イタkiss梅雨祭り2012企画拍手御礼話



ドクターNのお見合い7



「お、おまっ」

彼は思わず指を指して言った。

「何でいるんだっ」
「用を足しに来たんですが。当然でしょ」
「わざわざ今来ることないだろう」
「あなたのストーカーしてるわけじゃありませんから」
「とにかく、今おまえとは無関係でいたいんだよ」
「…今じゃなくても無関係でいたいですけどね」
「あのご母堂を見た時から嫌な感じがしたんだ」
「この茶店に来たときから嫌な感じはしましたけどね」
「いいじゃないか、おまえはっ。可愛い琴子ちゃんと一緒で」
「ふーん、一緒に来た相手が可愛くない、とでも?」
「そ、そ、そんなことは言ってないっ」

彼が興奮してしゃべる様子を淡々と眺めているのは、紛れもないあの生意気な後輩だった。
隣から聞こえた声に聞き覚えがあったものの、顔を見たわけではなかったので、聞こえなかった振りもしたというのに、こんなところでばったり会ってしまっては、自分の記憶を誤魔化すこともできない。
何せ彼にとって天敵のような後輩なのだ。

彼は、いや待て落ち着け、と自分に言い聞かせながら彼女の待っている個室へ戻ることにした。
そう、ここは個室の茶店なのだ。
個室にこもってさえいれば、誰と顔を合わせることもない。
彼が個室に戻ろうとすると隣から陽気な声が聞こえてきた。

「あ、入江くん、お義母さんがね、西垣先生がいたって」
「…ああ」

そこで否定しろよ!と彼は顔が引きつる思いで隣の音に耳を済ませた。
しかし、先ほどもそうだったが、隣の声が明確に聞こえたのは扉が開いたときだけで、壁を通してはいくらも聞こえない造りになっている。
さすが個室を設けるだけある高級茶店だ。
隣の連中がいったい何をしにここへ来たのかは知らないが、ここは徹底して関わり合いにならないようにするのが肝心だ。
彼は隣に耳を済ませたままふと横を見ると、こちらの様子を窺っている彼女の姿があった。
こんなに目立つのにすっかり忘れていた、と彼は愛想笑いをした。

「えーと、凪子さんは顔のいい男は嫌いですか」

唐突だったが、ここは軌道修正しようと彼は肝心な質問をした。
今日の目的は、彼女が少しでも不細工な男と結婚しないようにもう少し積極性を持たせることだった。
彼女が不細工な男が好きなのかどうかははっきりと聞いていないので、ここはちゃんと確かめることが必要だと思い直したのだ。

「…気後れしてしまって」
「ということは、別に顔のいい男は嫌いではない、ということですね。
それでは、僕のような男はやはり苦手ですか」

彼は自分が不細工には入るまいと思っての質問だったが、彼女は黙したまま否定も肯定もしなかった。

ちょっと、待て。
彼女の基準では僕は不細工に入るということなのか、普通に入るのか。
即座に否定しないところを見ると、彼女の中ではイケメンに入っていない?
もしかして山のように理想が高いのか?

「えーと、それでは、あなたを好きという男がいたら、不細工でもイケメンでも構わない、と?」

これにも答えない。
ただ単に不細工が好きなわけじゃなく、ごく普通にイケメンが好きだということか?
彼は彼女を見てうーんとまた唸った。
今日は唸ってばかりだが、彼の想像の範囲を超えるのだから仕方がない。

「頭の良い方が好きです」
「ははあ、なるほど」

顔の造作はともかく、頭が良くないといけないわけか、と彼は納得した。
確かに会話だけでは真に頭が良いかどうかはわかるまい。
これはなかなかかえって難しいかもしれない。

「そうですね、あなたのおじいさまやお父様がどれほどの会社の規模か詳しく知らされておりませんが、頭の良い方でないと会社は継げませんよね、なるほど」

彼は意外にちゃんと考えているじゃないかと彼女を見直した。
しかし、これでは政略結婚への道まっしぐらじゃないかと少し気の毒に思った。

「しかし、それではやはりお見合いをして、それなりの家柄と頭の良い男を探す外ないですね」

彼女の財力を持ってすれば、お見合いなど簡単に決まりそうなんだが、と彼は目の前の彼女を見た。
…いや、難しいか?

気がつくと、時計はお迎えの時間まで1時間を切っていた。
あれほど手持ち無沙汰だった時間だが、こうなってみると意外に早く感じる。

「僕がお見合い相手だったら良かったんでしょうが、残念ながら僕には医師という大事な仕事がありますし、最初から凪子さんにお見合いのハウツーをということでしたからねぇ」

彼女の視線が彼ではなく、横を向いていた。
彼もつられて横を向いてみると、先ほどしっかり閉めなかったらしい扉の隙間から、目が四つのぞいていた…。

(2012/07/30)