坊ちゃまとあたし特別編3 60.5



「早田、京都へ行こう」5


無事に奈良に着いた。
順調順調!
あたしはバスを降りて皆が揃うのを待った。
まあ、最初は定番東大寺よね。
えー、それと春日大社と奈良公園で鹿ざんまい。
行程表を首からぶら下げるのはさすがにやっていないけど、すぐに取り出せる位置に入れたから、ちゃんと確認している。

「相原先生、先行きますよ」

担任の斎藤先生はそう言って生徒たちを先導していく。
要は後をついてこいってことよね。
そうは言ってもA組は皆しっかりしてるから、後ろをついていけばだいたい大丈夫。
それに監視役として坊ちゃまがいるし。悔しいけど。
若者は歩けとばかりに東大寺から結構歩く。
南大門から大仏殿だっけ?

「琴子、そっちじゃない」
「あれ?」

行程表見ながら歩いていたら、ちょっと列から外れていたらしい。

「見ながら歩くな」
「ごめんなさい」

お目付け役の坊ちゃまからの監視は厳しい。
でもその分迷子になる可能性は低いのかも。
いやいや、そんなこと言ってちゃいけない。これでも教師だし!
皆ちゃんといるかな、と思って見回したら、誰かにぶつかった。

「え、あ、ごめんなさい」
「すみません」
「…あ、入江」
「…げ」

小さく坊ちゃまがうめいた。

「やあやあやあ、すごい偶然だねぇ!」

ものすごくうれしそうに、親しそうにこちらに近づいてきた学生。

「なんか見たことある」

そうつぶやいたら、「琴子先生、忘れるなんてひどいな」と笑っている。
あたしがぶつかった学生はその隣で顔をしかめながら、笑っている学生を見ている。
制服からすると同じ学校なのかな。
あたしの名前をさらっと呼んだ学生は、どうやらあたしのことを知っているらしい。

「あれ、ちょっと待って。えーと、そう、西方君!」
「惜しい、西垣です」
「ああ、そうそう!去年まで斗南にいた、病弱な西垣君!…元気そうね」
「…病弱…?誰が」

嫌そうな顔で西垣君を見たおそらく同じ学校の学生君。

「本当に偶然だねぇ。斗南も修学旅行なんですね」
「ええ、そうなの。西垣君は今どこの学校に?」
「今は静岡です」
「へええ。でも元気そうでよかった。ぼ…じゃなかった、入江くん、覚えてる?」
「もちろんです。最後のキャンプは思い出深いなぁ」
「そうなんだ」

ちっと隣から舌打ちが聞こえた。
坊ちゃま〜、舌打ちはないわ。

「じゃ、じゃあ、僕、行くから」

名も知らない西垣君の同級生君が後ずさりを始めている。

「あ、待ってくれよ。いいじゃないか」

親しげに話しているけど、同級生君はなんか嫌そう?

「あ、転校先で一緒の早田君です」
「よかったわね、お友だちができて」
「…お友だち…じゃないし」

ぼそりとつぶやく早田君。
え、ちょっと、西垣君、嫌われてない?大丈夫?

「ツンデレなんですよ、早田君」
「は、はあ、なるほど」

全くめげてない、西垣君。
とても病弱だったようには見えない。
うん、元気になってよかったね。

坊ちゃまが隣から「そろそろ行かないと迷子になるぞ」とささやく。

「あ、じゃあ、そろそろ大仏見ないと!」
「あ、僕たち、今見てきたところで」
「そうなのね」
「この後どこに行かれるんですか?」
「えーと」

行程表をごそごそ出そうとして坊ちゃまに止められる。

「言ったところで一緒に行動するわけじゃないし、いい加減にしろ」
「いいじゃない、それくらい」

西垣君はあははと笑って「さすが入江くん、心狭い」と言い放った。
さすがに坊ちゃまもあたしもひくっと頬がひきつる。

「あ、逃げられた」

西垣君が横を見ると、早田君はいなくなっていた。
あたしたちも移動することにして、いざ大仏殿に。
既に皆行ってしまったかと思ったけど、F組の列には間に合ったようだ。

「ほら見ろ、最後尾じゃないか」
「間に合ったからいいじゃない」
「担任は今頃ちょっと青ざめてるかもな」
「えー、そうかなぁ」

 * * *

その頃大仏見学の波に紛れて誰も気づいていなかったが、A組委員長佐藤だけが俺と琴子の姿がないことに気づいていた。
…が、俺の言葉通りクラスの皆の誘導だけに気を配り、担任にだけは姿がない、とだけ報告した予想通りできるやつだった。
担任連絡網を通じてF組の後続にいると知らされた時には、担任は既に俺といるならばもうどうとでもなるだろうと半ば諦めている様子だったという。
そして、その放置がやはり大騒動を引き起こすのだが、むしろそれすらも想定内と言い切ったという。

「本当に大きいのねぇ」

大仏の大きさにひたすら感心していた琴子の能天気さに誰か喝を入れてやってほしい、と隣で俺が思っていたなどとは夢にも思っていないようだった。

(2024/11/27)


To be continued.