ゴルゴ智子の華麗なる案件




しばらくパソコンを眺めながら自家焙煎珈琲(自費)を飲んでいた大蛇森だったが、ようやく一つの糸口を見つけた。

「ほほほほ、見つけましたよ。完璧です、トレ〜ビアン!さすが私、パンダイ副社長の相棒」
「やっとですか」

大蛇森は驚いて振り返った。

「相変わらずいきなり現れないでください」

そこにはいつの間にか智子が立っていた。

「社長案件と聞いてまいりました」
「はいはい、発信場所も特定。これは中国企業ですが一人で大丈夫ですか?」
「さあ?行ってみないと」
「副社長も期待しているんですから完璧にしていただかないと」

智子は棚に置いてあった箱から中身を取り出し、うっとりとそれを眺めた。

「このメスを下種なことに使うことがないようにはしたいけれど」
「と言いつつ、いつもしっかり使って帰ってくるじゃないですか」
「使える機会は逃がしたくないんですもの。いつ見ても社長特製メスの出来のいいこと」

大蛇森は一つ息を吐いてから引き出しからカードを出した。

「ではこれが身分証です」
「中に入らなければならないなら、相原さんをお借りしようかしら」
「なんでですか、あのちんちくりんを?!」
「ええ。彼女がいると皆さんそちらに気を取られてうまい具合にいくんです」
「勝手にしてください。失敗しても私の責任はありませんからね」

智子はにっこり笑うと、さっと出て行った。


 * * *

「えー、出張ですか?いいんですか、あたしで」

ちなみに相原の所属は一応広報部だ。
広報らしい仕事とは何か、から尋ねないといけないくらい多彩な仕事を請け負っている。
総務部ではだめなのかと何度か問い合わせたが、とりあえず広報にいてくれと総務部の部長に泣きつかれたと広報部の部長は言う。
とにかく、何か雑用…いや、相原のできそうな仕事が回ってくると請け負う形なので、突然の出張もありだ。

「ええ、ぜひ。琴子さんとのお仕事ならうまくいきそうなので」

総務部の天使と名高い智子に頼まれれば悪い気はしない。

「その代わり、初めて行く企業なので提案前に門前払いを食らう可能性もありますけど」
「大丈夫です。根性だけはあるので」
「もちろん事前アポは入れてあるんですが、分野が違うのできちんとお話を聞いてくださるかどうか」

智子はにっこりと笑った。

「頑張ります!」

というわけで、智子は相原を連れて例の企業へと向かったのだった。


アポイントメントを入れているとは言っても、相手に聞く気がなければ何かと待たされるし、時間が取れなくなったとかで資料だけ預けてくれなどという残念な結果にもなりやすい。

「ちょっとお手洗いに行ってくるわね」

そう言って智子はロビーから姿を消した。
不安そうにちらりと相原が智子の後姿を見たが、どちらにしてもまだ待たされそうな気配にこぶしを握って「あたしがしっかりしなくては」と何やら決意を新たにした様子がうかがえた。
張り切れば張り切るほどろくな結果にはならないが、そこは相原マジックの凄いところで、最終的にはなんだか収まるべきところに収まるのだ。
もちろん同行者の多大なる焦りと心配と恐怖も伴う。
声を大にして言うが、成功の裏には数多くの失敗もあるものなのだ。

智子が企業のセキュリティチェックを通過する頃には大蛇森の仕掛けは動いていて、智子は楽に企業の奥深くに侵入が可能だった。
事前情報通り、ネットセキュリティ関連の部署を扱うフロアに向かい、目標人物を見つけた。
まさか企業を揺るがすセキュリティ攻撃を自社内で行っているとは、という感じだ。
さほども面白くなさそうな顔でパソコンに向かっている。
手だけは熱心にキーボードの上を動いているが、時々舌打ちするなどすこぶる機嫌は悪そうだ。

「…あらあら、ご機嫌斜めのようですねぇ」

突然声をかけられたその社員びくりとして固まった。
頬に冷たい何かを押し付けられているのがわかった。動かなくてよかったというべきか。

「だ、誰だ」
「あらまあ、誰だかわからないと?」
「どうやってここまで」
「そんなの」

智子がふふっと笑う。

「あなたがやっていることと同じですよ」

その社員はようやく自分の頬に当てられたものを知った。
やたらとパソコンの画面に反射していたそれは、一般人が持っていていいものだろうかという疑問のために、まさかそれとは思わなかったのだ。

「メ、メス…?」
「正解」

すぐに椅子から立ち上がろうとしたが、肩をやんわりと押さえられて動けない。
見た目か弱そうなかわいらしい女性の力を振り払えなくて社員は驚いていた。

「動いちゃイヤですよ。手元が狂うじゃないですか」
「え、あ…は、放せ」

放せとは言ったものの、自力で動けないのは何故だろうと頭が混乱していた。

「一応言っておきますけど、危ないので動かないでくださいね」

どちらにしても、何故ここに見慣れない人がいるのだろうとチラ見したが、それよりもこのパソコン画面を見られる方がまずいのかと焦る。
いや、一般人はこの画面を見てもわからないだろうと侮った。

「弊社への攻撃をやめない限り、あなたはここを動けませんよ」
「どう…。は、まさかパンダ…」
「パンダがどうかしましたか?それより、どこに攻撃してるですって?」
「し、知らない」
「残念ながら私の名前はパンダではないのです。ごめんなさいね、パンダ好きの企業さん」
「何を言って」
「あ、終わったようですよ」
「え?あ?」

目の前にあるパソコンの画面が勝手にスクロールし始める。
触っていないのに勝手に文字が刻まれていく。
そのコードはまさか、と思っているうちに最後の文字が…。

「うわああああ」

…システムがダウンした。

「脅されたと訴えるぞ!」
「誰に?」
「おまえにだ!」
「そんな証拠がどこに?」
「この部屋はカメラで…」
「それって、これのこと?」

智子がスマホの画面を見せると、そこにはこの部屋の中に連れ込まれる智子の映像が映し出された。

「なんでそんな映像が!」
「さあ?作られた映像であっても、事実と組み合わせれば真実になるんですよ」
「嘘じゃねぇか!」
「ひどい。せーの、きゃああああ!」

そう叫んで智子は部屋を飛び出した。

「ちょ、何叫んで…」

やっと自由になった社員が、出て行った智子を追いかける前にパソコン画面を見てがっくりと項垂れた。
あの女を追いかけなければと部屋の外に出ると、廊下の端から怖い顔をした警備員が駆け寄ってくるのが見えた。

「あなたですか」
「何が?」
「営業に訪れた女性を連れ込もうとしたのは」
「何言って…あ…!あれは嘘だ!フェイク画像だよ!」
「心あたりがあるんですね」
「ない!そんなものない!」

社員がわめくが、状況はかなり不利だ。
侵入したのは明らかに智子のほうなのだが、何せ表向きは営業で訪問してきただけの別会社の社員だ。
そして何故だか知らないが、システムをダウンさせるほどの何者かがいる。
もちろん社員自身も他会社のシステムに侵入しようとしていたことは棚上げだ。
智子は警備員の後ろで顔を強張らせているが、それが嘘なら見事な演技だった。

「ちょ、おれは関係ない!」
「関係ないかどうか、あちらでお話を」

騒いでいるうちに他の社員までもが何事かと集まってくる。

「小倉さん!」

野次馬のごとく集まってきた中に智子を呼ぶ声があった。
智子は(別の意味で)うれしさのあまり琴子を振り返ったのだった。

(2025/11/14)

To be continued.