ドクターNのお見合い3
「先生、お見合いするんですって?」
そう言ってこそっと近寄ってきたのは、見合い相手がこの半分でも美貌があればと思わせる桔梗幹だった。
「どこからその話を?」
「安心してください。まだこの話は出回ってませんから。
教授が独り言言いながら歩いていたのに遭遇したんですよ」
…他の誰かが聞いていてもおかしくないじゃないか。
彼はその噂の広がり具合を気にした。
「いや、誤解しないでくれたまえ。
お見合いではなく、レディ教育ね」
「レディ教育?」
「そうだ。見合い相手ではなく、彼女がどこに出しても恥ずかしくない女性に仕上げるためのね。だから僕で男慣れしておこうというわけだよ。何せ僕はこれでも一応紳士的で通っているからね」
「紳士的かはともかく、男慣れしすぎても困るんじゃないんですか」
「それは僕の知ったことではな…うん…いや、あまりにも男に対して怖がってしまって、見合いどころじゃないのでね」
「…そうなんですか」
桔梗幹は少しだけ首を傾げて疑わしそうに彼を見たが、彼は「そうなんだよ」と自信満々にうなずいて見せた。
「ところで、その見合い相手、じゃなくてレディ教育をするお嬢様は、美人なんですか?」
「美人かどうかはレディ教育には関係ないと思うが?」
「……ああ、そうですか」
桔梗幹はそう言って「それじゃ」と去っていった。外科のナースステーションは目の前だった。
「あー、入江は社長の坊ちゃんだったよな。見合いの相手は多かったんじゃないの?」
彼も外科のナースステーションに寄り、受け持ち患者のチェックをしながら例の生意気な後輩の奥方にそう探りを入れると、なぜか自信満々に答えた。
「それがですねー、入江くんのお義母さまがあたしを気に入ってくださって、数あったお話も全部お義母さまが断ってたんですって」
「ああ、あのパワフルなご母堂ね」
「だから、入江くんがしたお見合いはあの沙穂子さんだけなんです」
うっと、彼は古傷をえぐられたように黙り込んだ。
聞くんじゃなかったと思いながら。
(作者注:前作『ドクターNの婚活』参照)
彼はさっさとカルテを片付け、そのまま医局へと逃れた。
医局では、教授が待ち構えたように彼を呼びつけた。
一応周りには誰もいないことを確認してるから、教授もあらぬうわさに関しては気にしているらしい。
「今度の日曜日は確か休みだったね」
「…はあ」
「早速だが、ここへ行ってくれたまえ」
そう言って教授が手渡したのは、なかなかよい中庭があるというBホテルのパンフレットだった。
うーん、ますますお見合いっぽくなってきたぞと思いながら、彼はパンフレットを見た。
「ここは例の彼女の祖父が顧問取締役をしていてね…」
教授の話は長く続くが、要はBホテルに行って例の彼女と話をして来いと言いたいらしい。
しかし他には誰も来ず、彼女一人だと言うからひとまずは安心だ。
「彼女は逃げ出さずに来るんでしょうかね」
最後にそう聞くと、教授は「必ず行かせるよ」と請け負った。
かくして、彼は次の日曜にお見合いのための練習に付き合わされることとなったのだった。
(2012/06/27)