Can you celebrate?




Side 直樹

いずれ結婚したいとは言ったが、誰が今すぐ結婚するって言った?
計画するにしても何て無茶な。
二週間後だと?
そんな無茶な結婚式だろうと、琴子が結婚式を嫌がるはずはない。
そんなことはわかっていた。
半分脅し、半分本気で琴子に今すぐ俺と寝るかと話をふってみた。
案の定結婚式にだけ目を奪われて、そのほかに付属する諸々のことは何も考えていない。
あまりにもあからさまに驚いて逃げるので、俺はため息をついて仕事に打ち込むことにした。
次の日から、スケジュールを全て詰め込んだ。
余計なことを考えなくていいように。そして、琴子が望むなら、と
二週間後の結婚式のスケジュールが空くように。


具体的にどれを会社再生の糸口に持ってくるかは、いまだ決められない。
本当はもっと何か違う形で会社内外に見せつけなければと思っている。
あと二週間では絶対に無理だ。
それはわかってる。
だからせめて、二週間後に俺がいなくても会社が動いていけるようにしなくてはならない。
きっとのん気なおふくろはわかってやしない。
会社はずっと変わらずにあるもんだと思っている。


俺は朝早く会社に行き、夜は遅くに帰宅する。
それもこれも全部二週間後のためだ。
時々琴子が何か言いたげな顔をしていることもある。
おふくろは俺の態度が気に入らなかったのか、まるで琴子を俺に寄せ付けない。
遅くまで起きている琴子と話をしようにも、美容に悪いといって部屋に連れ帰る。
朝早く起きた琴子に美容にいい体操だと言って連れ去る。
俺の電話の全ては秘書に回され、自分で電話をかける暇もない。
全てのスケジュールは二週間後の予定を空にするために動いており、俺の手には常に書類。ボールペンに万年筆、もしくは電話。
会社にいる間の俺の頭脳は、琴子を思いだす暇さえ作れない。
俺のそばには常に秘書か社員がいて、聖徳太子のごとく常に誰かの話を聞いているか返事をしている。
家に帰っても琴子は部屋の中で眠っているか、おふくろに連れ出される後姿だったりする。

そんなある日、部屋の机の上に置かれた包みに気がついた。
控えめなそれはまるで送り主とは正反対の慎ましさ。

『今年はプレゼントの準備が間に合わなくて、こんなものでごめんなさい』

そんなカードとともにネクタイがひとつ。
琴子が選んだにしてはすっきりとした色合いのものだった。
でも、俺がこのネクタイをしているところはきっと見ていない。
それほど、時間が合わなかったから。


結婚式まであと3日というとき、俺はかなり限界を感じていた。
仕事に対する限界というより、おそらく琴子と話せない限界。
琴子の顔をまともに見ていない限界とでも言うべきか。
琴子のほうでもそれは同じらしく、エステに行っているにもかかわらず、妙に疲れた顔をしていた。
その日の朝、洗面所に行くと琴子が出てきた。

「お、おはよう、入江くん」
「…おはよ」
「えーと、仕事忙しい?い、忙しいよね。いつも夜遅いし、朝も早いし。
あ、あたしも何だか大学休んでたりしてるけど、毎日いろんなところに行ったりしてるの」

ここぞとばかりに一所懸命に話している琴子を見ていると、俺は妙な気分になってきた。
一緒の家に住んでいるのにこの会話はなんだ?
実際あれから10日は経っている。
5分以上琴子と話した覚えもない。
それに早口でうつむきがちにしゃべり続ける。

「入江くんの衣装、おばさんが決めちゃったんだけど、見た?タキシードでね、凄くかっこいいの。
それからね、新婚旅行なんだけど、前にクイズでとったハワイ旅行、あれがあるからって…。
あ、仕事忙しいのに、旅行なんて行けるのかな?
あたし、少ししゃべりすぎ…?」

俺はそれに答えず洗面所のドアを開け、琴子の手を引っ張った。
洗面所の壁に琴子を押し付け、黙ったまま口づける。
琴子は目を見開いて前方にある鏡を見た。
そこには俺が琴子に強引に口づける姿が映っていて、琴子は真っ赤になって慌てて目を閉じた。

「琴子!おまえいつまで洗面所使って……あ…」

乱暴に洗面所のドアが開いて、もう一度閉まった。
俺は笑い出しそうになり、琴子を離すと洗面所を出て行った。
まだ当分洗面所は使えそうにないので、先に朝食にすることにした。



Side 琴子

「琴子ちゃん、ここのエステは凄くいいらしいから」

そう言っておばさんに連れられていったエステサロンは、超有名で芸能人もご用達のところだった。

「おばさん、あたしこんな高そうなところに…」
「何言ってるの。一生に一度の晴れ姿に高いも何もないわ!」
「え、でも」
「琴子ちゃんがより美しくなるためですもの」

背中といわず胸や足の隅々まで、これから毎日磨かれることになった。

「お嬢様は色が白くて肌もとてもきれいですよ」

そんな風に言われてまんざらでもなかった。

「そうでしょう、琴子ちゃんはうちのかわいい嫁になるんですよ。
あの冷たいお兄ちゃんの心を溶かすなんて、本当に琴子ちゃんたらさすがよ。
ぜひそのきれいな肌を早くお兄ちゃんにも見せて、孫の顔を見せてちょうだいね」

そんなことまで言われてしまって、あたしは本当にそのときが来るんだろうかと心配になった。
だって、あの入江くんよ?
それでもあたしはせっせとエステに通った。
だってあの入江くんがあたしを好きだって言って、あろうことか冗談じゃなくキスまでしてくれて、俺と寝るかとまで言ってくれたのよ。
おまけにいまだCカップになんてなってないし。
せめてきれいにならなきゃ申し訳ないじゃない。


ドレスを決めるときもあたしはその値段の高さに目を回した。

「一十百…。えー、1時間しか着ないのに、こんなにするの?!」
「何言ってるのよ、琴子ちゃん。琴子ちゃんの気に入るのをどれでも選んでいいのよ?一番似合うのにしなきゃね。
あ、これなんてどう?」
「でも、これ、150万って…、おばさん、あたしそんな…」
「まあ、琴子ちゃん。私のことは今度からお義母さんって呼んでちょうだい」
「え、えっと、お義母さん…?」
「まあぁぁ!うれしいわ。やっと私の娘になるのねぇ」

こんな調子でドレスは決まった。
他のカップルらしき人たちが、お嫁さんになる人のドレスを男の人が一緒に選んでいたりするのを見ると、少しだけうらやましかった。
ううん、でも入江くんは本当に忙しそうだもの。
それにきっとまだ怒ってる。
こんな風にどんどん進めちゃっていいのかな。
引き出物のコーナーをうろつきながら、あたしはこっそりため息をついた。


入江くんには本当に会えなかった。
朝早くから夜遅くまで仕事ばかりで、帰って来たことすらよくわからなかった。
それでも話がしたくて頑張って待ってたりしたけど、美容に悪いからって言われたりして、入江くんの顔さえゆっくり見られなかった。
本当は話したくて、顔が見たくて、時々は会社の近くまで行ったりした。もちろん入江くんが偶然に出てくるなんてことなかったけど。
入江くんの誕生日もお祝いしたかったのに、入江くん本人はその日、帰ってくるのがいつになるかどうかさえわからなかった。
おばさんはもうお祝いする気も失せたと言って、ごく普通の食卓に。
プレゼントの用意もまともにできず、入江くんの部屋の机の上にそっと置いた包みは気づいてくれたかなぁ。

だから、久しぶりに入江くんと会話ができたそのとき、あたしは随分と早口で話しかけていた。
本当はどれもたいして大事な話でもなかったけど、今まで話せなかった分を全て聞いて欲しくて、あれもこれもと思いつくまましゃべった。
入江くんは何も言わずに黙って聞いてくれていたけど、少しため息をついた。
やっぱりつまらなかったかな。
そう思ったとき、あたしの目にはとんでもないものが映っていた。

洗面所から出たはずのあたしの身体は再び洗面所の壁に。
目の前にある鏡には、入江くんに突然キスされて驚いているあたしの顔。
と、とても見ていられない。
あたしは慌てて目を閉じた。
そのとき、洗面所を乱暴に開けて怒鳴る裕樹くんの声。
その声は明らかに途中で見てはいけないものを見た、という感じで途切れて、もう一度ドアの閉まる音。
…絶対見られた。
頭に血が上ってくらくらするし、足に力が入らない感じがする。
入江くんは黙ったまま洗面所を出て行った。
ずるずるとその場に座り込みながら、あたしは顔のほてりが冷めるのを待っていた。
入江くんが……えーっ。
あたしはまたキスの回数のカウントを一つ入れた。


(2007/01/07)


To be continued.