悪戯奇譚




湖を一周すると、それなりに時間も過ぎ、程よく陽も傾いてきた。
いくら山奥とはいえ、日射しがあれば暑い。
帽子をかぶらずに歩いていた直樹は少々うんざりしていた。
もっといい近道はないかと辺りを見回してみたが、湖の周り以外の道はほとんどなく、あっても草むらを掻き分けていくような獣道だろうと思われた。
先ほどまではうるさく何事か話していた琴子も、先ほど会った老婆や青年のインパクトが強かったのか、ただ黙々と直樹の後ろを歩いていた。そのせいで余計に気が滅入るのじゃないだろうかと直樹は思った。
案外バカのしゃべりも役に立つものなかもしれない、と。
先ほどまでおしゃべりのせいで疲れると散々言われていた琴子は、そう言われて怯んだわけではなかったが、どうしても先ほどの石碑とおばあさんと青年が気になっていて、結果として黙って歩いていた。

「ねえ、入江くん。さっきの石碑、触ったときに少しだけ動いたわよね」
「さあね」
「動いたわよ」
「知らねぇよ。動いたから何があるって?」
「えーと、それは…そう、たたりよ、たたり!」
「…そうそう簡単に祟りが起きてたまるか」
「あら、世の中にはわからないことなんてたくさんあるんだから」
「そりゃおまえだったらわからないことだらけだよな」
「もう、真面目に言ってるのに」
そう言ってむくれた琴子だったが、間もなく別荘に帰り着いたので、その話はそれっきりになってしまった。

「ただいま〜」
琴子の声が響き、LDKにあたる入り口のドアを開けるとすぐにいい匂いがした。
「琴子ちゃん、暑かったでしょう。飲み物を用意したから運んでちょうだい」
「はあい」
琴子は帽子を取って入り口近くのフックにかけると、キッチンに用意された冷たいアイスティーとグラスをダイニングのテーブルまで運んだ。
「はい、入江くん」
何よりも一番暑そうだった直樹に最初に手渡しすると、直樹は物も言わずに一気に飲み干した。
重樹は置かれた椅子に座ってのんびりと外を眺めている。
「はい、おじさん」
窓際の椅子まで運ぶと「ありがとうね、琴子ちゃん」と笑顔でアイスティーを受け取った。
「裕樹くんは?」
琴子がそう問うと、紀子はのんびりと答えた。
「あら、外にいなかった?」
「ええ、見ませんでした」
「そう。湖に落ちてなきゃいいけど」
そう言って笑っている。
琴子がダイニングの椅子に座ってアイスティーを口にしたときだった。

「ママ!ママ!」

そう言って入り口から血相を変えた裕樹が入ってきた。
「あら、裕樹、おかえりなさい。手を洗っていらっしゃい」
「出た!」
「まあ、何が?」
紀子はあくまでのんびりとしている。
「出たんだよ、変な動物が!」

「変な動物?!」

裕樹の言葉に一同は声をそろえて言った。
「そう、サルなのにトラ模様で尻尾はヘビなやつ」
直樹はそれを聞いて何かを悟ったが、あえて口に出さなかった。
犬神家に八つ墓村に悪霊島かよ…と一人突っ込み、なんだかおかしいと思い始めていた。

「そう言えば…さっきから外を見ていたんだが、湖の近くを何か動物が通っていったような気がしたなぁ」
のんびりと重樹が言った。
「パパ、それだよ、それ!絶対そうだよ」
興奮した裕樹は、琴子と目が合うと兄そっくりの意地悪顔で言った。
「怖いんだろ」
「え、怖くないわよ」
「顔が青ざめてるのに?」
「それはさっき『たたりだー』って叫ぶおばあさんがいたから…」
「…何それ」
「何かね、石碑があって、入江くんがそれ動かしちゃったの。たたりがあるかもしれないのに」
「お、お兄ちゃんが?」
逆に今度は裕樹が青ざめて問い返した。
「だから入江くんが呪われちゃったら困るじゃない」
「お兄ちゃん?!」
すがる様な目で裕樹は兄を見た。
直樹は内心バカバカしいと思いながらも弟を落ち着かせるために言った。
「たかが記念碑を触っただけで祟りなんてあるわけないだろ。そんなバカなことを思いつくのは琴子だけだ」
兄の言葉に裕樹は安堵の息を吐き、またもやふふんと琴子を見て言った。
「やっぱりね。そもそも祟りなんて非科学的なこと信じるのはバカな琴子くらいのもんだよね」
「バカバカ失礼ね、もう!裕樹くんの言ってる動物だってめちゃくちゃじゃない。そんな動物いるわけないんだから」
「僕のは本当だぞ!じゃあ、もしいたらどうするんだよ」
「わ、わかったわ。部屋を交換してあげるわよ」
「ふーん、本当だな。ママー、ビデオ貸してよー。それでばっちり撮ってやるから」
夏の日差しはまだまだ高く、夜が更けるにはまだ早かったが、どことなく気味の悪い感じが漂うのを琴子は感じざるを得なかった。

(2011/07/17)


To be continued.