坊ちゃまとあたし特別編3 60.7



「早田、京都へ行こう」7


「こんなところにいても仕方がないので、バスが待っているだろう駐車場に行きませんか」
「その手があったか!」

思わず手をぽんと叩くと、不機嫌そうな顔をしたなんとか君(名前忘れた)が「普通思いつくし」と言った。
そうかもしれないけど、思い出さなかったんだもの。

というわけで、三人で修学旅行のバスが複数待つ駐車場にやってきた。
ちなみにここまでの道筋は西垣君と早田君(名前聞いた)に連れてきてもらった。
駐車場はバスがひしめき合っていて、時間によってすぐに移動しなければなかったり、予約できなかったらしいバスが係員から移動するように注意されていたりしてなんだか結構殺気立っている。

「これはもしかしたら…」

西垣君が難しい顔をした。

「ちょっと電話してきます」

そう言って公衆電話に走っていった。

え、ちょっと、どこに電話を…。
あ、そうか電話すればいいのか。
って、どこに?

しばらくして戻ってきた西垣君は、「あの、言いにくいんですけど、斗南のバスは既に京都に向かっているみたいですよ」と言った。

え、なんて…?

あたしは言われた言葉がよくわからなくて西垣君の顔を見つめた。

「おい、どうして斗南の情報なんだよ。俺たちのバスは!?」
「あ、大丈夫。僕たちの学校にも連絡入れたから。この時間は春日大社で、そろそろ京都に向かうって。間に合いそうもないので、どこかでタクシー拾って京都へ向かいますって言っておいた」
「そんなこと学校が許すのかよ」
「他の学校の先生が心配して一緒に向かってくれるって言ったら、気を付けて来るようにって」
「そんないい加減な。普通ないだろ」
「この辺の修学旅行生はほとんど奈良から京都に向かうか、京都から奈良だもんね」
「だもんねじゃねーよ」
「奈良をゆっくり見て回るって言うのもいいんだけどさ。宿泊となると皆京都に行くって言うのは何なんだろうね」
「何だろうねって言ってる場合かよ」

ぶつぶつと文句を言うなんとか君(名前思い出せない)は多分真面目なんだろう。
ややクラスの輪から外れ気味ではあるようだけど、別に嫌われているわけではなく、自分から外れるタイプ。
そう、坊ちゃまみた…。

「ああーーーーーー!」

坊ちゃまがいない!
坊ちゃまと行動するよう言われていたあたしだったけど、坊ちゃまがすでにいないことに全く気が付いていなかった。

「え、もしかして今頃後悔してるとか?」
「いや、多分入江くんがいないことに今頃気が付いたんだと思う」

くっ…その通りよ!
うかつだったわ。

「大丈夫ですよ、相原先生。あいつ、相原先生センサーついてますから、そのうち現れますって」
「なんだ、そりゃ」
「言葉通り、相原先生のところにいつの間にかやってくる驚異の察知能力だよ」
「…そいつ、人間か?」
「かろうじて人間」
「失礼ね!坊ちゃまはちょっと完璧すぎるけどれっきとした人間よ!」
「いやいや、相原先生のためなら地球爆殺ターミネーターになり得る存在だ」

突然鋭い声がした。

「おい!」

まさかと思うでしょ?
そのまさかよ。

バスが駐車場を入れ替わりしていく様をぼんやり見ていたあたしたちの背後から、ちょっと息切れしたような、それでいて怒りに満ちた声が聞こえたのだ。

「うわ、ほんとに来た」
「やっぱりね。思ったより遅かったね」
「ぼ、坊ちゃま〜」

坊ちゃまが、いた。

「なんでお前らまでいるんだ」

坊ちゃまの言葉に皆で首を傾げる。

「なりゆき?」
「こいつらのせい」
「えーと、いつのまにか?」

あたしたちの三者三様の返事を聞いた坊ちゃまはとうとう怒りを爆発させた。

「さっさと自分らのバスに乗ってこい!」
「いや、無理だし」
「こいつらのせいで乗り遅れたんだよ!」
「何か一緒に行くことになっちゃって」

次々と答えるあたしたちに坊ちゃまは大きなため息をついた。

「もういい。うちの車が送る」
「うちの車?」
「ラッキー!さすが入江家」
「ええっ、またおばさまたちに迷惑を…」

やばい、またお説教コースだ。
いえ、おばさまは怒らないけど、その他諸々の方々が。

「え?入江家って何?ちょ、どういうことだよ」
「はっはっはっ、こちらの入江家のお坊ちゃまの家から迎えが来るらしい。大丈夫、早田、京都に行こう!」
「あ、早田君か。やっと思い出した」
「西垣、説明しろ!」

駐車場の片隅で言い合いをしている中学生と教諭の組み合わせは、周囲からの視線を集めている。
それにようやく気付いて、あたしたちは移動することになった。
一般車両の駐車場入り口まで移動して、入江家の車を待つことになった。
ちなみに、入江家の車と言っても本当に入江家の車が来るわけではなく、入江家から依頼された支社の車が来るそうだ。
まあ、そうよね。
おばさまたちは間違いなく東京だかロンドンだかにいるんだし。
でもこれであたしたちは間違いなくこの奈良を出て京都に向かうのだ。

「そうよ、京都に!」
「もう何でもいい、たどり着けば」
「はっはっはっ、結果よければよしだよ、早田」
「おまえらの宿は知らないぞ」

入江家の会社のどこに支社があって、そんな簡単にお迎えという私事に利用していいものか、全く会社について知らないけれど、この場は助かることは間違いない。
どちらにしてもタクシーで向かおうと思っていたから、あたしの懐事情を考えたらありがたい。
そもそも学校への連絡をしていないんだけど。
えーと、なんであたしたちは置いていかれちゃったのかしら?
いろいろ気になることが出てきたけど、坊ちゃまが現れたので、なんかもう全部解決した気になってきた。

「琴子、これで終わりじゃないからな!」
「え、えへ、坊ちゃま…」

あたしの考えを見透かされて笑うしかない。

「なんだよ、こいつ、本当に教師かよ」
「残念ながら教師だ」
「一応教師だよ」
「ご、ごめんね、教師で」

こんな会話をしているうちに、目の前にすうっと車が止まったのだった。

 * * *

入江家では一本の電話から即座に対応がとられた。
まずは斗南中学からの直樹と琴子の迷子(?)報告だった。
意図的にいなくなったわけではないことだけはわかる。
そして、その当人からの電話もあった。
琴子の行方不明…というか、おそらく迷子。
奈良公園内で見失っただけで、おそらく敷地内から出てもいないだろうというのが直樹の予想。
そして、時間から考えると集合時間に間に合いそうもない。
どちらにしても斗南中学から電話で報告を受けたときから大方の予想はついたので、即座に対策をしている。
直樹には申し訳ないが、そのまま琴子を探してもらい、迎えの車を奈良公園に行かせ、その時点で見つかっていなければ捜索人数を増やすことにした。
行先は決まっているので合流すれば問題はないはずだ。

「琴子さん、お約束のように迷子になりましたね」

入江家の女性使用人の一人が呆れたように笑った。

「なんとなく、シカに追いかけられたとかで集団から外れたとかじゃないでしょうかね」
「…なるほど」

執事の言葉に女性使用人は思い当たるようにうなずいた。

「では、対策案1をまずは施行ですね」
「はい。既に遂行されています。見つからなければ対策案2に移ります」
「琴子さん、ナンパなどで連れていかれていなければいいんですが」
「そうですね。そうなれば対策案4に移ります」
「はい、了解しております。では」

既にあらゆる事態に備えた入江家に動揺はない。

(2025/03/16)


To be continued.