坊ちゃまとあたし特別編2



緩んでるキャンプ4


休憩地点に着いたときに聞いた話では、生徒の一人が道を外れて迷子らしい、と。
騒がせたのは琴子じゃなかった。
しかし、そんな迷子を捜すうちに自分が迷子に…なんてのはよくある話だ。
ここは到達地点でもなく、あくまで休憩地点。
オリエンテーリングではそれぞれグループ別に行動するが、学校行事なので教師の監視の下でクラス別に行動している。
A組B組は運動神経がそこそこ良くても体力のないやつが多いので一番前か後方。
体力はあるが羽目を外しやすいF組は真ん中でがっちりと挟まれているはずだった。
クラス全員が参加しているわけではないので誰がいないのかわかりにくいのだ。
同じように琴子が迷子になるんじゃないかと気になる。
やはり見に行こうか。
そう思った時、琴子が鴨狩とともに現れた。

「心配かけたわね。大丈夫だからみんなは先を行くわよ」
「ほら、休憩終わりだ。体調の悪いものは今申し出て。野口先生とともに行ってもらう」

何でもないようにそう言って皆を立ち上がらせ、先を促すように追い立てた。
その行動はどれも教師らしく矛盾はない。
琴子にしてはあまりにもまともだ。

 * * *

「琴子先生が…」

ようやく到達した折り返し地点で、振り返ると琴子がいなかった。
どこ行ったんだ、あいつは!
傍にいたはずの鴨狩もいない。

「あいつが、何」

先程言いかけた奴を捕まえるとそう聞いた。

「えっと、ちょっと遅れるけど心配しないでね、と」
「何を心配するって?」
「姿が見えない…こと?」

A組らしくすぐに答えが返ってきた。

「鴨狩先生も一緒だから心配…いや、逆に心配か…?」
「おまえ…」

思わず胸ぐらをつかみそうになった。

「いや、ちょっと待って。こんな山道でどうするっていうのさ。そもそも遅れた生徒を保護するためなんだし」
「…先にそれを言え」

覚えておくぞ、おまえ…西垣。

 * * *

結果的に琴子(と鴨狩)は生徒を保護して戻ってきた。
琴子一人で突っ走って危うく迷子になりそうだったらしいが、それが功を奏して一人道を外れていた生徒が見つかったらしい。
悪運強いな、あいつ。

そんな疲れ果てたオリエンテーリングを終えた後、もう早く帰りたい気分でいっぱいだったが、まだ行事が残っていた。
言わずと知れたキャンプファイヤーだ。
どうでもいい出し物をやらされたり、今時フォークダンスをやろうなどという熱血なやつがいたりして、さすがにぐったりだった。
本当はキャンプファイヤーの後に肝試しも予定されていたらしいが、終盤で雨が降ってきたこともあり中止になった。
これで肝試しまでやっていたら、おれの神経がもたない。
急いでロッジに戻る途中で本降りになり、それこそロッジの中で怪談話が始まるといい具合な天気になってきたのだ。
ロッジにたたきつける雨の音に時折響く雷。
あれでいてお化けの類に弱い琴子が怯えていないかとおれは気になった。
これで隣に鴨狩がいて怖いからと抱き着いたりなんかしてみろ、あいつのろくでもない下心が動き出すことにもなりかねない。
本当にイライラする。

「い、入江くん、そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うよ」

恐る恐る、と言った感じで声をかけてきたやつがいた。
何が大丈夫なんだか、その根拠を教えてほしい。

「ひっ、あの、その、相原先生は迷った女生徒に付いて別のロッジで保護者を待ってるって言ってたから」

よく見たらA組の委員長だった。
関係のないやつに当たるのも、と思い一応うなずいた。
というか、なんでおれが琴子についてイラついてるのがわかるんだよ。

「イラついて悪かったよ」
「大丈夫」

それだけ言って委員長は他の人の輪に戻っていった。
ここでおれも同じように皆の輪に入っていけば、皆も安心するんだろう。
まあ、無理だけど。

その時、バタンといきなりロッジの扉が開いた。

「うわああ」
「え、やあああ」

何人かの悲鳴がロッジ内に響いた。
と同時に女性の悲鳴。
ロッジ内にいた連中は、いきなり扉が開いたことに対する悲鳴だが、その悲鳴に驚いたのはただ開けただけで驚かれた琴子だった。
しゃがみこんでいる琴子はそれでもパッと頭を上げて「え、えーと、み、見回りです」と取り繕った。
どう見ても腰抜けてんだろ。

「なあんだ、相原先生か」
「やめてよ、琴子先生、驚かさないでよー」
「そうそう、ちょうど怪談話を…」
「え」
「やめろ」

琴子の引きつった顔に思わず低い声でそれ以上言うなと制した。
皆慌てて口をつぐむ。
怪談話なんかしたら、さっきの想像の通りになりそうだ。
話題を変えることにした。

「保護者来たのかよ」
「他の先生に変わったのよ。もう見回りの時間だしね」
「というか、この雨の中危ないんじゃないか」
「そうは言っても、ロッジが散らばってるし、入江くんのロッジにはあたしが行って来いって言うから」

なんとなくわかった。
こんな状況で誰か気の利く教師が寄こしたのだろう。

そして、鳴り響く雷。
合羽を着たまましゃがみこんで立ち上がれない琴子。

「他に回るロッジは?」
「こ、ここで最後」
「この後の予定は?」
「…多分、班長会議」
「でもこの天候じゃ時間通りに始まらないだろ」
「ど、どうかな」
「班長、会議までの時間は?」
「まだ一時間くらいあるよ。肝試しなくなったからね」

この班の班長は委員長だった。
こんなところまで来てもご苦労だな。

「わかった。琴子、合羽脱いで上がれ」
「な、なんで」
「立ち上がれないだろ。後で一緒に戻るから。班長、会議代わりに出るから」
「…じゃあ、お願いしようかな」

というわけで、結局立ち上がれない琴子の合羽を脱がせ、イスに誘導してとりあえず座らせることにした。
暖かい飲み物でも…としたいところだが、普通のロッジなので何もない。
雨風の音と雷の音に負けじと他の連中はトランプを始めている。
あまりこっちにかまわないでいてくれるので思ったよりも助かった。
何かぼそぼそとしゃべってはいるが、こちらに影響ないならどうでもいい。
噂なら今までも山ほどされている。

「あ」

琴子がいきなり声を出した。

「なんだよ」
「…何でもない」

雨はまだ止みそうになかった。

(2023/11/26)

To be continued.