坊ちゃまとあたし特別編3 60.6



「早田、京都へ行こう」6


大仏も見たし、二月堂とか春日大社とかお寺とかが続いてからのようやく奈良公園!
もちろんそこに行く道中でも鹿はたくさんいたのだけど、奈良公園周辺は本当にシカだらけ。
もちろん足元にはシカのフンだらけ。

「シカだよ、ぼ…じゃなくて入江くん」

ついうっかり坊ちゃまと呼びかけそうになって言い直す。
けじめはつけなくちゃね。
もちろん坊ちゃまからの返事はない。
もう、つれないわね、と思って振り向いたら、どこかの違う学生だった。

「あ、あれ?坊ちゃまじゃない」

シカと学生と観光客。
奈良公園の広々とした景観に若草山。
どっちを見ても学生がたくさんいるにもかかわらず、見慣れた制服の子はいない。

「置いていかれた」

やばい。
奈良に着いた早々これでは笑われるどころか呆れられる。いや、やっぱりねと言われそう。
待って。
焦らずに連絡先を…。
まずは次の行き先を調べて…。

シカが寄ってくるが、今手元にシカせんべいはない。
持っていた行程表を見ていると、シカが食べようとする。

「あ、こら、これはだめ!」

こんなもの食べたらお腹壊すとばかりに必死でシカから行程表を守る。
逃げるとシカが追いかけてくる。

なんてこと!
こんなの想定外。

仕方がないので行程表をカバンの中にしまう。
これでとりあえずはシカに食べられるのを防いだ。
ところが何もくれないと怒ったシカが頭突きしてきた。

「え、ちょ、やめて!」

べしょっと転ぶ。
転んだ先にはシカのふん。

うっそ、最悪。
あ、でも思ったよりぽろぽろとしていて払えば落ちる。
でも少し汚れたのかどことなくシカのフン臭い。

立ち上がって周りを見渡せば、学生たちもいない。
観光客があらあらという顔であたしを見ている。

なぜ、誰もいない…。

あたしはきょろきょろと辺りを見渡しながら、ここでもう一度行程表を出そうかどうか悩んだ。
今ならシカは離れている。
離れているけど、出したらまたシカせんべいかと寄ってきそうな気配がある。
これは絶対に食べられるわけにはいかない。シカの健康のためにも、あたしのこの先のためにも。
この先、奈良公園の次に行く場所についてあたしは考えていた。
次はどこだったか。

え、ちょっと待って。
どこだっけ。
もう奈良に用事はなかったかしら。

お腹が鳴る。
すぐそこに大きくシカせんべいと書かれている。
それを買えばシカは満足するのだろう。
人間が食べてもいいのかしら。
(作者注:食べられますが、人間用ではないので味がついてない、衛生的に人間用には基準を満たしていないので自己責任ありきです。)
しばし葛藤した後に諦めることに。
もうシカに追いかけられたくない。


「あれ、琴子先生。一人で何してるんですか」
「へ?西原君!」

振り向くと、そこにはまたやけに笑顔の西原君がいた。
にこっと笑って彼は言った。

「西垣です」

そしてその隣には何故か青い顔をしたなんとか君(名前忘れた)。

「もしかして、先生も迷子ですか?」
「そ、そ、そ、そんなわけ…」
「あ、僕たちもなんです」
「えー!」

 * * *

「いない!」

斗南のA組担任斎藤は辺りを見渡し、相原先生の姿も先程までいたはずの入江直樹の姿もいないことに気が付いた。

「早速、やってくれたな、相原!」

思わず呼び捨てにするほどうろたえたが、冷静な委員長、佐藤が担任の斎藤に向かって言った。

「先生、想定内です、多分。入江くんがいないので、おそらくなんとかなるでしょう」
「そうは言っても、京都へ移動だぞ」
「入江くんなら、お金もコネも頭もあります。相原先生は入江くんに任せておくのが安心です。一応校長先生に連絡して僕たちは先に進みましょう。後で合流すれば全てなかったことになりますよ」

斎藤は少しだけ悩んで、考えるのをやめた。

「もう、いい。あいつらはなんとかなるだろう。一応校長に報告してくる。ついでに入江家にも」

そういうことにした。

校長も青ざめたのは一瞬で、自分たちだけで責任を負うのが無理と判断して入江家に恐る恐る連絡したら、ただ一言「承知しました。後はお任せください」との返事だった。
校長は入江家の懐の広さに救われたのだ。
本来ならこんなことは責任問題だ。
ありえない。
しかし、何もかも想定内のような、そうでないような。

速やかに他の担任にも情報は共有されたが、怒ったのは熱血鴨狩先生だけで、桔梗先生は「やってくれたわね、仕方がないわねぇ」とため息をついただけだった。
何がどうなってこんな事態になるのか前代未聞な教師と生徒だったが、少なくとも問題にするのはもう少し待ってからでも良さそうだと、全員問題は先送りにしたのだった。

賢いA組は、二人がいようがいまいがどうでも良さそうで、そのうち入江がなんとかするだろう、との判断で、誰も大事にする気もない様子だった。

こうして斗南中学一行は、入江直樹と副担任相原を残して奈良を去っていくのだった。

(2025/02/04)


To be continued.