ドクターNと謎のプリン




ひとこと言っておくけどね、僕は世話係でも何でもないんだよ。
…あれ、このセリフどっかで聞いたな。
そんなふうにはねつけるには、僕の心は鬼ではなかったんだ。
つい引き受けてしまうというのかな。
そうだよ、お人よしと言えば聞こえはいいけど、ただの便利屋なんてことすら言われるよ!いいよ、わかってるよ、いいんだよ、それでも。

「で、志乃さん。結局オレオレ詐欺だかなんだかはちゃんと解決した?」
志乃さんは電話の向こうでおほほと上品に笑った。
元は結構貞淑な人だったんだよ、そう言えば。旦那さん亡くなってから少しはっちゃけてはいるけど。
「あれ以来電話かかってこないの?そりゃやっぱり詐欺だったんだよ」
志乃さんは『そうねぇ』と電話の向こうでうなずいているようだ。
「最近物騒だから、志乃さんも気を付けないと」
僕はそう言いながら勝手に外出してしまった水木さんを思い出していた。
あの人も変なのに引っかかっていないといいけどな。
「なんで最近急にそういうのが活発になったかな」
前からあったようだけど、高齢者同士の活動が活発ではなかったのもあるし、詐欺に引っかかると恥ずかしいという思いがあったり、携帯とかスマホを持つようになったのも最近だしね。
そんなことを志乃さんと話した。
「は?」
志乃さんの次の言葉に僕は耳を疑った。
「えーと、水木さんって、志乃さんの家の近くなんだ」
『斗南病院に入院してらして、琴子さんが担当だったとお聞きして』
「いや、まあ、そうなんだけど」
世間は狭いな。
「ということは、水木さんちにかかってきた電話も詐欺だろ」
『あら、ご存知で』
「その電話に大慌てで勝手に外泊にしちゃったんだよ」
『あらまあ』
「そのご近所、狙われてんじゃないの」
『ええ、ですから、とうとう皆さんが集まって、電話詐欺撲滅隊を立ち上げたんですの』
「…はあ」
僕は気のない返事をした。
いや、何をどうやって撲滅するのかは詳しく聞きたくないな。
そういう電話がかかって来たら、まず警察でしょ、そうでしょ、そうだよね?
『そういうわけですので、先生もよろしければ明日、お越しくださいます?』
そういうわけってどういうわけだよ。
何で僕が行かなきゃいけないのかな。
しかも明日って、僕のスケジュールなめてるよね。
僕だってあれこれ用事があるし、緊急呼び出しだってあるかもしれないしね。
「志乃さん悪いけど」
『あら、水木さん?』
「え?水木さん?」
『では先生、明日十時にお待ちしておりますわ』
「え?ここで切っちゃうの?もしもし?おーい、志乃さん!」
僕の声もむなしく、志乃さんはさっさと電話を切ったらしい。
しかし、水木さんが現れたってこと?志乃さんちに?
どうしてそう気になるところで切っちゃうのさ。次回をお楽しみに!なマンガじゃないんだからさ。
ほんとにもう、行くしかないじゃないか。
そうだよね、気になるよね?
仕方がないな、明日のスケジュール調整して…。
僕は自分のスケジュールを確認するために手帳を開いた。
今どきはスマホで管理だって?いいんだよ、どうせスマホなんて仕事中にいじれないんだからさ。レトロな手帳が一番。
明日は…っと。
………うん、空いてるね。
ちょうど!ちょうど空いてるよ、ははは、何ていいタイミングなんだ。
仕事も休み、当直もなし。
ヒロミちゃんとのデートもキャンセルになったっけな…。
あ、いやいや、他の日はスケジュールがいっぱいなんだけどね。
久々にちょっとゆっくりと家の片づけでもしようかと思っていただけだから、まあいいか。
え?本当だよ。別にさみしくなんかないさ。
掃除や片付けなんてものは掃除サービスに頼んだっていいんだからさ。
ほら、今日も入っていたチラシにあったし。
家政婦紹介所から掃除のために優秀な方を派遣いたします、ってあるしさ。
…入江家政婦紹介所って、偶然かな。
名前がすこぶる気に入らないけど。
…嫌な予感がするよ。
ここはやめた方がいいな、うん。
入江なんて名前は金輪際僕は信用しないね。(作者注:全国の入江さんすみません)
そ、そりゃあいつの手術の腕は信用せざるを得ないけどもさ。
そう、あいつの腕と知識を信用しているのであって、あいつの人間性を信じているわけではない。
え?言い訳くさいって?
じゃあ聞くけどもさ、あいつの人間性のどこをどう見たら信用できるって言うのさ。
絶対あいつの頭の中の人間の分類は、琴子ちゃん、家族、患者、その他(もしくは百歩譲って知人の分類があるかも)のような気がするよ。
きっとこれでも昔よりは進歩したんだろうよ。
昔のあいつならきっと、家族、その他、しか分類ないよな。
琴子ちゃんは偉大だよ。
きっとそのカテゴリーの中に初めて分類を仕分けさせた一人だと思うな。
まさに類人猿が二本足で立った!くらいの衝撃に違いない。
ともかく、明日はせっかくだから志乃さんのお誘いに乗るとして、一人では行きたくないなとか思ってしまう。
でもまさか人類初…じゃなかったあの魔王史上初の名前のある人間認識をした琴子ちゃんは安定期に入ったとはいえ妊婦。しかも休日なんかに呼び出したら、それこそその魔王そのものの怒りに触れそうだしな。週明けはあいつを助手にして手術だし。
ここは一つ困った時の桔梗君かな。

『あの、先生?アタシ、これでも結構忙しいんですけども』
「うんうん、わかってるよ」
『せっかくの日曜休日なのに、なんでアタシが先生のお供をしなくちゃいけないんでしょうかね』
「だーかーらー、志乃さんから呼び出しくらったんだってば。しかも志乃さんだけじゃなくて、じじばば連合会に」
『何ですか、そのじじばば連合会って』
「詐欺に対抗するための…なんて言ったかなぁ」
『なんだか勇ましいですね』
「だからね、桔梗君もおいでよ」
『ふう、わかりました』
「あ、来てくれる?」
『SOHの財布で』
「へ?」
『あれ前から欲しかったんですよねー。ちょうどお手頃価格になってますし、アタシ、誕生日も近いですし』
つまり、それを買えと。
「う、うん、そうだね、誕生日、近いもんね」
『えー、いいんですかぁ。ありがたくいただきます〜』
「桔梗君、星座って、まさか」
『さそり座の女ですよ』
いや、君、男だよね。
しかもあいつと一緒の星座かよ。
『先生詳しいんですね』
「いや、そういう話題も女の子と会話するには重要なポイントなんだよって話で。
ま、いいや。それじゃ、明日10時に」

というわけで、僕は桔梗君と貴重な日曜日に志乃さんちに行って、何ちゃら団の会合に参加することになったのだった。

(2018/地獄の一夜を過ごし、仮眠から覚めた僕は、のろのろと医局へ向かう。
着替える暇もなかったから、ちょっとよれてるか。
今日は早帰りしようか。
それとも今日はたいした用事はないから、朝のミーティングが終わったら一度マンションに帰ろうかな。
「あら、先生、なんか今日はお疲れね。しかも服が変わってない。
さてはどこかかわいい女の子としけこんだのかしら」
しけこんだってのも古いよ、先生。
途中で会った内科の女医にそんなことを言われる。
「いや、昨日は居残ってたら次から次に急患が出て…帰れなかったんだ」
「まあ、お気の毒」
全然気の毒そうに聞こえないんだけど。
「ところで、入江先生のところ、生まれた?」
「まだだよ。とは言っても、僕には生まれたことも教えないって言われたけどね」
「まあ、相変わらず仲悪いのね」
「悪くはないよ。一方的に嫌がられてはいるけど」
言っててなんか空しくなってきたな。
「教えないって言っても、どうせ琴子ちゃんが産気づいたら慌てて有休とるだろうけどね」
「なんで教えたくないのかしら」
そこを突っ込む?
「乱れてる僕を汚れなき娘に近づけたくないんだってさ」
言うほど乱れてないよ!
こんなに真面目に仕事してるのにさ。
「えー、娘なのは決まり?」
おい、なんかフォローしろよ。しかもまたもや突っ込むのそこかよ。
もう仕方がないなぁ。
「そりゃエコーでわかってんじゃないの?」
「ふうん。入江先生のことだからさ、狙って女の子作ったのかと」
「そんなわけ…」
あるか…?
いやいやいや、今は男女産み分け方も結構流行らしいし、あの御母堂ともども女の子うるさかったし、一姫二太郎という言葉もあるし。
「あ、じゃあ生まれたら教えてね〜」
陽気にそう言って女医は去っていった。
いや、だから教えないって言われてるって…聞いてないな、あれは。
全く女医というのは人の話を聞かないって言うか…。(作者注:あくまでドクターNの偏見です)
ああ、朝日が眩しいよ。
僕は医局で白衣をとって振り返ると、無言で背後に立っていた後輩に驚いた。
「ちょ、おまっ、こえ―よ。何か言えよ、おはようくらい」
「…おはようございます」
「おはよう。なんか疲れてるね?」
いつもの後輩と比べると、幾分疲れて見える。
しかし、後輩はここで愚痴を言うようなやつではなかった。
「…あなたほどではありませんよ」
「だってさー、昨日なんて当直でもないのにいろいろこき使われてさー」
後輩はそれ以上何も言わなかったが、顔には『おまえが遅くまで無駄に残ってるのが悪いんだろうが』と書いてあった。
え?被害妄想じゃないかって?
だって、魔王だよ?言外なことも伝わらせる恐ろしいやつだよ?
だから僕はそれ以上何も言わずに仕事に取り掛かることにした。

外来へ行くと、採血コーナーに臨床検査技師に交じって朝からご機嫌な彼女がいた。
「小倉君、今日も朝から元気だね」
「おはようございます、先生」
「今日は手ごたえありそうかい?」
「ええ。今日は例のどこからも取れないと評判の方の採血があるんです」
やけにうれしそうに話しているが、琴子ちゃんたちに聞いた彼女の趣味は、解体。いや、言葉が悪いか。人体への飽くなき挑戦。
普通ならここで某テレビ番組のバイオリンの音が響くところだ。
テテテーレッテーとなんちゃら大陸とロゴ文字が入りそうなほどの熱の入れよう。
これで天使のような顔だから、女は怖い。
それさえなければ、きっと一番もてるだろうに。
マイメスまで持っているという彼女は、やはり外科医になるべきだったんじゃないか?
いや、でも、オペ中にふふふと笑いながら内臓つかみ上げられても怖いかな。
最近じゃ臨床検査技師の仕事になりつつある採血も、彼女にとっては数少ないご褒美、らしい。
「ところで仕事前に悪いけど、聞きたいことが…」
肝心なことを聞く前に、外来主任から背中を押された。
「ほら、もう患者さんいっぱいですからね。さっさと診察部屋に入ってくださいな」
押しの強い主任にあっという間に診察室の一室に押し込まれ、小倉君とそれ以上話す暇もないほど仕事に没頭させられた。
やっと終わって伸びをすると、はっと気が付いて小倉くんを捜しに行った。
「小倉君は?」
採血部門にいた臨床検査技師に聞くと、病棟に戻ったという。
彼女はその採血の腕を買われて…というよりは本人の懇願により、外来の人手がないときは採血部門を手伝っている。
まあ臨床検査技師がてこずる患者の採血をそれはうれしそうにやっているから、ちょっとした話題でもある。
臨床検査部門からは専属でほしいとまで言われているが、病棟もそう簡単に手放さないのだ。
「じゃあ主任、僕は病棟に戻るから!」
「いや、ちょっと待ってください、先生。紹介のための情報提供書、今日は確か三人ほどありましたよね。それ、書いていってからにしてください」
「そんなことしたら、僕の昼食の時間が…」
「え?なんですって?確か先日もそんなこと言ってぎりぎりまで放置しましたよね。仕事が早いのはいいんですが、あまりにも後回しにしすぎです。
ええ、仕事が早いんですから今すぐにちゃっちゃとやってくださればいいんですよ」
主任にずいっと迫られて、仕方なく僕は「や、やりまーす」と返事をしたのだった。
外来といい、病棟といい、主任はどこも強いな…。

やっとのことで解放され、とりあえず昼食と思いながら食堂へ向かう。
よく考えたら、食堂のプリンの可能性もあるわけだから、食堂のおばちゃんに聞けばいいじゃないか。
そうだ、そうしよう。
何でこんなことに気が付かなかったんだ。
僕は浮足立って食堂に向かうと、人はすでに閑散としていた。
いるのは白衣の医者ばかり。
まあナースはみんな交代で昼食に入るしね。
暇そうな食堂のおばちゃんを捕まえて、僕は聞いてみた。
「謎のプリンを捜してるんだけど、心当たりない?」
おばちゃんは「謎の…プリン?」と首を傾げた。
「プリンならほら、そこに」
「え?」
おばちゃんの指した方向には、デザートなどを置いておくケースが。しかも空だ。
「いやー、そういういつものプリンじゃなくってさ〜。プリンはプリンでも謎のプリンらしくって。それにもうプリン残ってないし」
「あー、今日はよく売れちゃった。前も誰かに聞いたわね、謎のプリン」
「ほんと?」
「お得意のお嬢さんたちに聞いてみればいいじゃない」
「だーかーらー、そのお嬢さんから頼まれたんだってば」
「相変わらず女の子たちには弱いねぇ」
「いや、そういうのはどうでもいいから」
「どうだったかな〜」
「お願い!思いだして!」
僕のお願いにうーんと思案顔で粘ってくれたが、「ごめん、わかんない」とあっさりと返された。
「あ、うん、ごめん、ありがとう」
おばちゃんの心づくしのやや大盛り気味なご飯に礼を言いながら昼食を済ませたのだった。

(2019/11/08)



To be continued.