大江戸夢見草



12


朝一番の知らせに驚いたのは、直樹とお琴だった。
「そうなんだよ。知らねぇか」
そう言ったのは、岡っ引の平吉親分だ。
「…まさか、誰かが」
「その誰かは、夜のうちに来たんじゃねぇかと思う。しかし、誰も聞いてないんだと」
「誰も…?」
お琴の言葉に平吉親分は大きくうなずいた。
「そうだ。あの壁の薄い長屋で、どうしたって誰かが訪れたら嫌でもわからぁあな。それが、誰も聞いてないとよ。おすみさんはよ、夜のうちに誰かと一緒に出て行ったとしか思えねぇんだ」
平吉親分の話はこうだ。
長屋のおかみさんたちがおすみさんの所にお菜のおすそ分けをしようと訪れたが、返事はなかった。
朝一番のことなので、どこかへ行くという話はあまり考えられず、具合が悪くなって寝ているのかと心配になって戸を開けると、戸はすんなりと開いた。
中は冷え切って誰もおらず、おすみさんは昼になっても戻っては来なかった。
暗くなりかけても戻ってこず、これは本格的におかしいと長屋のおかみさんたちがどうしようかと相談していたところ、おすみさんに縫い物を依頼していたという者が来た。
なんでも、おすみさんからの文で長屋の柳行李に縫い終わったものが入っていると書いてあったそうだ。お代の残りは長屋のおかみさんに渡してほしいと。
柳行李には、確かにおすみさんが受けていた仕事の縫い物が入っていて、一緒に文も入っていたと。
その文には、今までよくしていただいてありがたかったとのお礼と、後始末を長屋のおかみさんに頼む、と。そのための代金を持ってくる者がいるので受け取ってほしいと。そして、ここが一番肝心なことで、これは、おすみ本人の意思により出ていかなければならない用事が出来たのだと。捜しても無駄になるだけなので、捜してくれるなとも。
ざっとそんな話を聞いて、直樹はようやくため息をついて言った。
「おすみさんの意思でいなくなったと見るべきでしょうね」
「そう思うかね」
「訪れたのが誰であれ、一緒に出ていったのが誰であれ、少なくとも争ってはいない。長屋の人々が気づかないくらいひっそりと訪れた誰かとおすみさんは出ていった。いや、少なくとも無理に連れ去られるにしてもおすみさんは覚悟していたのでしょう」
「そうだろうね。それでも捜して連れ戻すべきだろうか」
「そんな!なる坊はどうするの」
お琴は平吉親分につかみかからんばかりだ。
「だからだよ」
「え?」
直樹の言葉にお琴は振り返った。
「なる坊は、殿様にもらわれていく。正真正銘跡継ぎとなってもおかしくはない。
おすみがあれこれ頑張ってもそれは事実だ」
「だからと言って…。あんなになる坊に会いたがっていたのに」
直樹は「お琴」と静かに言った。
「おまえには、これ以上かかわりになってほしくない」
「そんな…!」
「饅頭殺しが解決していない以上、お琴があれこれ探るのは、殺しの犯人にとっては都合が悪い。平吉親分と渡辺同心に任せて、お琴は他の患者さんたちの話を聞いてやってくれ」
「でも、あたしは」
「頼む。玄さんが亡くなって、皆、俺の処置が悪かったんじゃないかと思ってる」
「ええ、ひどい!」
「だから、おまえが誠意を込めて俺の代わりに患者さんたちと話をしてやってくれ」
「わかったわ!任せて、直樹さん」
お琴はそう言うと、少々怒りながらも張り切って外で並んで待っている患者たちの元へ向かっていった。
「女房の扱いは先生の方が上手だな、こりゃ」
平吉親分はにやりと笑って直樹を見た。
「おすみが一緒に出ていった相手というのは、誰でしょうね」
直樹はすかさず話を戻した。平吉親分もすっと笑いを引っ込めることに。
「そりゃわからねぇ。だが殿様の関係の誰かってことは間違いねぇだろうな」
「親分たちは捜しますか」
「…そりゃ無理だろうな。本人が覚悟の上の出奔だ」
「しかも殿様が関わっているとなると、手が出せないでしょうね」
「饅頭殺しは、おそらく別の形でけりがつく」
「お上の意向というやつですね」
「…まあそう言ってくれるな、と渡辺同心なら言うだろうよ」
「渡辺さまは相変わらずで?」
「そろそろ嫁取りでもして落ち着いた方がと親父さんにもせっつかれてますぜ」
「…そもそも木戸番はいつどうやっておすみが出たのか知らないと?」
平吉親分は少し難しい顔をした。
「それがな、見てない、と」
「何かを握らされての口噤みではなく?」
「もしかしたら、その時間は居眠りしていたのかもしんねぇ」
「では正直に言えば」
「なかなかそういうわけにもいくめえよ。失態だ、何だと」
「もしくは朝まで潜んでから、木戸番が開いてから堂々と出ていった、か」
「それなら見てないというのもわからぁな」
「…もうすでにお国に密かに移動してるのでは」
「どちらにしても手は出せねぇ」
平吉親分は「仕方あるめぇな」とだけつぶやいて、入江堂を出ていった。
残された直樹はお琴が声をかけるまで、思案顔で薬草をすりつぶしていたのだった。


これ以上詮索すべきではないのかもしれない、と直樹は思い始めていた。
同じく西垣もなる坊の身の危うさはともかく、武家の奥まで探るのは容易ではないと忠告してきた。
しかし、患者の玄は毒を盛られている。ただそこに出入りしていたというだけで。
関係者はほとんど口を封じられているのだ。
このままお琴を見逃してくれるような輩ならそのままにしておきたいのは山々だった。
そこで、これで何もつかめなければ、仕方がないと直樹はご隠居に文を出した。
ご隠居は、呉服問屋で千代田の城奥深くにも商売に出向くくらいの大店、大泉屋の大御所で、その人脈を生かして陰に動く者をさるお方から請け負っているらしい。
実際お琴が人攫いにさらわれた時にもその居場所をひっそりと探し出してきて、救うために陰ながら手を貸してくれたのだ。
ご隠居に出したその返事は、おすみが消えて三日の後に届いた。
どうやらご隠居のほうにも、直樹に頼みたいことがあったらしい。
その晩、ご隠居に指定されたのは、なんと福吉の二階だった。
お琴の父の料理屋である福吉は、ご隠居が普段利用するような高級料理屋ではない。どちらかというとちょっとした商談くらいなら料理のうまい福吉でもというくらいのもので、評判は良いが市井の人々が割と気軽に入れる手頃な値段が売りなのだ。
直樹はこの密談には最初から西垣を呼ぶことにした。
西垣はこの武家社会の中では協力してもらうにも貴重な存在だ。
今回の事件にも深くかかわっている。
そして、これからの出来事にもおそらく西垣の手が必要となるだろうと思われたからだ。

「こうして並んでいるのを見ると、いつぞやのことを思い出しますな」
ご隠居は福吉の料理に顔をほころばせながら懐かしそうに言った。
さほど前のことではないというのに、随分と昔のことのように感じる。
お琴を選んだがために、大泉屋のご隠居の孫娘との縁談を断った直樹である。本来ならば頼るどころか睨まれていてもおかしくはない。
しかし、ご隠居は許してくれたどころか、今後も何かあれば頼ってほしいと直樹自身に惚れこんだのだという話だった。
今回も結局は直樹自身のためというよりはお琴のため。ご隠居もそれをわかっていて速やかに返事をよこしたのだ。
直樹はさすがに食が進まず、緊張の面持ちでご隠居が食するのを見ていた。
西垣は「お、これはうまい」などと、緊張の欠片もないような様子だった。
身分で言えば武士である西垣の方が上であるというよりは、いつもと同じ調子であり、一度は密談をしたことのあるご隠居だからであろう。
「お琴さんはあれからも元気そうですな。先日薬種問屋へのお使いの際にお見かけしましたよ」
直樹はああと思いだした。そのお使いを頼んだのは他でもない直樹だ。
「その際にも誰かが見守っているようで、随分と心配なされている様子」
西垣は昼酒を一口飲んで言った。
「そりゃあのお琴ちゃんですからね。心配してもし足りないでしょう。歩く厄介ごと引受人のようなもんだ」
「厄介ごとというのは、それを解決できるであろうお人の所に廻り廻ってくるものです。さて、お琴さんはどうかな」
ご隠居はそう言って笑った。
「厄介ごとはただの厄介ごとで、解決が出来ようがそうじゃなかろうが等しく降ってわくものです」
「そりゃそうかもしれないが、お琴ちゃんは力づくで解決に向わせるからなぁ。あ、いや、お琴ちゃんの周りが、か」
「さて、お琴さんが持ち込んだ今回の件、ただの跡目争いがもたらしたものだと考えなさるかね?」
直樹は素知らぬ顔で答えた。
「私どもには、武家の内のことまでは知り得ません。ただ、もうこれで四人の骸が出ているのです。跡目争いなら何も市井の者まで巻き添えにする必要はないでしょう」
一人目は饅頭屋の前で。二人目は橋向こうで。三人目は暗殺者として。四人目は患者の玄もだろう。
「しかし、饅頭屋の前と橋向こうの骸と四人目の患者とは毒が違うとお聞きしているが?」
「最初の二人は鳥兜。玄さんはそれこそ石見銀山でしょう。もちろん胃の腑の病が悪さをしたことも考えられますが、そこまで衰弱するような状態ではなかったのです」
西垣はもう一口酒を口にした。
「それというのも、鳥兜は相当早く効く。ぐずぐずしてられなかったんだ。それから、玄さんはいわゆる試し。ばれないような量で石見銀山を盛ったが、思ったよりも調整が難しい。効きすぎれば怪しまれ、少なすぎれば時間がかかる。偶然お屋敷に通ってきていた者で、仕事が終われば屋敷とは無縁になる者。それに後腐れのない者であり、所詮医者にかかるのも市井でこれだけ怪しげな医者と名乗る者がわんさかいる中でのことだ。ちょっとくらい死に方が怪しかろうと即座に見抜く医者も少ないし、ましてや余計なことは言わない者も多い。家族が訴え出ることも少ないだろうと踏んだのだろう。
ところがそこに不幸な偶然が重なったわけだ。まずは死体検めをしたのが直樹殿であり、玄さんは直樹殿の患者だった。余程のことがなければ見落とすはずがないってことまで予想がつかなかったんだろう。
そしてもう一つ、お琴ちゃんは直樹殿の嫁であり、夫婦はご隠居様と知り合いだってこともな」
「その通りじゃな」
ご隠居はいつの間にかすっかり福吉の料理を平らげ、満足そうにうなずいた。
「それに同心渡辺さまと手習いの頃からの知り合いだということも、直樹殿には幸運だった」
いや、知り合いだったので死体検めに出かける羽目になったのだが、と直樹は思ったが、ここは黙っていた。
「わしの手の者が知り得たことによれば、おすみさんはまだ国元には戻っておらぬな。江戸のどこかにいるのだろう。江戸ほど広くて人が多くて隠れ住むのに便利な場所はない。そして、おそらくおすみさんを連れ出したのは藩主の手の者だろうて」
「…そうですか。ところで、ご隠居が私に頼みたいこととは?」
そもそもご隠居が簡単に直樹の求めに応じたことからも、何かとんでもないことを頼まれるのではないかと気になっていたため、早々に尋ねることにした。
「その藩主から、用心棒の依頼じゃ」
「用心棒、ですか」
「そうじゃ。腕に覚えのある者を向かわせるつもりじゃったが、向こうの目的がはっきりしておるのでな」
「しかし、道場で少し習ったくらいの者では、送り込んでくる手練れの者に対することが出来ましょうか」
「一番の手練れの者は、すでに西垣さまが対しましたな」
「…場所が場所なら、死んでいたのは某の方だったかもしれぬ」
西垣は思い出すようにそう言った。
「それなら尚更です」
直樹の言葉にご隠居は茶をすすって言った。
「いや、もしも奥の方さまの伝手で追手をかけるならば、あれ以上の手練れはおらぬと」
「もしも武士崩れの浪人者を雇ったならば」
「はてさて、心配というならどこまでも果ては尽きぬな。お琴さんのことも」
直樹は悩んだ。
確かに道場で学び、以前は捕らわれたお琴を助け出すために無茶な剣を振り回した。
「どうでしょうな、西垣様」
「憂いを絶つには元からってことだね。どちらにしてもこのままでは終われないだろ。おすみさんが無事になる坊と一緒に暮らせるのなら、それに越したことはないしね」
確かにこのままでは何も解決はしない。
ただ、このまま手をひいたら、こちらには何も害は及ばないかもしれない。
「奥の方さまはもう手が付けられぬが、子が死んでからあのようになられたのが不憫だと。かと言って大義名分もなしに処罰は出来ぬ。証拠がない、と。奥の方さまお一人の考えではないのかもしれないから、と。
このまま江戸屋敷でずっと正妻としていくのか、出家されるのか。
代わりに跡継ぎとして成正様を届け、おすみさんはお国様としてお国元に置くのがよろしいのでしょう。もしくは、身の回りの世話をさせる者として置いてもらうだけでもいいと」
「しかし、私にはお琴を置いて江戸を出ることはできません」
「だから、某なんだろう」
西垣が言った。
「江戸での仕切りは任せるよ。後を追いかけてもらっては困るからね」
「渡辺同心の十手預かりは誰だったかな」
「平吉親分ですね」
「毒饅頭の件を預かっていると」
「ええ」
「川向うの件について、あれは毒ではなく、心の臓の病ということで処理された」
「藩邸が頼んだのですね」
「患者の玄さんの件はどうなさった」
「平吉親分だけには言いましたが、それは口外しない方がよいということに」
「同心では扱いが難しかろう」
「おそらくこのまま胃の腑の病ということで過ぎていくかと」
「しかし、その一方で大目付(大名家を管理する役職)からもお家騒動を早々に解決しないとお取り潰しも辞さないとお達しがあったそうですよ」
「それは、毒饅頭の件で?それとも…」
「あくまで成正様が襲われた件についてじゃな」
「大目付は知っていると」
「そういうことじゃ」
直樹はしばし考えた。
「江戸での憂いを絶つこと」
「もちろん」
ご隠居はうなずいた。
「殿様が直接西垣様に頼まないのは、やはり先回りされるからでしょうね」
「どこまで知り得ているかわしにもわからん。少なくともわしと西垣さまが知り合いというのは知っておろうかと」
「用心棒を雇って、奥の方さまはどうされると思われますか」
「本当に怖いのは、奥の方さまの後ろに潜んでいる輩よの。藩主さまはまだ若い。奥の方さまとの間に子がいた間はよかったが、いなくなってしまうと心もとない。
山に囲まれ、物産も少なく、不幸にもこのたびは参勤されるのに多大なる借財を負わねばならなかった。たかだか二万石。幕府からすれば取るに足りぬ藩じゃろうと。
藩主は次の一年はお国元でお過ごしじゃ。江戸に残る奥の方さまにとっては長かろう。
もしかしたら、その前に出家を勧められるか…。
ここにきていろいろと出てきたのは、跡取りの問題だけではなかろう。何故江戸藩邸では豊かに過ごしておるのかとお国元から不満が出てもおかしくはない。
ところで、烏頭は高いとお聞きする」
「そうです」
「山に囲まれた藩では、鳥兜など生えておろうな」
「それが争いの元?」
「考えられぬことではないわな。鳥兜が簡単に手に入る環境ならば、鳥兜を使ってひとを殺めることもあろう」
「高いのは何故か。ご隠居様は知っておりましょうか」
「採取が困難だと」
「そうです。自生しているので、もっとたくさん採れてもいい。他の草花と間違いやすいうえ、採る際にも注意が必要で、乾燥させたり、毒性を弱めたりするのに手間がかかる。しかも医師とて扱いは困難。薬種問屋でも扱いは慎重にせねばなりません。保管にも注意が必要で、万が一他の根と混同されないように鍵付きの所にしまうほどです」
「しかし必要とするところは密かにあると」
「…そういうことなのでしょう」
直樹はようやく事の次第がわかってきた。
奥の方さまはただなる坊憎し、おすみ憎し、かもしれない。
しかしそれは見せかけの理由で、後ろにいる輩たちには別の理由があったと。
「藩主もそのことに気が付いてはおる。読み売りに話を流したのも藩主の側。そうでなければあれほど早く二つ目の饅頭殺しは世間の口には上らないであろう」
黙っていた西垣が口にした。
「鳥兜と見破った医者がいた。それだけならいい。
 しかもその嫁が饅頭殺しを見ていた。
 そこに通っている植木屋を呼び寄せ、屋敷の手入れをさせる。世間話のついでに入江堂の噂話も出る。監視もできて、ついでに労って石見銀山入りのおやつでも出せば、何かおかしいと気づく頃には弱ってあの世へ行く。
 すべては繋がっているのだろうよ」
しかし、ご隠居はきっぱりと言った。
「侮ってもらっては困る。売り買いする商売人を抜きにしては話は進まぬものよ。わしは呉服問屋ではあるが、これでも千代田のお城に許された商売人の一人。悪だくみに乗りそうな者は幾人か目星はついておる」
「適正に売買してもらうのが筋、でございますね」
直樹の言葉にご隠居はうなずいた。
「お琴さんがお使いに来た薬種問屋とは懇意での」
そういうことか、と直樹もうなずいた。
「ことは饅頭殺しだけでは収まりきらぬ。不正に売買に関わった中間≪ちゅうげん:武家の奉公人で雑務をこなす≫は毒死じゃ」
「それでお殿様が何とか跡目争いだけでことを収めようと躍起になるわけだね」
西垣もそうかそうかとうなずいた。
「そうじゃ。このままでは跡目の件だけではなくお取り潰しも必至。幕府内での甘い汁を吸う輩を内々に処理するよう大目付からも打診があったそうな」
それでも直樹は悩んだ。
「私どもで何とかなりましょうか」
「跡目の件は何とかしよう。成正様なら、本人の意思がまだ幼いゆえ定まらぬが、母とともにならば決心なされよう。あの子は賢いお子じゃ。成人するまでに時を要すが、その分今からご教育なされれば立派な跡継ぎとなられよう」
「薬種問屋の件は」
「いつもの薬種問屋からの紹介を預かっておる。いつもの薬種問屋では手に入らぬ品を求めておるという文をな。まずはそれを持って訪れるがよい」
「かしこまりました」
ご隠居は「また西垣様には改めてお願いしましょう」と言葉を残し、座敷から出ていった。
「こりゃまた面白くなりそうだな」
そう言って揶揄した西垣だったが、帰る前に直樹に言った。
「屋敷に行ったお真里からだが」
そう言えば最近見ないと思っていた。
「どうやら玄さんと同じ理由で呼ばれていたようだ」
「まさか石見銀山を」
「さすがに朝早い支度に駆り出される髪結だけあって、何も食してはいない。あの女子もただでは帰らない。殿様と対立している輩が誰か、わかったようだ」
「いきなり殺されたりしないだろうな」
「所詮髪結、とまでは思っていなくとも、まあいつもの策でうまくやっているようだ。最近は何故か橋向こうの同心に執心されているらしい」
橋向こうの同心?と直樹はすかさず一人の同心を思い浮かべた。
まさかなと思いながら西垣を見送ったのだった。

(2019/06/10)



To be continued.