で横暴で、無理やり手籠めにしてしまうのがパターンですわ。
でも現実では手籠めにしようとするのはたいてい根がスケベなおじ様たちですわね。ちょっとしたパーティでも、お食事会でも好色な目を向けてくるおじ様たちの多いことと言ったら。おまけにお金でどうにかなると思ってるところとか、より若い女を好むところとか、うんざりですわ。
そんなことはさておき、どうやったら目を覚まさせることができますでしょうか。
それとも、このままの方が美登里さんは幸せでいられる…?

 * * *

いつものように斗南に寄ってみましたら、同じように人待ち顔の女の方が…。
帽子で顔を隠し、サングラスをしているのに、なかなかに目立つワンピースで。
あれはさり気なく某ブランドのもの。ええ、もちろんあの派手なタイトなワンピースがその辺に売っているとなったら、それはそれでものすごいセンスの持ち主であると言わざるを得ないんですけれども。
ふと目が合うと、その方は私の方につかつかと近寄り、突然「あなた、入江直樹を待ってらっしゃるの?」と尋ねてまいりました。
「…ええ」
ちょっと警戒するところですが、待っているのは本当なので素直にそう答えました。この方がたとえあの方のボディガードだとしても、女性ならばいきなり乱暴されることはなさそうですし。それとも、もしやこの方もあの方を待っているとか?
「あら、まあ、やっぱりそうなの」
その女性はふうんと私を眺めた後、「入江直樹が結婚していると知っているのよね?」と重ねて尋ねた。
あの方を呼び捨てにするのが少々気になりましたが、この質問にも「ええ、存じております」と答えた。さらなる詳しい調査はまだ報告が上がってこないので、それ以上のことを知らないのですけれど。
「横恋慕はいけないわね」
「よこれんぼ?…とおっしゃると」
ええっと、よこれんぼとはいったいどういう意味でしょう。
私が意味がわからなくて首をかしげると女性は驚いたようにサングラスを取った。
「あら、まあ。…こ、こほん、そうね、固く結ばれた二人の間に強引に入り込むようなことをしてはいけないわね」
「真に固く結ばれているのなら、私の告白にもゆるぎなくお断りされるはずです。もしそれでご夫婦の関係が悪くなったとして、それまでの関係だったということでしょう」
「まあ、筋は通っているわね。どちらにしてもあの男は琴子ちゃんしか無理なはずだから、それに関しては心配ないとして」
「ああ、奥さんとおっしゃる方のお話ですね」
「ええ。正真正銘直樹の奥さんですわ」
「失礼ですが、そう言うあなたはどなたでしょうか」
「ふふふ、通りすがりの者よ」
そう言って派手な女の方は歩き去っていったのでした。
随分と無理があるように思いますけれども。
仕方がありませんわ。この方のことも調査の一つですわね。

 * * *

「ちょっと見た?」
理美が喜々としてじんこに言う。
「見た、見た」
じんこも同じように興奮して言う。
「やるわね、入江のおばさん」
「怖い対決〜」
理美とじんこは二人で顔を見合わせうなずいた。
「でも相変わらずの変装ね」
「あれで目立たない方がおかしいけど」
「あれが入江くんのお母さんだなんて誰が思うかしら」
「いいや、あのお嬢様なら、『早速調査ですわ』とか言ってそう」
じんこの言葉に理美が噴き出した。
「あり得る〜」
「調査してる割には、入江のおばさん知らないんて頭悪い?」
「…まあ、あたしたちが言えることじゃないけどね」
二人してF組からようやく脱却したとはいえ、斗南大の中では微妙な立ち位置だ。
「でも入江のおばさんが出てきたってことは…」
理美は遠い目をして言った。
二人はため息をついた。
「あのお嬢様の先はないわね」
いや、もともとないんだけど、と二人は声に出さずに心の中で突っ込んだ。

 * * *

今度会ったら、絶対負けないんだから!と隣で鼻息も荒く嫁が言う。
朝から好戦的なこと甚だしい。
何に勝つ気でいるのかさっぱりだが、こういうことにはあえて突っ込まない方がいいだろう。
「入江くん、今度あのお嬢様が出てきたら、絶対しゃべっちゃダメ」
「どのお嬢様だよ」
「どの…って、この間しゃべったでしょ」
お嬢様ってそもそもどの基準でお嬢様なんだ。
「…ああ、いきなりお慕いとかなんとか言ってたやつか」
「覚えてるんじゃない!」
「聞こえたセリフは憶えてるが、顔は憶えてないな。おまえが割って入ったから」
琴子は途端に顔を赤くして、「と、とにかく!」と遮った。
「入江くんの奥さんはあたし。お慕いだか何だか知らないけど、そんなお嬢様に今さら入江くんを渡さないわよ」
お慕いの意味をちゃんとわかっているのかどうかすら怪しいが、琴子は大学へ行く準備をして意気揚々と家を出た。
同じ電車に乗るために俺も行くかと玄関で準備をしていると、その背中に忍び寄る影が。
「あのお嬢様、澤野井製薬のところのお嬢さんだったわ」
「…それが?」
「思い込みが激しいから、琴子ちゃんも大変だと思うのよね」
「それで?」
「しかも一度パパの会社のパーティでご挨拶されたことがあったの。あの禿げ爺、優秀な御子息と一度うちの娘でお食事などいかがですかっていう誘いもあったわ。あいにくその時は北英社の例の話があったところだから、即退散していたけれどね」
親父も十分禿げているのだが、そこは全く気にしていないらしい。
「確かその時はお嬢さんもいなくて、面倒なことにはならなかったのよね」
「…面倒ねぇ」
確かに面倒事ならすでに起きている。
「いい?あのお嬢さんには油断しちゃダメよ。あなたには琴子ちゃんがいるんですからね」
そんなふうに言われて家を出ると、なんと電車で例の女に会ったのだった。

 * * *

げっ。
朝からついてない。
結構込み合っている電車に乗り込むと、目の前には脂ぎった男の人が。なんか鼻息も荒くてイヤー!
痴漢だったらどうしよう。
あ、でも今日は入江くんもいるし。
ね、入江くん。
…と振り向いたら、そこに入江くんはいなくて。
なんでいないのよ――――!
どうやら乗り込んだ時に押されて入江くんの近くを死守したと思ったのに、思ったより流されてしまったみたい。
電車の入口から少し押されたところだったので、あたしは身動きも取れずにもがいていた。
入江くんは背が高いから頭は見えるんだけど、そこにたどり着くにはかなり人をかき分けないといけない。
あたしが背伸びをしながら入江くんの方を見てるのに、入江くんは全く我関せずで余裕で吊革につかまって本まで読んでる。
こっち、こっち向いて、入江くん!
やっとのことで入江くんの顔が見える位置にずれることができた。
次の駅までの辛抱と思いながら電車で揺られていると、入江くんが何かに気づいて本から目をそらした。
一瞬だけど眉をひそめた後、再び本に目を向ける。
いったい何が?と思ったら、その下に、なんとあのお嬢様がいた。
あたし、お嬢様にはちょっとしたトラウマがあり、何だかいまだ負けそうな気がしてしまうのだ。
それが今、入江くんにぴったり寄り添っているのだ。
なんてこと!
あたしは電車の中で大声を出すこともできず、ううっとうなりながら足踏みをする。
そばに行って排除したいのにできないもどかしさ。
ああ、くっつかないで!
入江くん、こっち、こっちよ、こっちに来て!
相変わらず入江くんはこちらをチラリとも見ないで本に目を向けている。
ちょっと電車が揺れたせいで、身体が振られる。
「ああ!」
車内のあちこちでキャッとか言う声も出る中、あたしは思わず声を出してしまった。
隣のサラリーマン風の男の人がいかにも何だこいつという顔をしているけど、そんなことに構う余裕はない。
だって、だって、あのお嬢様が入江くんに…!
「ど、ど、い、て〜」
あたしは人に挟まれたまま、じたばたともがく。
周りが迷惑そうな顔をしているけど、そんなことすらどうでもいい。
そんなあたしに入江くんは気づかない。
お嬢様が入江くんにさりげなくもたれかかったところで、あたしは思わず声を上げた。
「だ、だめー!」

 * * *

あれから、いろいろいろいろ調べてみた結果、斗南大学の門で会った方は王子様のお母様と判明したのです。なんてこと。
偶然?それとも何かご用事が?
私の母でさえ偶然大学の門前になど訪問しないことを考えると、何か重要な用事があったのかもしれないと私は納得することにして、もしもあの方と結婚するとなると、あのお母様が姑になるのですわ。
もちろん最初は二人だけの生活で十分ですし、その頃には私も打ち解けて何とかなるでしょう。
今現在の妻という方は、かりそめであってもおかしくはありませんわね。
何より大企業の御子息で、あちこちの御令嬢に手を出すわけにもいかないでしょうから、若き情熱を傾ける誰かが必要ということになりますから。その代わり、きっちり避妊してくだされば問題ないでしょう。
葵さんなどは他の方に手を出す人などと言いそうですわね。でも、お相手が何も知らないのもそれはどうかと。私の方が初心者なわけですし。
ですから、今の方は私に対する練習台、と思えばたいしたことではございませんわ。
優秀な跡取りという条件には、やはり子どもを作る能力も大事なことでしょうから…。あら、私としたことが。
私も卒業まであと二年ほど。年齢的には結婚もできても、さすがに高校在学中は婚約だけにとどめる方がほとんどですし、その間はせいぜい現在の方に頑張っていただいて…。
そう言えばもう一つ調査報告をいただいたんでしたわ。
あの北英社の会長の孫娘の方とお見合いして破談したのだとか。
でもその後に北英社と提携を結んでいることを考えると、結婚云々は口実で、パンダイ社と提携を結ぶのが重要だったとみるべきでしょう。さすが私の王子様。
さすがに結婚相手に取引先のお嬢様を選んでしまっては、その後離婚するのも大変になりますしね。
今は医学部で医師免許を取るのに集中していただいて、後々はその医学知識をもってして、私の父や祖父が築き上げた澤野井製薬を継いでいただけたらと思うのです。
ああ、その日が待ち遠しいですわ。
そんなことを思いながら乗り込んだ電車で、なんと王子様に会ってしまいましたわ。
朝からこんなに幸運なことで、この偶然。きっと私たちは運命の赤い糸で結ばれてるからなのでしょうね。
しかも今日はあの方もいらっしゃらないし。
学校まで、いえ、あの方の大学がある駅までのわずか一駅、つかの間のデート気分ですわ。
隣で揺られているあの方は、思った通り背が高くてお顔はよく見えませんけれど、もしかして私の盾になってくれているのでしょうか。
憧れのシチュエーションですわね。
あ、ほら、こちらを見てくださったわ。
電車に揺られているうちにぎゅっと押されてあの方にもたれかかってしまった。
これは電車のせい。そうよ、私自らもたれたのではないわ。
ああ、なんだか男の人の匂い。
電車というのはとても狭くて息苦しくて、初めて乗った時は、素直に送り迎えしてくれるという申し出を断るのじゃなかったと思いましたわ。
それでも、その電車でこうして王子様に会うきっかけとなり、しかもこうして偶然にも密着してしまうような機会を得たというのは、本当に素晴らしいものですわね。
ああ、このまま永遠に駅に着かなければいいのに。
そのとき、向こうの方から「だめー!」という叫び声が聞こえたのですが、こんな車内でいったい誰でしょう。
もしかしたら痴漢にでもあったのでしょうか。気の毒に。
王子様のような方と一緒にいれば、痴漢なんて遭わなかったでしょうに。
そうして見上げると、王子様は声のした方を見て笑っていたのです。
痴漢に遭った女の子が面白かった?まさかね。
今までと違う、何か新しい表情を見たようで、私、とてもドキドキしてしまいました。
と思っているうちに短くも素敵な時間が終わりを告げる音が。
そう、王子様が下りてしまわれるのです。
駅では同じように降りる小学生から大学生、会社員らしき方々が次々と下りていかれるのです。
王子様の通われているあの斗南学園のある駅だから。
何故私はそこにしなかったのでしょう。
その先にある女子高に通う私のような女子学生が何人か残り、皆がやれやれという顔をして、少し空いた車内にいるのです。
窓の外、王子様はすでに見えないと思ったその時、見てしまったのです。
…王子様が、髪の長い女の方に素早く口づけをするところを。それこそ素早すぎて、いったい何人が目撃したかと思われるくらい。
それと同時にその光景を見てしまったことに顔が熱くなるのを抑えきれなかったのです。
電車が動く頃、ホームはすでに空いてきて、王子様がこちらに視線を向けたその顔は、あまりにもかっこよくて、ああ、私、他の人に口づけた顔にドキドキしてしまうなんてと思いながら。

 * * *

「で、なんであたしたち呼ばれたんだっけ」
じんこが周りを見渡して言う。
「ね、見て見て、ほら、あそこに俳優のほら!」
理美が興奮してじんこの服を引っ張る。
何しろかなりの規模のパーティで、そうそうたるメンバーが来ているらしい。
来ている芸能人とやらも、パンダイのCMに出ているので呼ばれているらしい。
「持つべきものはコネのある友人よね〜」
理美が何かサインするものはないかときょろきょろして言った。
「だって、入江くんの所のおばさまがぜひいらっしゃいって。何のパーティだか知らないけど、美味しいもの食べて楽しんでって言ってたから、いいんじゃない」
「ところで、琴子と入江くんは?」
じんこが同じようにきょろきょろしてみるが、二人の姿が見当たらない。と言うより、人が多すぎてわからない。
「さあ?入江くんは絶対不機嫌そうよね」
理美は手渡されたジュースを片手に料理を眺めている。
隣から、じんこが慌てたように理美を肘を突いてくる。あまりにも勢いが良すぎて、手に持ったグラスのジュースが揺れる。
「ちょっと、何よ。こぼれちゃう」
それでも言葉を発することなく、ひたすら「ほら、ほら、あれ」と繰り返すじんこの言葉に、ようやく理美が振り返ってじんこがあれと言った方向を見てみると。
ぶっ、と理美が噴き出す。内心、よかった、ジュース口に含んでなくて、と安堵する。
「あれって、例のあれよね」
「そうね、あれね」
じんこのあれ呼ばわりにも訂正することなくあれで返す理美。何しろどこで誰が聞いているかもしれないので、うかつなことは言えない。
二人して、肝心要の二人がどこにいるかと今度は心配して辺りを見渡す羽目になった。

 * * *

休みの日に、朝早くからたたき起こされた。
一応ノックするくらいの気づかいはあったが、これがもしも昨夜に琴子と二人して素っ裸で寝入っていたらどうなっていたことか。
幸い昨日は俺の方が疲れからか先に眠ってしまったらしく、何もせずに寝てしまっていた。
昨日は遅くまで実験に携わっていたのもあって、今日は行かなくても何とかなる。だからこそのゆっくりとした休みで、やりようによっては琴子を抱きしめたままもう一度寝ようと思っていたくらいだ。
琴子はまだベッドの上で寝ていて、先に目覚めた俺がドアを開ける。
「あら、意外に早いわね」
起こしたのはそっちだろと言いたかったが、暗に服を着ていないんじゃないかという下種な勘繰りのせいだったのに気づき、ぐっと文句を堪える。ここで何か言い返したらおふくろの思うつぼだ。
「悪いわね、お兄ちゃん」
そう言うが早いか、なぜか両側からがしっと腕をつかまれる。
「何だよっ」
文句も睨みつけもお構いなし。
「失礼いたします」
言葉だけは丁寧な体格のいい二人の男に拉致同然だ。
「おとなしくしてくれるなら、もちろんつかんだりはしないわよ。琴子ちゃんのためにここは一つ一肌脱いでちょうだい。あ、文字通り脱いでもらう羽目になるとは思うけど、大丈夫よ」
琴子の名前を出され、いったい何なんだとおふくろを見ると、「あなたの嫌いなパーティなの。逃げ出されたりしたら困るから、素直に従ってちょうだい」とにんまりと笑った。
言いたくないが、そういう悪だくみの顔をすると、俺がおふくろの息子なのだと実感する。多分俺が琴子にちょっとした企みをしようとするときの顔にそっくりだと言わざるを得ない。
「で?」
「今から準備よ。あなたの大事な琴子ちゃんを守るためですからね」
もしやあの件か、と思い当たる。
「とりあえず着替えさせてくれ」
「そのままでいいわ。どうせ着替えるのは一緒だから、向こうに着いてから着替えてちょうだい。放っておくと逃げ出しかねないから」
両脇は、パンダイ社員かと思いきや、警備会社の人間、らしい。
何なんだ、いったい、と文句をつける暇もないくらいにさっさとおふくろの指示で車に乗せられ、いざパーティのための準備とやらに駆り出されたのだった。

 * * *

「あ、もういない」
目が覚めると、入江くんはもう起きているようで、隣で寝ていた跡はもうなかった。
大学に行く電車の中でのことを責めると、入江くんは素知らぬ顔で人前なのにキッスまでしてきて有耶無耶になり(しかもあたしの百面相がおかしかったとひとしきり笑って意地悪な顔をした)、帰りは実験があるからとなかなか帰ってこず、やっと帰ってきたと思ったら、あたしに濃厚なキッスをしただけで寝入ってしまったの。
いや、その、キッスだけで不満だったとかそういうわけじゃ。
だ、だって、その、いつもはそのままなし崩しに…。
え、ええっと、その、こほん。
とにかく、入江くんは途中編入だからまだまだやることが多くて大変らしいというのはよくわかった。
今日は大学も休みで、ゆっくりしていてもいいのだけど、入江くんはどこかに出かけたのか気になって、下に降りていった。
「おはよう、裕樹くん」
ダイニングには裕樹くんしかいなくて、裕樹くんは「お兄ちゃんは?」と聞く。
「もういなかったよ」
「ママもいないんだよな」
「お義母さんも?お義父さんは?」
「さあ、まだ寝てるんじゃないかな。今日はパーティがあるって言ってたから」
「ああ、じゃあお義母さんも準備かしらね」
仕方がないので自分でコーヒーを入れて、トーストをトースターに入れる。
「夜がパーティなら、夕食どうするのかな」
お義母さんが出かけてしまうのは、なかなかのイベントよね。
「食べに行けばいいんじゃないかな」
「あたしが作ろっか?」
げっ、と裕樹くんが心底嫌そうな顔をしたので「何よー、失礼ね。あたしだってオムライスくらいできるわよ」と返す。
「あの卵の殻入りぐちゃぐちゃのチキンライス焦げまくりの?」
見た目はともかく、それなりに食べられるわよ、それなりに。
ちょっと失敗することもあるけど、何度か作ったことあるもの。
「それはまた後で考えよう」
「それもそうね。お義母さんも何か考えてるかもしれないし」
あからさまにほっとするのがわかり、こいつ〜とちょっとにらむと、「じゃ、じゃあ、ぼく勉強してこよっと」と逃げ出したのだった。

(2018/11/24)

To be continued.




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