1
ここはパンダイ株式会社。
玩具会社であり、近年めきめきと頭角を現した玩具会社の中でも成長著しい上場企業の一つである。
「だから今の社長は東京に出てきてから大きくしたという自負があるんですよね」
各企画運営をしている部署はほとんどが社長直属で、最終的に社長のお眼鏡にかなうものしか発売されない。
古くは電池やねじで動く玩具から、超合金、プラモデル、ぬいぐるみなどを生産管理していたが、今やゲームやカード、メディア連携の商品に菓子類に至るまで多岐にわたっている。
そんな社長の元には、一風変わった社員も数多い。
普段何をやっているのか不明な謎の多い人物も。
「この初期のパンダイの商標、パンダのノリちゃんは社長の奥さんがデザインしたと言われています」
新入社員に説明をするのはとある事業部に所属する相原だった。
「相原、そろそろスタンバイ」
廊下を通りかかったのを見かけた別の社員が声をかける。
「え、もうですか。…はい、ではここで案内は終了です。ここから先はえっと、そうですね…あ、真里奈!この子たちを第三会議室に案内してあげて」
「えー、今から?」
「そう言わないで、副社長案件なの」
「もう、また?仕方ないわね。さ、行くわよ、ついていらっしゃい」
「よろしく〜」
真里奈と呼ばれた社員が先程まで相原が連れていた新入社員たちを引き連れていくのを見送ると、くるりと向きを変えて副社長室まで一直線に向かった。
いくつかのフロア間を遮る扉を社員証で認証して通り抜けると、ようやく副社長のいる部屋に到着した。
入口には副社長直属の秘書もいるが、相原に限ってはスルーだった。
「入江くん、入るよ?」
一声かけたものの、ドアを開けて中をのぞくと何も言わずにパソコンの画面を見ている副社長がいた。
「そろそろコーヒー飲もうか?」
肯定も否定もなく黙々と仕事をしている副社長にため息をつくと、部屋の片隅にあるコーヒーセットでコーヒーを淹れる。
これだけは文句も言わずに受け取るので、暗黙の了解で丁寧に淹れて出しているのだ。
何も言わないときはそのまま相原の言うとおりにしてもよいということだと解釈している。
返事くらいすればいいのにパワハラ相当だ、とは副社長秘書の呆れ声だ。
もちろん他の人に対してそこまで無愛想なわけではない。
相原だけが扱えるいろいろ面倒な副社長だ。
「そんなに難しい案件なの?」
「提携しているナメコがサイバー攻撃に遭ったそうだ」
「え、うちは?」
「まだマスコミにも流れていない。うちとは別会社になっているところだからこちらにはまだ影響はないが、セキュリティが弱いところから狙っていたら、そちらに被害が出たようだ」
「そっか。うちは鉄壁だもんね」
「そうは言っても、そちらかの攻撃が続いているようだ」
「どうするの?」
「社長案件だな。多分すでに手を回している最中だと思う」
「なら安心ね、入江くんも少し休憩して」
そう言うと、副社長はようやくパソコンの画面から目を離してコーヒーカップを手にした。
「仕事は?」
ふいに尋ねると、相原は「んー?」と首を傾げた。
「今日は新入社員の本社見学会で案内しました。その後を真里奈に引き継ぎ、多分その後は船津君によるネットリテラシー講座かな?」
「明日は?」
「えーと、あたしは社長の取引先のお迎えとモトちゃんによる社員研修に参加。新入社員は啓太による工場見学です」
相原の答えに満足したのか、副社長は一つため息をついてコーヒーカップを持ち上げた。
「あ、もう一杯いる?次はもうちょっと薄めにするね」
「…ありがとう」
手元の書類を手に取った副社長からさりげないお礼が出たところで相原はにっこり笑った。
眉間のしわが消えているのがわかり、相原の役目は果たしたと言えよう。
* * *
「ほほう、誰でしょうね。この私が守る城に侵入しようとする不届き者は」
パソコンの前に座り、高級焙煎豆を使った薫り高い珈琲(自費)が入った高級有田焼のカップ(自費)を持ち上げ、大蛇森は笑った。
この部屋にいるときの大蛇森の役目はネットセキュリティの監視だ。
その傍らで表の経理の仕事ももちろんこなしているので、普段はかなり忙しい。
管理しているパソコンで侵入の気配を感じ取ると、奥の監視部屋で本格的な監視と撃退に入るのだ。
表向きのネット管理は船津が行っているが、サイバー攻撃に関係するときは社長直々に任命された大蛇森が担っている。
「腕が鳴りますねぇ」
そう言って大蛇森はカップを丁寧にテーブルに置くと、パソコンに向き合った。
* * *
「入ります」
かわいらしい声で副社長室に入ってきたのは、総務部の小倉智子だ。
「こちら、社長が懸案していた件です」
書類にはごく普通の内容が書かれていたが、わかるものが読めば智子に対する指令が書かれているとわかる。
「経理の大蛇森課長に一任しているようだ」
「そうですか」
「いつもあてにしてすまない」
「いいえ。もう、楽しみで手が震えるほどです。磨きをかけてお待ちしている状態です」
「…そうか。大蛇森課長に連絡しておく」
「はい。では」
智子が部屋を出た後に電話を手に取った。
メールでは指令が残るため、普通にアナログ電話が一番安心だ。
「直樹です」
『はい、あなたの大蛇森…ん゛…副社長、失礼いたしました。経理課、大蛇森です』
「小倉さんに指令が出ました」
『その件なら先程から既に追っております。まもなく判明するでしょう』
「さすが仕事が早いです。よろしくお願いします」
『副社長のためなら』
「…会社のためにありがとうございます」
『…お任せください』
会社のために、と強調しながら副社長は電話を終えたが、実際のところ社長が最終的に全ての案件を統括していて、副社長である直樹はその橋渡しでしかない。
パンダイの社長である重樹は、世間的にはブッダイリエとまで称されている温和な微笑みで世界を相手にする玩具会社に押し上げたやり手の社長である。
そして、そのブッダイリエは社内でゴッドイリエと言われる手腕を発揮し続けているのだ。
家族経営では少々不安な面でもある鶴の一声ワンマン経営な社長案件だが、まだしばらくは直樹の出番はないだろう。
智子が趣味を生かして行っているあれこれや、大蛇森課長がやはり趣味を生かしてやっているあれこれに、天然破壊神の相原が加わるととんでもない作用を生み出すのだ。
「まだ親父には及ばないな…」
そんなつぶやきすら漏れてしまう、まだまだ修行中な副社長なのだった。
(2025/10/28)
To be continued.