イタズラなKissで7題



5.なんだってこんな目に


大学の授業が終わって、じんこと二人で駅のホームにいた。
二人して買い物にでも行こうと相談していた。
琴子を誘ったら、入江くんの授業が終わるのを待ってると言われたのだ。

「琴子って、相変わらず生活の中心が入江くんよね」
あたしたちはまだ来ない電車を待ちながら、琴子の話をしていた。
「高校からちっとも変わってない」
「結婚したのにねー」
あれだけ片想いだと同情していたのに、誰よりも早くあっさりと結婚してしまった。
うらやましさを通り越して感心する。
よくもまあ、結婚してくれたものだと。
「あの入江くんがねー…」
「理美が一番に結婚するかと思ってた」
「あたしだってそう思ってたわよ」
結婚式以来、あたしたちは何度となくそう言い合った。
駅のホームもかなり寒い。
足踏みするようにして電車を待つ。
「でも入江くんの態度って、あまり変わらないわよね、一見」
「琴子がいまだ追いかけてるって感じ」
「そりゃ結婚したからってあからさまに態度が変わるのも気持ち悪いっていうか、らしくないっていうか」
あたしは何となくそんなことをつぶやく。

だいたい今まで散々意地悪してきて、あれって愛情の裏返しだったとしても、琴子にとってはひどい話よね。
琴子は好き好きと言うだけで、何か具体的に迫るでもなく(もちろん琴子がそんなことができる子なら、とっくに両想いになっていたかもしれないし、逆に嫌われていたかもしれない)、入江くんはいつも憎まれ口ばかりで琴子じゃなければとっくに愛想尽かしていてもおかしくはない関係だった。
今となってはそこそこあれも優しさだったのかとわかることもあるけど、当時はね…。
金ちゃんは顔はあれだし頭もあれだけど、琴子に対して一途なのは認めていたわけよ。
時々いき過ぎなところもあったけど、金ちゃんならあたしたちも仕方がないかって思ってたの。
それなのに、大逆転よね。
実際にどんなふうに入江くんが心境を変えたのか、今となってはわからないけど。
もちろん興味はあるわよ。
あるけど、そんなことべらべらとしゃべる入江くんじゃないし、後で清里のペンションで昼寝中に実はキスされていたことを聞いた時は、思いっきりじんこと二人で叫んだわよ。
何よ、実は琴子のこと前から好きだったんじゃないのって。
それでも琴子は半信半疑で、本当にそうだったのかなって。
…それは、まあね、卒業式のロマンチックなキスかと思えば、ザマアミロなんて捨て台詞吐かれると、疑いたくもなるかもね。
あたしたちはそれでも、もしかして1パーセントくらいは琴子のこと好きなんじゃないかと思ったのよ。
ほら、体育祭で背負ったりだとか、琴子に勉強教えたりだとか、今までの入江くんならやりそうにないことしてたもんね。
何せ冷血鉄仮面入江だったんだから。

駅のアナウンスで、ようやく電車が来るようだ。
「入江くんもさ、もうちょっと琴子に甘い言葉でもかけてあげればいいのに」
「…でも理美、もしかしたら二人の時はそういう言葉もあるのかもよ」
「そうだとしたら、琴子はあんなにもいつからあたしのこと好きだったのかしらとかこだわらないでしょ。元は単純なんだから」
「あの入江くんがさ、急に甘甘なんて、あたしはそのほうが信じられないけど」
「…そんなことになったら、琴子が今度は浮気してるんじゃないかとか疑いそうよね」
「…ご心配なく。あんたたちが心配する様なことにはならない」
じんこの声じゃない、低く押し殺したような声が響いた。
「な、なに」
あたしとじんこは顔を見合わせて、慌てて後ろを振り向く。
気付けば後ろに不敵な顔をした入江くんが立っていた。
「ちょ、何でここにいるのよ」
あたしは驚いてまともな言葉が出ない。
しかもあの返答は、あたしたちの会話を聞いていたってわけ?
確かに入江くんだの琴子だのと口に出していれば気になったのかもしれないけどさ。
「琴子以外になびいたことはないから」
入江くんはさりげなくそう言って、あたしたちが乗るはずだった電車に乗り込んだ。
「こ、琴子が大学で待ってるんだけど」
それでもじんこが慌てて言った。
あたしはと言えば、開いた口がふさがらなかった。
「…ああ、琴子に帰るように伝えて」
「え、ええっ、戻ってあげないの?」
「待ってるの知らなかったんだ。それに今更戻るのも面倒くさいし」
め、面倒くさい〜?
今その同じ口でのろけた人が何言ってるの。
「あんたたち、友情厚そうだから、琴子、よろしく」
それって、あたしたちにまた大学に戻れって言ってるのよね?!
「シ、シンジラレナイ」
あたしはようやくそう言った。
扉が閉まる寸前、入江くんがぼそりと言った。
「余計な話、琴子に吹き込むなよ。後が大変だろ」
「なんですって?」
あたしが勢い込んで文句を言う前に、プッシューと扉が閉まった。
あたしたちは散々待った電車に乗ることも忘れて、入江の乗る電車を見送った。

…なんてやつ。
琴子のだんなとはいえ、ちっとも変わってないじゃないの。
ちょっと顔がよくて頭がいいからって…。
………本当に何で琴子と結婚する気になったのかしら…。
「理美」
一人で生きていけそうなのに、それでも琴子がいないとダメなのかしら。
「理美ってば」
じんこが呼んでいたことに気がつき、ようやく顔を向けた。
「ああ、ごめん」
「大学、戻る?」
「あ、ああ、そうね」
「入江くんって人を使うの上手いよね」
「違うわよ。百歩譲ってそうかもしれないけど、あたしたちは琴子のことが心配で戻るんだからね」
「はいはい」
「こうなったら琴子にありとあらゆる事を吹き込んでやろうかしら」
「でも、さっきの入江くん、怖かった〜」
「入江のやつ〜〜〜〜!そんな脅しに負けるようなあたしじゃないからね」
「見栄張っちゃって」
あたしはじんこと二人、また大学へ戻るべく駅の改札を出て行くことになった。
それでもほんのちょっとだけ、琴子しか選ばなかった入江という存在をうらやましく感じる程度には認めてるんだからね。
琴子を泣かせたら、承知しないから。

(2011/11/01)

To be continued.