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僕と桔梗君はとある家にやってきた。
いや、ぶっちゃけ志乃さんちなんだけどね。
「なんであたしが休みの日に」
待ち合わせた桔梗君はぶつぶつ言っていたけど、その恰好、どうにかならないかな。
黒に黒。
いや、似合ってるよ。似合ってるけど、まるで死神かなんかのようだよ。
これから行くのは老人たちの集まる家だからさ、どうかなとも思うんだ。
「何かご不満でも?」
「ありません」
すかさずそう答える。
誘ったのは僕だし。
ここで逃げられたら僕一人で老人たちの集まる中過ごさなけりゃならないじゃないか。
「で、琴子の担当の水木さんが志乃さんちに現れたって言いましたよね」
「志乃さんとの電話中に志乃さんちに訪れた気配が」
「で、どうなったんです?」
「それを聞く前に電話が切れちゃったんだよ」
「…役立たず」
「え?何か言った?」
桔梗君は僕の言葉を全く無視して、躊躇せずに志乃さんちの呼び鈴を押した。
さてさて、志乃さんちの和室に、じじばば勢揃い。
加えて何でここにいるのか桔梗君と僕。
「それで私たちは電話詐欺撲滅隊を結成することにしたんですよ」
電話詐欺がどうやって老人をだますのか、その手口らしきものを書いた紙を渡され、まずは手始めに相談に来た水木さんを救おうとなったらしい。
もっとも、水木さん自身は騙されてない、とかたくなに言い張ってたらしいんだけど。
じゃあなんで志乃さんちに相談に来たんだか。
水木さん、皆にあれこれ言われてちょっと意地を張ってしまったらしい。
警察に電話してみたものの、まだ被害がないので、それ以上電話の言葉に耳を貸さないでください、と言われて役に立たないとこのご老人方はお怒りなわけだ。
「あら、警察も役立たずねぇ」
どっかできいたセリフだな。
「警察の方もあれこれあってお忙しいんですよ。まだ詐欺にあってないならこれ幸いと思わないと、と警察の方もおっしゃっていたでしょ」
志乃さんはそう言ってみるが、何かあってからじゃ遅いんだと皆は口々に言う。
まあ、そうだよねぇ。
「で、水木さんは?」
「ご自宅に戻られて」
「まさか詐欺電話の通りにお金払ってないよね」
「それはやめるように言いましたが」
「…が?」
「お金を払うのは水木さんなので力づくで止めるのも」
そりゃそうだけど。
じゃあ、何のための結成隊なのさ。
「えーと、アタシ、ここにいる意味あります?」
桔梗君がこっそりつぶやく。
「あるよ、大あり」
僕の心のよりどころだからね。
「水木さんちに行ってみる?」
「ご近所なんですか?」
桔梗君の言葉に首をかしげる。
「そんなことは知らない」
「…ほんと役立たず」
さすがに聞こえたぞ。ずっと僕のことそう思っていたんだな!僕は役立たずなんかじゃないぞ!
「志乃さん、水木さんの家は?」
「一緒に行きますか?」
「ぜひとも」
勢い込んでうなずくと、隣では少々嫌そうな桔梗君がアタシも?と僕をにらみつけていた。
「水木さ〜ん」
志乃さんと嫌そうながら渋々付いて来た桔梗君とともに水木さんの家に来た。
玄関先で声をかけると家の中ではバタバタとした音がする。
「何ですかっ」
水木さんは相変わらず落ち着きのない様子で顔を出した。
「先生?何でこんなところに?ああ!もしかしてお金を貸してくれるとか?」
まだ言ってるよ。
「貸さないって。それより、本当にお金払ってないだろうね」
「払いたくても払えませんよ」
「払っちゃだめだからね」
「なんで先生がそんなことを」
「詐欺だろう。間違いなく詐欺だよ。そんな急に金払えなんて電話、ありえないから!」
「でも、息子が困ってるんですよ」
「それ本当に息子?確かめた?」
「だから息子から電話があったんですよ」
「それが本当に息子かどうか確かめたかって聞いてるんだけど」
「わかりませんよ。息子の電話もわからないんですから」
「えー、それってかなりやばいですよね」
桔梗君が顔をしかめる。
「水木さん、息子さん、どうしてるの?今まで連絡なかったわけ?」
水木さんは何も答えずシーンと静まる。
なんか、ツッコんじゃいけない領域に入ってきたよ。
僕も帰りたいなー。
「息子は…」
「息子は?」
借金作って逃げたとか、音信不通だとか、悪い女に騙されたとか。
「多分日本にいないかと」
「海外逃亡か!」
途端に桔梗君にべしっと叩かれた。
いや、一応僕年上だけども。
「何言ってるんですか。患者さんの家族背景見てませんね」
「だって僕の患者じゃないじゃん」
当然すぎる答えを言うと、桔梗君はハッとした。
「…そうでしたね。失礼いたしました」
ちゃんと謝るところは桔梗くんらしい。
「アタシが言うのも何ですが、水木さんの息子さんは確か客船の乗務員か何かでしたよね」
「そうだ」
「なあんだ。そうならそうと言ってくれれば。なら解決。海外にいて連絡取れないだけで、息子さんがSOSを発する機会はない、ということで」
「どうしてそうと言い切れるんですか!」
水木さんが僕の肩をつかんで揺さぶる。
「どーおーしーてーとーいーわーれーてーも〜〜〜」
「水木さん、落ち着いて」
桔梗君がとりなしてくれて、何とか水木さんの揺さぶりから逃れ、僕は息をついた。
志乃さんはじっと黙って考えていたが、「ではこうしましょう」とにっこり笑った。
「どの船に乗っているかわからなければ調べればわかりますでしょ。このまま振り込みせずにいたら、また電話もかかってくるかもしれませんから、その時に先生に電話に出てもらうというのはどうでしょうか。それこそたかが何十万単位のお金ならすぐに振り込まなくてもそれくらい持っているでしょう。
ただね、息子さんが海の上なら振り込みできないというのはわからないでもないです」
「そうなんですよ、さすが石野さん」
「あの、志乃さん、その電話がかかってくるまで僕はどうすれば」
もう帰りたいんだけど。
桔梗君は目線だけで、じゃ、あたしはさよならでと訴えかけてくる。
いやいやいや、僕も連れて帰ってよ。
「水木さんちにいますか?」
「冗談でしょ」
「お断りですっ」
僕と水木さんの意見が図らずも一致した。
いや、お断りって、そうなんだけど、それでいいんだけど、なんだかむっとくるのはなんでだろうね。
「とにかく、水木さんは息子さんの居場所を調べて電話してみること!
それから、かかってきた電話で安易に振り込みしないこと!
振り込みなんてちょっと遅れたって死にません!」
僕が力いっぱい叫ぶと、桔梗くんだけがうんうんとうなずいてくれた。
君だけだよ、僕の味方は…!
すがるような目線を向けたら、桔梗君は横を向いてため息をついた。
(2018/09/04)
To be continued.