ドクターNと謎のプリン




午後は病棟回り。
結局昼食後も僕は休憩する間もなくこうして仕事してるわけだ。
当初の計画通り、小倉君を捜して謎のプリンについて聞くことにする。
こうしてあちこち聞いてたどるのって、わらしべ長者みたいだなーって。
え?わらしべ長者のようにいい情報にたどり着いてないって?
うーん、ちょっと言い過ぎだったか。
謎のプリンって、そもそもどんなものかすらわからないんだから、困った。
その辺は謎なんだから知らないと頼まれた本人にも聞いている。
まあ、知ってたら謎じゃないか。
小倉君のいる病棟につくと、見るだけならまさに白衣の天使がいた。
あの趣味は近しい者だけが知っている、知る人ぞ知る、なんだろうか。
別に本人は隠してるわけじゃないらしいんだが、聞いたり見たりした人たちが皆、今自分が聞いたり見たものは何だろうと現実逃避に陥るようで。
まああの天使の笑顔と猟奇趣味…いや、手術趣味か?どちらにしても物騒で似合わないことは確かなことで。
小倉君もイメージ固められて大変だなーと僕なんかは思うわけで。
じゃあ、小倉君と付き合おうとか…うん、思わないんだな、これが。
一時期は狩猟趣味の彼をゲットしただとかで、ジビエ料理に凝っていたこともあったな。
うん?想像通りだよ…。
イノシシとかシカとか、仕留めたばかりのを臭みの出ないうちに解体するのが楽しかったとかで、そのうち猟銃担いでマタギになってしまうんじゃないかと思ったほど。
残念ながら彼女の趣味はあくまで死んでしまった獣の解体じゃなくて、生きてる人間を治すことのほうなので、いっそのこと医師免許でも取ればよかったのにと勧められていたほどだ。
まあ、それにはいろいろと制約があって彼女は看護師の道を選んだわけだが。

「小倉君、聞きたいことが」
彼女はにっこりとこちらを見て「何でしょう」と答えた。
「今、謎のプリンを捜してるんだけど、知ってるかな?」
小倉君は「…謎のプリン…」とつぶやいて、首を傾げた。
やっぱり知らないか。
「聞いたことはありますね。謎のプリンを手に入れると、この斗南を掌握できるとか」
「そんなすごいプリンなの!?」
「あくまで噂です。ほら、ここって、いろんな噂がありますから」
「う、うん、そうだろうとも」
「で、そのプリン、どうやったら手に入るか、知ってる?」
「望んでもなかなか手に入らないとか」
「じゃあどうやったら手に入るんだよ」
「自らプリンが降臨してくるのを待つとか?」
「プリンが意思を持ってんのかよ!生きてんのか、そのプリンは!」
僕は思わず盛大なるツッコミをした。
だってそうだろう?
「謎のプリンですから」
「そうだよねー、そうなるよねー」
「でも」
小倉君の目がきらりと光った。
「そのプリンの噂、啓太も知ってるはず」
「…ケイタ…?」
「リハビリ科のシュウゾウマツオカと言われる男よ」
「え、ええっと?」
詳しく聞こうと思った矢先に彼女はさっと立ち去ってしまった。
いや追いかければいいんだけど、なんとなくこの話はここまで、みたいな線引きをされたというか。
時々彼女はそう言う妙な迫力を持っている。
そして僕に残された新たな使命は、リハビリ科のシュウゾウマツオカに会うこと。
いや、違う、違う。
ケイタに会うことだ。
外科での仕事をさっさと終えて、夕方にはリハビリ科に回ることにした。
え?理由はって?
そんなこと、どうにでもなるんじゃないかな。


リハビリ科はあまり縁がない。
一番縁があるのはおそらく整形外科とかなんだろけど。
こういう時産休の琴子ちゃんがいてくれればなぁと思う。
言ったらきっとリハビリ科まで付き合ってくれるだろうに。
桔梗君は今日は休みだし。
だいたい何で苗字を教えてくれなかったんだろう。
ケイタって、小倉君の元カレか何かかな。
そんなことを思ってリハビリ科をのぞくと、リハビリを指導している理学療法士に交じって何やら力いっぱい応援している男がいた。

「大丈夫だ、できる」

…シュウゾウマツオカだ。
あれだ、あれに違いない。

「ふー、よく歩いたね。君なら頑張れると思っていたよ。病室に帰ったら、理学療法士さんと組んだメニューを練習していこう!」

暑い。
いや違った、熱い男だ。
確かにシュウゾウマツオカ並みの熱血看護師だ。
ちなみに間違いなく男だ。
ちょっと長髪だけど。
僕はリハビリ室から出てくるところを待って彼に声をかけた。
「ねえ、君、ケイタって名前?」
彼は不審者を見るような目で僕を見た。
え?いや、医者だよ、僕。
思わず自分が白衣を着ているかと見直してしまった。
うん、着てる。
ちゃんと身分証のIDカードもぶら下げてる。職種も外科医になってるし。
一緒に連れていた車いすの男の子の前にさっと立ちふさがり、「この子はケイタという名前ではないです。医者なら自分の患者の名前くらい覚えてるだろ。怪しいな。本当に医者か?偽造じゃないのか、それ」
僕のIDカードをぴらりと触った。
「いや、違う。その子に用があるんじゃなくて、君だ、君」
「あ?俺?」
思わず人を指してしまった。
彼は「ケイタって、そりゃ俺は啓太って名前ですが」とますます不審そうだ。
よく見たら、IDカードに鴨狩啓太とある。
「え、えーと、小倉君に聞いて」
慌てて小倉君の名前を出す。下の名前で呼ぶくらいだから親しいんだろう。
「小倉?智子か!」
「そうそう、外科病棟の天使のようなモゴモゴ…な智子ちゃんね」
そのモゴモゴで少しだけ彼は嫌そうな顔をした。
うん、正体を知ってるならかなり親しそうだ。
「えーと、鴨狩君?」
「はい」
「君が小倉君とどういう関係かは知らないけど、ちょっと君に聞きたいことがあって。小倉君が君に聞けって言うものだから」
「あー、そうですか。とりあえず、この子を病室に送ってからでいいですか。それとも時間かかるなら引き継ぎ後で構いませんか?」
「時間は、かからない。でもまあこの子を送るくらいの時間は待てるよ。何なら、病室に行くまでの時間で解決できるかも」
「それなら」
そう言って鴨狩君は車いすを押して歩き出した。

「先生は智子と付き合ってるんですか?」
「え?まさか。付き合ってたのは君だろ?」
「うええぇ、冗談じゃないですよ」
…どういうリアクションだ。小倉君、いったい君何したの…?
心底げんなりといった風の鴨狩君は、「同期なんですよ。大学での実習グループが同じで。他に幹や琴子、真里奈もいますよ」と言った。
…ああ、なるほどね。
「見事に外科に偏ってるけど」
「あいつら、内科向きじゃないんですよ、性格的に」
「まあそうだろうね」
僕は適当に返事をして、はたと気づいた。
こんな会話してる場合じゃない。
「そうそう、聞きたいことがあったんだ」
「なんですか?」
「謎のプリンを知ってるかな。もしくはそんな噂を聞いたことがあるかな」
「はぁ?謎のプリン…」
車いすを押しながら黙々と進み、やがてエレベータに乗り込み、病棟に着いてもなお鴨狩君は黙ったままだった。
もう着いちゃったけどねー。
鴨狩君は患者の男の子を病室まで送り届けると、もう戻っちゃおうかな―とか思ってた僕のところに急いで戻ってきた。
「すみません、どうしても思い出せなくて」
「いやぁ、うん、いいんだよ」
さすが熱い男、なかなか誠実だな。
「その噂なら、琴子が、確か…」
「琴子ちゃん!?」
今産休なんだけど。
「あ…まだ生まれてないんでしたっけ」
「そうみたいだね」
「琴子ちゃんは置いといて、その謎のプリンについて何か言ってたかな?」
「謎かどうかはわからないんですが、幻のプリンだとか」
「幻…」
言葉を変えてみても、正体不明なのは変わらないじゃないか!
「つまり、結局琴子ちゃんに聞くしかないってこと?」
「あー、どうですかね。あいつがうんと言うかどうか」
「あいつ…琴子ちゃんの夫…」
「あ、すみません、あいつだなんて」
「いいんだよ、あいつどころか、後輩のくせして僕をことごとくないがしろにして、ちょっと琴子ちゃんにちょっかいかけるだけで大魔王のように…」
「…ちょっかいかけるんですね。勇者ですよ」
鴨狩君も何か苦い思い出があるのか、盛大に顔をしかめて渋い顔をしている。
「今の琴子に近づけるかどうか…」
「だよねー」
僕は深い深いため息をついたのだった。

(2019/12/10)



To be continued.