坊ちゃまとあたし特別編3 60.3



「早田、京都へ行こう」3


カーテンを開け、あたしは飛び起きる。
目覚ましで起きた奇跡の朝、あたしは晴れ渡った空に向かって、いいことありそう、とつぶやく。
そうでもないと皆からの何と言うかプレッシャーがね。

「琴子、起きろ」
「起きてる!」

あたしはベッドから下りて自信満々に坊ちゃまを見た。

「うわ…やな予感」
「ちょっと!なんでそうなるのよ」
「せっかくの晴れも…」
「雨が降るって言いたいの?」
「いや、天気予報は晴れだ」
「ならいいじゃないの」

そんなやり取りをすると、坊ちゃまは部屋から出て行った。
朝食も終えて身支度も済むと、いよいよ出発だ。
荷物を持って玄関に行くと、入江家の皆は手を止めてにこやかに見送ってくれる。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

いつも出勤は先に行くけど、今日は坊ちゃまがたとえ早い時間だろうと一緒に行くと待っていた。
東京駅集合の何がそんなに心配なのか知らないけど、さすがにあたしだって東京駅くらいは行けますよ。
集合場所は、ほら、こうして地図も…。
…ない!
どこ?どこにやった?

「…多分机の上だ」

坊ちゃまの言葉に青ざめたあたしを制して、素早く使用人の方が取りに行ってくれた。
あたしが取りに行くと代わりに何かを忘れてきそうだからって。
いや、忘れないし!と言ったけど、もう誰も信用しない…。
そんな風に朝からバタバタしながら出発して、いざ東京駅へ。
とは言っても心配だからと車に乗せていってもらうんだけど。
少なくとも職員の集合時間に遅れるとかはなさそう。
坊ちゃまはあたしを電車で行かせると、途中ですっ転んだ人を助けていたらとか、荷物を持ってあげたらとかで、遅刻しそうな未来が見えるからとかいうんだけど、あたしはそんなお人よしじゃないし。
電車に乗り間違えたりくらいはあるかも、と自分でも思うところがちょっと情けないとは思う。

東京駅の集合場所に着くと、先生方が口々に「遅刻しなくてよかった」「入江くん、ありがとう」なんて言い出したのだ。
モトちゃんも啓太も「頼んでおいて正解だったな」とか言い出すし。
「ちょっと、坊ちゃまに何頼んでんのよ」と文句を言うと、「全く信用がないあんたに問題あり」と言われて、あたしもさすがに言葉がなかった。

そこからしばらくすると続々と斗南中の三年生たちがやってきた。
同じように親に送ってもらった子もいたり、グループで電車に乗ってきたり、保護者とともに現れたり。
あたしは黙ってプラカードを持ったまま集合場所に立っていた。
だって動くなとか言われたし。
よりによって今日に熱が出た子をのぞいて、皆無事に集合したようだった。
もちろんちょっとうろうろしていた子たちもいたんだけど。
打ち合わせ通り校長先生から朝のあいさつの後、新幹線に乗って京都まで出発することになった。
ちなみに毎年バスでという話もあるのだけど、こういうときじゃないと新幹線に乗ることも少ないだろうとか、社会見学の一環だからと東京駅集合の京都まで新幹線が採用された。
確かに車移動も多いものね。

 * * *

とりあえず東京駅から無事に旅立つことはできた。
新幹線に乗りそこなうこともなく、一安心する。
東京を出発して動くにつれ、生徒たちはワイワイと賑やかしくなっていく。
各車両に担任は乗っているが、「あまり騒がしくするなよ」と言うのみで気を抜いている。

「どうかしましたか、入江くん」

先生モードの琴子には悪いが、全く気を抜けない。
この旅行が終わって祖父のように毛が薄くなったら絶対琴子のせいだ。

「あ、新幹線に乗れて探求心に思いを巡らせているとか」

最近、国語教師としてマシになってきたのか、表現力だけは向上している気がする。
いや、時々ものすごく斜め上な発想力と発言力は昔からか。

「そのうち富士山も見えたりして、時速えーと…」
「今は230km。電光掲示板に出てる」
「あ、そうなんだ、へえ。って、そんな話じゃなくて」

おまえが言い出したんだろ。

「皆と楽しまなくていいの?せっかくの旅行だし」

せっかくの旅行は、こんな騒がしい中じゃなくて、もっとゆったり癒しの空間であってほしかったよ。
にこにことこちらを見つめる顔を眺めていられるのも今のうちだった。
さすが琴子。
琴子一人いるだけで旅行がサスペンスに満ち溢れた二時間ドラマになろうとは。
多分教職員はちょっと予想していたに違いない。
この先、予想通り斗南の面々は予想をはるかに上回る事態に陥る。

(2024/10/18)


To be continued.