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湖は、さほど広くもなく小さくもなく、それでも水遊びをしたりボートを浮かべるには十分な大きさだった。
深さはどうだろうと琴子が覗き込んだとき、直樹がぎょっとしたように琴子の腕を引いた。
「え、何?」
「…落ちるだろ」
「…ありがとう。でも大丈夫だよ、ここ浅そうだから」
「おまえの大丈夫は大丈夫じゃねぇよ。大丈夫じゃなかったときに巻き込まれるのはごめんだ」
直樹の言葉を聞いて顔を赤らめた琴子だったが、心底嫌そうに言われた言葉を聞いて少し頬を膨らませた。
それでも、手を引いて心配してくれたことを考えると、膨らませた頬もやがて微笑みに変わったのだった。
ぶらぶらと何もすることなく湖の周りに作られた道を歩いていた二人だったが、琴子はあちらこちらを指差して「あんなところに珍しい鳥がいる!」とか「見て見て、魚が跳ねた!」などと話しかけ、直樹にことごとく無視されていた。それでも琴子は構うことなくいつものように直樹の後をついて歩いたのだった。
やがてちょうど別荘から反対側にあたる場所まで来たとき、何やら石碑のようなものを見つけた。
「何だろう、これ」
さすがに直樹も眉をひそめてその石碑を見た。
古くて字もかすれかかり、はっきりとは読めないが、どうやら何かの記念碑だと思われた。
「ねえ、もしかしてこれって、動かしたら祟りがあるとかいうやつ?」
「一体何の話をしてるんだ」
「だって、どう見ても古そうだし、あたしがこの間読んだ漫画では何かの封印か何かで動かしたところから何かが出てきて、それで主人公が…」
「漫画と一緒にするな」
「だって、そういうことももしかしたらあるかもしれないじゃない」
「じゃあ、動かしてみれば」
「ええっ、入江くん、あたしの話聞いてた?動かしたら呪われちゃうんだよ」
いつの間に呪われる話になったのか、この石碑がその封印の類かどうかも全くわかっていないのに、琴子の思考は既にホラーだった。
「ふん、バカバカしい」
と言って直樹がその石碑に手をかけたときだった。
「たーたーりーじゃ〜〜〜〜〜〜〜!」
「きゃーーーーーー!!」
直樹はむしろ琴子の声に驚いて、うっかり石碑をぐらつかせた。
「い、入江くん!」
しがみつかれてよく見ると、直樹と琴子が歩いていた小道の脇の草むらから老婆(としか言いようのない高齢の女性)が例のセリフを言って現れたのだった。
直樹は心の中で密かにそれは八つ墓村だと突っ込みながらその老婆を見た。
「その石は…」
「い、石は…?」
琴子がごくりと息を飲んで次の言葉を待った。
「ばあさま〜」
少し遠くから誰かを呼ぶ声がした。
「おっと、見つかってしもうた」
老婆はそう言うと、またがさごそと草むらを掻き分けて戻っていった。
その数秒後に再び草むらが掻き分けられ、一人の青年が姿を見せた。
「あ、あれ?ばあさま、じゃない」
琴子は突然現れた青年に一瞬目を奪われた。
「お、おばあさんなら、先ほど戻っていかれましたよ」
「あ、そうですか。すみません。え、えーと、この辺じゃ見かけない方ですよね」
青年は直樹と琴子をじっと見て言った。
「はい。さっきあちらの別荘に着いたばかりで」
琴子が答えると、青年は少しだけ顔を曇らせた。
「…ああ、あそこですか」
「何か?」
直樹が問うと、青年は首を振って「いいえ、豪華なあの別荘に買い手がついたんだなーと思って」と慌てて言った。
「いい夏を。またお会いしましたらよろしく」
そう言って青年も戻っていった。
琴子は青年が立ち去った後をぼんやりと眺めて息を吐いた。
「すっごいかっこいい人」
「へー、良かったじゃん。好みの男がいて」
「や、違うの、そういう意味じゃなくてっ。入江くんが一番かっこいいと思ってるし、入江くんが一番好きだもの」
「…あー、そう。どうでもいいけど」
そう言うと、二人はまた湖にそって歩き出した。
琴子は、先ほど直樹が触った石碑を少しだけ気にして振り返ったが、直樹がさっさと歩いていってしまうので、慌てて後を追いかけることになった。
(2011/07/11)
To be continued.