坊ちゃまとあたし特別編3 60.4



「早田、京都へ行こう」4


嘘みたいに何事もなく京都に着いた、というのは坊ちゃまの言葉だ。
なんて失礼な。

「入江くんに頼んでおいてよかったわ〜」

隣でモトちゃんが安堵した顔で言う。
本当に失礼な。
それでも新幹線に乗っているだけでそんな変なこと起きるわけないじゃない。

「途中で新幹線がハイジャックされるとか、途中でいきなり止まるとかいろいろあるだろ」

何でそんなニュースになるようなことに遭遇しなきゃならないのよ、起きないわよ、そんなこと。
とことん失礼な。
啓太の言葉にあたしはふんとばかりに言った。

「JR線じゃないんだから人身事故とかも起きないだろうし」
「新幹線はJRだけどな…。まあ、確かに人身事故なんて起きないだろうが」

なんだかすぐに遅延するらしい中央線や総武線を例に出したらそう言われた。
新幹線なんて新幹線という一つのジャンルでいいのよ!
京都に無事着いただけで一安心なんて、まだまだ旅はこれからよ!
そう言えば、おまえが言うなとか言われた。
皆して失礼な。

このまま京都観光するのかと思えば、まずは奈良からって、最初から奈良に行けばいいじゃない。

「奈良には、新幹線がない」
「そ、そりゃそうかもしれないけど」

坊ちゃまは淡々と言った。

「これだけの人数を移動させるのに普通の公共交通機関が使えるわけないだろ。今からバス移動だろ」
「そりゃそうだろうけど」
「…行程表、持ってきたんじゃないのか」
「も、持ってきたわよ!」

えーと、確か荷物のここに…。

「手にもっておけよ」
「だって、なくしそうで」
「…首からかけとけ!」

く、首に…。

「そんなことできない!」

でも一瞬いい考えかもと思ったのは内緒。

「相原先生、バス乗り場まで生徒たちを移動させてくださいね」
「は、はい」

A組担任の斎藤先生がそう言って坊ちゃまを見た。

「入江くん、迷子にならないようにお願いします」
「…はい」

坊ちゃまが迷子になるわけないじゃない。
ねー?
と坊ちゃまを見たら「おまえの監視だ」とつぶやかれた。
ちょっと、斎藤先生まで失礼じゃない?
あたしはちょっとプンプンしながらも生徒たちを誘導することに。
これで家に帰るまで何事もなかったらどうしてくれるのよ。

「…逆に何かあったら何してくれるんだ?」

思いっきり信用ならないって目であたしを見て坊ちゃまは言った。

「え、いや、何もないでしょ」
「なんでそう根拠もなく自信満々なんだ」
「それを言うなら、根拠もなくなんで皆してあたしが何かやらかすと思ってるんですか」

「あのぉ、相原先生」
「A組は全部そろいましたけどぉ」

バスから坊ちゃまとあたしが言い合うのを眺めていたA組委員長の佐藤君と鈴木さんが遠慮がちに声をかけてきた。

「あ、ごめんなさい、今行きます」

そう言いながらも肝心の担任である斎藤先生がまだいないし!
でもまあ、いそいそとバスに乗り込んで人数確認をする。
何度か数えてみるものの、数えるたびに人数が違う…。

「生徒の人数は揃ってます。既に二度確認してます」

有能な委員長にそう言われてしまえば、あたしが数えるより正確な気がする…。

「では、出発しましょうか」

運転手さんを振り返ってそう言えば、閉まりかけたバスの入口から大慌てで「待て!こら!」と声がした。
あ、そう言えば斎藤先生まだだった。

「あーいーはーらー…」

走ってきたせいかぜーぜーと息を切らしながら怨みを込めて呼び捨てにされ、あたしは苦笑いしながら「や、やだなー、斎藤先生、ちょっとしたジョークですよ」とごまかしたけど、通用はしていないっぽい。

「俺を置いていく気だっただろ」
「そんな人聞きの悪い。ちょっとうっかり忘れただけですよ」
「そういううっかりが一番怖いんだ」

そう言ってにらまれたけど、結果的には乗り遅れなくてよかったじゃないですか。
そもそも遅かったのは斎藤先生の方だし。

「…これが相原トラブルか…」

なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたけど、結果的にはトラブルになってないし!
バスに乗ってさえいれば一時間ちょいくらいで奈良に着くらしいし、問題ないはず。

 * * *

「あの、入江くん、桔梗先生と鴨狩先生からも相原先生を一人にしないようにとか、見失わないようにとかいろいろ言われてるんだけど」

先程の佐藤にそう言われてため息をついた。

「極力琴子から目を離さないでおくから、おまえらはクラスの皆を頼む。旅行中は琴子だけを信じるな。自分で確認したり、他の先生にも確認しろ」
「…わかった」

まさか副担任を信じるなとか言われると思わなかっただろうし、他の先生にまで琴子の行方を見失うなみたいな注意を受けるなんて思わなかっただろう委員長は、それでもその有能さゆえになんとなく事態を察して慎重にうなずいていた。
とりあえずクラスの皆を委員長たちに任せれば、なんとかなるだろう。
既に担任すらも置いていかれそうになるなど、嫌な予感しかしない。
ここまで注意しても何か起きるなら、それはもう、本当に何がしかの呪いでも怨みでも受けてるんじゃないだろうかと思ってしまう。
まだ奈良にも着いていないが、早く家に帰りたい。

(2024/11/05)


To be continued.