Can you celebrate?




Side 直樹

結婚式の詳しい話を聞いたのは、当日の朝だった。

「あ、お兄ちゃん、今日は10時からお式だから」

ちょっと待て。
俺は一応主役じゃないのか?
朝一番で起きだした俺におふくろは言った。

「だって、お兄ちゃんたら昨日も遅かったじゃない」
「誰のせいだとっ…」
「あら、琴子ちゃん、おはよう。さぁ、支度ができたら出かけるわよ」

相変わらず聞いてやしない…。

「…もう行くのか」
「当たり前じゃない。花嫁は支度が大変なのよ。
あ、お兄ちゃんは式の1時間も前に来ていれば十分だから」
「い、入江くん、また後でね」
「…ああ」

寝不足でボーっとしている間に、おふくろは琴子を引っ張って行ってしまった。
式までの間に最終確認をしておこうと、書斎へ書類を取りに行くことにした。
おふくろと琴子が朝一番で出かけた食卓では、皆が黙々と朝食を食べていた。

「きょ、今日は楽しみだなぁ」

おやじがとってつけたようなセリフで言った。

「琴子のやつドレス踏んで転んだりしてな」

相原のおじさんが少し感慨深げに言った。
ああ、今日からはお義父さんだな。

「お兄ちゃん。お兄ちゃんはまだ行かなくていいの?」

ずっと書類を離さない俺に、裕樹は言った。

「一度会社に行ってくる」
「お、おい、直樹、何もこんな日に会社に行かなくても」
「どうせ明日からは行きたくても行けないんだ。今のうちに処理しておかないと困るんだよ。
ごちそうさま」

俺は捨てセリフのようにそう言って、そろそろ来るはずのハイヤーを待ちがてら、玄関先で準備をした。



「直樹さま、今日は…結婚式では?」

休日にもかかわらず、結構出勤している社員がいるのに驚いた。
そのうちの一人が俺に言う。

「そうです」
「い、いいんですか?」
「あと1時間もしたら行きますよ」
「そうですか…」
「昨日頼んだ企画書をお願いします」
「は、はい」

今日は秘書も重役も全て結婚披露宴に来るはずなので、その顔ぶれは見かけない。
海外事業部の社員は眠そうに帰り支度を始めている。
せかせかと営業部の連中がお得意さまの休日周りに出かける準備をしている。
そんな空気の中、今日結婚式をのん気に挙げる俺は、まだ回復していない業績の報告書を片手に何をやっているのだろう。
誰もいない社長室で、わざと大げさにため息をついてみた。



Side 琴子

あたしは毎日エステに行って、式場に行って、家で美容にいいって言うことをいろいろ試していた。
毎日くたくたで夜は早く寝てしまい、二週間なんてあっという間だった。
招待状をもらった面々は、驚いて電話をかけてきた。
もちろん理美とじんこには先に報告していたけど、忙しくてゆっくり会えなくて、一度報告のためにお茶をしただけだった。
松本姉はぶつぶつ文句を言いながらも出席してくれるようだったし、須藤先輩はまるで自分が取り持ったような言い方だった。
金ちゃんは…。
金ちゃんにも招待状を出したけど、返事は来なかった。
それでもお父さんとおばさんと相談して、出席してもしなくても金ちゃんの席を設けることにした。
お父さんのお仕事の関係の人たちの席のひとつに、その席は設けられた。
本当は理美やじんこたちと一緒にしようか迷ったのだけど。
いりちゃんおじさんの関係で、披露宴の会場は一番広いところで、出席者も膨大な人数だった。
もちろんあまりに急だったので、出席できる人も限られているのだけど、その中にあの北栄社の大泉会長も含まれていた。
一応報告したら、ぜひ出席させて欲しいと言ったのだと言う。
少しだけ胸がちくりと痛んだ。
もしかしたら、あたしが沙穂子さんの立場だったかもしれないのにって。
…ううん、もう考えない。
だって、あたしが幸せにならなきゃ、沙穂子さんに悪いもの。


 * * * 


結婚式当日は、晴れ渡ったいい空だった。
朝早く、あたしは式場の控え室へと向かった。
髪やメイク、衣装の着付けにとんでもなく時間がかかることを初めて知った。
ドレスだからまだましだったけど、同じ時間で神前式の人は、なんと3時間前には準備を始めているらしい。
よ、よかった、ドレスで。
心臓はその間もどきどき。
だって、自分の結婚式だなんて、今でも信じられない。
あたし、何をしたらいいの?
どうしたらいいの?
言われるまま着替えて、言われるまま連れられて、言われるまま式の時間までずっと座っていることになった。
途中式で行うことをもう一度係の人から聞かされたけど、もう頭になんか入んない。
手と足が一緒に出そう。
何か変なこと口走りそう。

「きれーーー!きれーよ、琴子ちゃん。私の娘、琴子ちゃん」

控え室で皆が来るのを待っていると、おばさんとお父さんがやってきた。
お父さんはすでに泣いている。
ちょっと早いんじゃない?
あたしだって泣きたいけど、係の人に化粧が落ちるから派手に泣くなって言われるし。
何だか綿みたいのを渡されて、これで軽く押さえるようにして拭いてくださいって言うけど、そんなことまで果たして気が回るだろうか。
それくらいあたしは緊張していた。

「お、おばさん、あ…あたし、な、なんかすごくキンチョ−して…。
コ、心の準備が足りなくて」

おばさんは機嫌よく笑う。

「そんなものよ、そんなもの」

毎日式の準備に行ってる間、まるで他人事のようだったツケが来たのかしら。
こんなとき入江くんはきっと落ち着いているんだろうなぁ。それともまだ怒ってるのかな…。
あたしはこの二週間、入江くんが結婚式なんてキャンセルしたって言い出すんじゃないかと思っていた。
新婚旅行なんて行く暇ないって言われるかもって。
今頃、入江くんは何をしてるのかなぁ。

「何びびってんだよ」

子どものくせにやけに落ち着いた裕樹君が言った。

「誓いのセリフまちがえたり、指輪の指まちがえたり、ドレスのすそふんでつまづいたりすんなよ」

や、やめてぇ。
あたしが心配してることを…!

「琴子、結婚祝いにひとついい事教えてやる」

耳を貸せと示してきた。
あたしは裕樹君の口に届くように少しかがんだ。

「えっえ〜〜〜〜〜〜!!」

その裕樹君から聞かされた話は、あたしにとって驚くべき内容だった。

何、え、そんな前に?!
だって、そんなそぶりなかったじゃない。
ゆ、夢じゃなかったのね…。

「お式の時間ですよ」

裕樹君から聞かされた話で、あたしは急に落ち着いてきた。
係の人に連れられて、あたしはお父さんの待つ教会の入り口へ向かった。

(2007/01/08)


To be continued.