坊ちゃまとあたし特別編2



緩んでるキャンプ2


バスでキャンプ場に向かうまではよかった。
さほど都内からも遠くないために、何事もなくとある山に着いた時には何故かほっとした。
いや、まだ着いただけだ。
おまけにただバスに乗っていただけだ。
これだけで安心してはなるまい。

入村式とかなんとかの誓いの言葉だのなんだのと煩わしい儀式を終え、あらかじめ決められた班分けにしたがって各自荷物を持ってロッジへ行く。
本格的にテントでなくて幸いだった。
小金持ちの学生たちが虫もわんさかと出そうなテントでは、参加する者も集まらないだろう。
とは言ってもそこは山の中のロッジであり、虫など遭遇したくなくともその辺にたくさんいるので程なくどこからか悲鳴が上がるだろうとは思う。
当たり前だが男子ばかりのロッジに荷物を置いて広場に集合となる。
注意事項をあれこれと聞いた後、日の暮れないうちに食事作りだ。
これも一日目の夕食だけで、あとは管理小屋からの食事が支給されることになっている。
とりあえずキャンプ体験をさせようということなので、薪に火をつけるところから始め、メニューはこういうときの定番カレーライスだ。
ポジションはどこでもよかったが、一人黙々とやれるので薪当番になった。
火がつかないと夕食づくりはそこで頓挫する。
それぞれ悪戦苦闘している様子もうかがえるが、これは科学だ。それを踏まえて薪を組み火を起こせば、造作もなく薪はそのうち勢いよく燃え始めた。
少し暇になったので辺りを見回すと、琴子がいない。
先程まで甲高い声が聞こえていたはずで、だいたいの位置を把握していたが、振り返るといなかった。
側を通りかかった鴨狩に「相原先生は」と聞けば、「応急処置中」という答えが返ってきた。

「こんなところに来てまで相原先生を保護者扱いしてたら、他の子と仲良くできないぞ」

そんなことを言っているが、別に仲良くする気は全くないし、むしろあいつの保護者が俺なんだが、と言いたいところを黙ってやり過ごす。

「琴子がケガしたんじゃないよな?」

隣にいたもう一人の薪係に後を頼むと、養護教諭が待機しているであろう場所へと向かった。
先程琴子の声がしていたところにいた女子が「あ、入江くん、琴子先生ならあっち」というありがたい言葉をもらう。
素直に「ありがとう」とお礼を言ってそちらへ向かった。

てっきり琴子が指でも切ったのかと思えば、女子生徒が一人絆創膏を貼ってもらっていた。

「あ、ぼ…い、入江くん、どうしたの?」

もう坊ちゃまでもいいよ、今更誰も咎めないから。
そう言いたいが、とりあえず知らなふりをしてやる。

「いや、相原先生がいつもやるように指でも切ったかと」
「残念ね、切ってないわよ!」

そんなことを得意げに言うことだろうか。

「先生…あの…切っちゃってごめんなさい」

申し訳なさそうに女子生徒が言った。

「大丈夫よ、あなたのせいじゃないから」

いや、その女のせいだろ。

「あ、あの、わたし、もう戻ります」
「あ、そうね。無理しないでね」
「はい、ありがとうございました、琴子先生」

そう言うと、女子生徒はそそくさと逃げるようにその場を立ち去った。
おれが来たことで何かを察したらしい。
なんというか、琴子の周りは皆察しよく、それなりに気を使ってくれたりするが、当の琴子はいつまでたっても察しが悪いどころではない。
高等天然スルースキルはどこで手に入れたんだか知らないが、とことん全くと言っていいほどおれの気遣いも想いも何もかもぶち壊すほどにスルーされる。どころか気づいてもいない。
もちろんおれとて炊事場から少し離れているとはいえ、遠くから皆の声が聞こえてくるようなこんな場所でどうこうするつもりも何かするつもりもない。
そもそもおれはいまだ中二。琴子は教師。
もちろんこの際教師というのはどうでもいい。どうでもいいが、さすがにおバカな琴子にわからせるには早すぎる。
先は長い。長期戦なのは最初からわかりきっている。
琴子は何も知らない笑顔で言った。

「じゃあ、坊ちゃま、戻りましょう」

いつまでたっても多分おれは坊ちゃま呼びされるんだろう。
そんなことすらどうでもいい。
そんなのたいした問題じゃない。
とりあえずキャンプを無事に過ごさせるのが目標だ。
先は、まだ長い。

(2023/07/29)

To be continued.