Can you celebrate?




Side 琴子

「金ちゃん、ごめん。ごめんね、あたし…」

今言わなきゃ、一生金ちゃんとは友達に戻れない気がする。

「やっぱりあたし…入江くんが…」

その先を言わなきゃいけないのに、…言えなかった。

「…わかっとるわい」

金ちゃんがあたしの言葉を遮った。
入江くんに向かってこぶしを震わせる。

「琴子は6年間もおまえにほれとるんやから、おれが許すも許さんもないんや」
「そうだね」

…い、入江くん。

それはあまりにも早い返答で、さすがの金ちゃんも反論できなかった。

「入江!おまえ琴子を幸せにせなな、ほんまにほんまに許さへんで!
ちょぴっとでも泣かせてみい、いつでもオレが待機しとるさかいな」

金ちゃんの言葉にも入江くんはずっと目をそらさず、そして言ってくれた。

「ああ、わかったよ」

入江くんのその言葉を聞いて、やっと金ちゃんが許してくれた。
あたしはそう感じた。

「ありがとう、金ちゃん」

あたしは本当に心からそう思った。
金ちゃんにはいつも助けられてる。
金ちゃんはいいやつで、まだ元のように友達に戻るには時間がかかるかもしれないけど。
もちろんあたしの身勝手で、わがままだけど、きっとまた友達としてやっていける。
うつむいて何も言わない金ちゃんが心配だったけど、あたしは入江くんに押されるようにして店を出た。

入江くんと家までの道を歩きながら、あたしは夕日に長く伸びる入江くんの影を見ていた。
ちょっと前までは、こんな風に一緒に歩くことさえ難しかったのに。
入江くんの隣を歩くのが、沙穂子さんじゃなくてあたしでいいのかな。
今でもそう思う。

「あたしたち、いろんな人を傷つけちゃったね」
「そんなこと言ってたら何もできないだろ」
「そりゃそうだけど」

あたしの長く伸びる影だけが、入江くんの影に重なる。
ずっと、こんな風に歩けたらいいな。

「俺たちだってこの先、どうなるかわかんないんだから」

浮かれた先から入江くんは突き落とす。
相変わらず意地悪。

「俺たちが幸せになれば誰も文句は言わないよ」

伸びた二つの影が一つになって、あたしの唇には確かな証。

うん、そうだよね。

簡単に持ち上げられて、ジェットコースターのようなあたしの心。
大きな手が包み込んでくれたぬくもりをあたしはきっと忘れない。
すぐに家に着くのが惜しいくらいだった。



Side 直樹

柄にもなく琴子を慰める俺。
告白したあの夜から、全く周りが気にならないなんてどうかしている。
道端で軽くキス。
家までの距離を手をつないで歩く。
それさえもほのかな喜び。
他の誰かが泣こうが、琴子が泣かなければそれでいいとすら思う勝手さ。
そして触れることへの欲望。
今までにない感情に振り回されている俺だったが、それもいいと思えるようになった。
いつからこんなに俺自身が変わったのか不思議なくらいだ。

ところがその夜の夕食から、俺にとって悪夢のような日々となったのだった。

夕食はお祝いムードで乾杯なんかして、おやじたちは浮かれていた。
そこへおふくろの一言。

「あ、ちょっと、みんな、11月21日あけといてね」

皆はそれぞれ自分の予定を確認する。

「何かあったっけ、その日」

予定を確認したおやじがおふくろに聞いた。

「結婚式よ」

いったい誰がその次の言葉を想像しただろう。

「お兄ちゃんと琴子ちゃんの結婚式」

から揚げを運びながらにこやかにそう言った。
事態をすぐに把握できなかった俺たちは、一瞬の沈黙。
そして訪れる驚愕の事実。

「何ふざけたこと言ってんだ!」

二週間先の結婚式なんて誰が承諾できるってんだ。

「俺はまだそんなつもりはない。大学卒業してからって言っただろ!」

隣では琴子が青ざめていた。
おやじは脂汗をかいて今にも倒れそうだ。
裕樹は口を開けたまま何も言わない。
相原のおじさんは腰を抜かしたみたいだった。
おふくろは一人浮かれて言う。

「善は急げって言うじゃない。だって大学卒業までまだ随分先だし。それまでにお兄ちゃんの気持ち変わっちゃいやだし」

変わんねーよ!
変わんねーったら!!
大声で叫んでやればよかったのか?
実際はテーブルの端を握って怒りに震えるだけだった。
これから二週間先のスケジュールの確認で頭がいっぱいだったのもある。

「かっ、勝手に決めるなっ!!」

もちろんおふくろは俺の言葉なんて聞いてやしない。

「大変だったのよ、大安の日を取るの。パパの名前を使ってどうにかね。さすがパンダイよね〜」

こうなったら誰にも止められない。
段取りまで組んであるに違いない。
いったいいつの間にそこまで計画を進めたんだ。
昨日の今日だぞ?!

「エステ…ブライダルコース…、ウエディングドレス…。招待客リスト…引き出物…」

俺はくらくらする頭を抱えながらおふくろの言葉を聞いていた。
俺のことなんて絶対眼中にない。
会社のスケジュールもまだ立ち直ってない業績のことも何にも考えてないに違いない。

おふくろのエネルギーの全てをぶつけられて、琴子もさすがに呆然としたままおふくろのこれからの計画を聞いている。

誰でもいい、頼むから、この計画を止めてくれ…。



Side 琴子

おばさんの一言でお祝いムードの夕食は一転してしまった。
確かにおめでたい話なんだけど、入江くんは凄く怒ってるし、あたしも含めて皆驚き過ぎて声も出ないくらい。
明日はエステのブライダルコースに行って、式場でウエディングドレスを選んで、引き出物を決めるんだって。
入江くんは「勝手にしろっ」って、ご飯もそこそこに席を立って部屋にこもってしまった。
あたしはそれが気になって気になって、夕飯の後で入江くんの部屋に行くことにした。

「入江くん?」

部屋の前で声をかけると、入江くんが部屋のドアを開けてくれた。

「…何」

その冷たい言い方に、あたしは入江くんの怒りを感じてしまって、続きの言葉が出てこなかった。

「おやじは何て言ってた?」
「おじさんは、仕方がないって。無理に式場を空けてもらったんだから、使わないとパンダイに迷惑がかかるって」
「…やっぱりな」

ため息をつく入江くんの顔が見られなくて、ずっとうつむいていた。
夕方、手をつないで帰ってきたことなんて嘘みたい。

「おまえはいいのかよ、それで」
「あ、あたし?」

あたしはやっと顔を上げた。
まともに入江くんを見上げたら、真っ直ぐ見下ろす入江くんが怖かった。
結婚式って聞いて、少しだけ浮かれたあたしの心を見透かされたようで。

「あたしは…でも、おばさんがもういろいろ進めちゃってるし」
「おまえがいいならいいけど、嫌なら言えよ。いくらなんでも昨日の今日で結婚なんかできねぇだろ」
「嫌…ではないけど。だって、入江くんとだし」

そう、そうよね、相手は入江くんなんだし。

「ふーん、結婚してもいいってことは、今から俺と寝ても構わないってこと?」

ね、寝てもって、ええっ?!
入江くんが?あたしと?

「え、だ、誰もそんなこと言ってなっ…」

入江くんが好きって言ってくれたってことは、いずれそうなることもあるってわけで。
結婚って言ったら、そうなっても不思議じゃないのよね。
って、ええ?!本当に?
あたしは急に言われて心の準備が全くできていなかった。
だって、キ、キスでさえ嘘みたいなのに。

「どちらでもいいけど、二週間で当分の間の仕事を片付けるんだから邪魔するなよ」

ため息をつきながら入江くんはそう言ってドアを閉めた。

結局、入江くんは結婚したくないの?
怒ってるだけなの?どっち?
昨日の今日で結婚なんかできないのは誰?
あたしの疑問は結婚式まで解かれることはなかった。
だってその夜から後、本当にお互い忙しくて、入江くんの顔をまともに見たのは結婚式の式場だったから。


(2007/01/06)


To be continued.