イタズラなKissで7題



3.ずるい言い訳


入江くんに問いかけた疑問の答えはくれなかった。
いつからあたしのこと好きだったの?
どんな風に好きだったの?
もしももっと前から両想いだったのなら、もっと楽しく過ごせたんじゃない。
結婚したのが不満なわけじゃないの。
結婚してからだってあたしたちは多分恋人同士のように怒ったり笑ったりして過ごしてる。
それがちょっと普通と違うのは同居してるってことと、親が反対することもなく門限も関係なしってところよね。
入江くんとは街中で腕を組んで歩くことも少なくて、甘い言葉も滅多にかけてくれないけど、それでも結婚する前よりずっと優しくて、あたしが近寄っても怒らない。
それを言ったら呆れられるんだけど。
片想いだったときを思い出してほしい。
事あるごとに怒鳴られたり(もちろんあたしがいろいろやらかしたりするせいだけど)、ひどい言葉を言われたりしてたのよ。それってどうなの。
だって、想いが通じる前って、もう少し両想いなのかしらっていうどきどきがあってもいいはずなのに、全くそんな素振りはなくて、あの雨の日にいきなりキッスされてしかもプロポーズされて、あまりにも一気に事が進みすぎて、あたしには驚くばかりだった。
本当なら恋人としての期間だってもう少しあるはずだったのに。

「そういうわけにいかなかったんでしょ」
理美が呆れたように言う。
「なんで」
「だって、考えてもみなさいよ。
今までお互い諦めていた相手同士よ。
いきなり恋人同士になって、しかも同居って、男にしたらどんな拷問よ」
「ご、拷問…」
「琴子の場合はさ、親も一緒に住んでるから」
じん子は納得顔で言った。
「そ、そりゃそうだけど」
「入江くんが親に隠れてあれこれするっていうならそれもおいしいのかもしれないけど」
「や、やだぁ、理美ったら」
「入江くんには無理でしょ」
じん子はあっさり言う。
「そうかな」
「ああいう天才はね、隠れてこそこそなんてガラじゃないのよ。
公明盛大にいただくって感じよね」
天才と隠れてこそこそが関係あるのかよくわからないけど、言いたいことはなんとなくわかる。
入江くんは結婚してるからなのか、あれこれ隠そうとはしないもんね。
「結婚までの二週間、手も出されなかったんでしょ」
理美は笑う。
「そうだけど、あれは入江くんの仕事が忙しかったからで…」
かなり忙しかったと後から聞いてる。
新婚旅行から帰った後だってかなり忙しくて、あたしはずっとそのせいだって思ってた。
「その忙しさの合間を縫って、わざわざ結婚式までしたんでしょ」
「そうよね、あの入江くんがねー」
じん子もうんうんとうなずいている。

入江くんは、あたしと恋人同士のまま同居するのは辛かったのかな。
親に内緒で秘密のキッスとかも楽しいと思うんだけど。
…今だってするけど、結婚してるのとしていないのとじゃ何となく気持ちの上で違うわよね。
内緒で学校帰りにデートしたりして。
ふふふ、高校時代の夢よね。
お休みの日には遊びに出かけたり…。
…一緒に住んでるから待ち合わせてっていうのはないか。
うーん、じゃあ、それぞれお互いにばれないように別々に家を出たり。
なんだか同居してて内緒で付き合うって難しいかも。
あたしなんておばさんに一発でばれちゃいそうだな。
ばれちゃったら、夜に二人っきりとかにされそう。
お父さんは反対してやっぱり家を出るとか言いそうだし。
…あれ、やっぱり結婚して正解だったのかな。

大学から帰ってくると、あたしは入江くんに聞いてみた。
「入江くん、もしも親に内緒であたしたち付き合ってたら、どうなってると思う?」
入江くんは目を細めてあたしを見た。
「遅かれ早かれ親にばれるだろ」
「そうかな。やっぱりそう思う?」
「いろいろした後でお前は平気でいられるのか」
「いろいろって…」
「こういうこと」
入江くんの唇が軽く触れて、あたしの耳は熱くなる。
唇が少し触れただけなのに。
「これくらいで赤くなるようじゃ、無理だろ」
「でも、ちょっとだけそういうのも憧れるよね」
「俺はやっぱりごめんだな」
「なんで」
「平気な顔して過ごせるとは思うけど、おまえのおやじさんに顔向けできない」
「…入江くんでもそう思う?」
「今だって多分時々気まずい思いしてるんだろうし」
「そうかな」
「だいたいおまえにその覚悟がないだろ」
同じ家で恋人同士で暮らすということ。
親に内緒であれこれ…む、無理かも。
あたしはわかったというようにため息をついた。
「でも、もしも…もしもよ、両想いになってたら、あたしたち、どうやって付き合ってたのかなぁ」
「さあね」
「あ、もう、ちゃんと考えてみてよ」
「考えたって仕方がないだろ。
なるようにしかならないんだから」
「そうかなぁ」
「お見合いがなければこうはなってなかったかもしれないし」
「そんなぁ」
「そもそも同居がなかったらとか考え出したらきりがない」
「…もう、ずるいんだから」
あたしはちょっとすねたふりをしてベッドに潜った。
考えたって仕方がないなんて言わないでよ。
そしていつの間にか、あたしは誤魔化されてることに気がつく。
どうしてあの雨の中、入江くんは迎えに来てくれたの?
入江くんはベッドに潜り込んだあたしをのぞきこんで、少しだけ乱暴にキッスした。
肝心な答えはいつも誤魔化されてばかり。
いつかちゃんと説明してくれるかな…。

(2011/10/30)

To be continued.