Onesided Love Story




第一章 十五歳〜嘘〜



十二月

2学期も終わりに近づいていた。
こじんまりとした文化祭は本当に文化発表会の域を出ず、あっさり終わった。
美術部であるあたしは、いくつかのデッサンを苦し紛れに出しただけで終わり、ひっそりと飾られたその場所に、あいつが来たかどうかまで確認するすべはなかった。
何より体育祭のほうに気を取られて、いつもその後に行われる文化祭はどうも重要視されていないようだ。
文化祭と言うより合唱大会と名をうった方がいいんじゃないかと思う。
とにかく、めまぐるしく2学期は過ぎていった。

明日から冬休みに入るという日、あたしたちいつものメンバーは冬休みの計画について話していた。
ミキはクラブ活動に熱心で、ソフトボール部でがんばっている。
マリはクラブに入らずに早々に帰宅してバイトに励んでいるらしい。
もちろん進学校なのでバイトは禁止だけど、マリは少々家が離れているので、ばれる心配はなさそうだ。
冬休みの最初の数日はやっぱり補習があるので、自由になる時間も限られている。
それでもあと三日でクリスマスだ。
ここに至ってまだ誰一人恋が成就したものはいないので、片想い同士が集まってわびしいクリスマス会(パーティーなんて華やかなものじゃない)を催すことにした。
誰の家でやるか、何を用意するか、食べ物はどうするか、そんなことをみんなでたわいもなく話すのは嫌いじゃなかった。
とりあえず計画は立てられ、尾崎君の家に集まることになった。

「太田さん、呼んであげようか」
「は?誰を?」
「誰って、例のお方を」

中川君が最初誰のことを言ったのかよくわからなかった。
そもそもあれ以来あたしはまともに中川君と話していない。
ミキがあんたのこと好きだって、知ってるのかな〜?

「前の体育祭のときのお詫び、まだしてなかったし」
「ああ、あれか…。いいよ、そんなこと。それに、呼ばなくていいよ」
「なんでさ」
「うーん、なんか呼んでもらってもねぇ、きっと話せないと思うな。それに、あまり接点がないあなたが呼んでもきっと向こうは不審に思うんじゃない?」
「なんでそう引っ込むの。それに、どういう手段で呼ぶのかはそれこそ俺たちに任せとけばいいわけだし。あいつの周りのやつも一緒に誘えばいいんだよ。周りのやつなら同じクラブだったりして接点はあるから」
「いや、だから、今回は憂さ晴らしであって、はじけるつもりだから」
「ふーん。まあ、また今度ね」
「はいはい、ありがとさん」

こそこそ中川君と話していたあたしは、ミキに言った。

「体育祭のときのことでお詫び代わりにあいつを呼んでくれるって言ってたんだけど…」
「…で?来るの?」
「断った」
「なんで〜?」
「なんでも何も、ちょっと事情があってね。…それよりさ〜、中川君て結構世話焼きだよね〜」
「うん。優しいと言ってよ」
「まあ、いいやつだよね。そんなことよりさ、もしクリスマスにミキも来れるようなら、ドーンとケーキでも作っちゃいなよ」
「ケ、ケーキ?う、う〜ん、作れるかな〜」
「何なら手伝うし」
「うん、やってみる」

ミキは素直だ。
ひねくれたあたしとは大違い。
あたしはあいつをそっと見ると、ため息を一つ落とした。


クリスマスイブ当日、昼間から尾崎君の家に集まった面々は、素直に朝からがんばって作ってきたミキのケーキを食べていた。
中川君はおいしそうに食べている。

「皆甘いのでも大丈夫なんだね」

男の子も皆ケーキをおいしそうに食べている。
さりげなく中川君の横にはミキ。その横にあたし。
マリはやはり稼ぎ時のクリスマスにバイトは休めなかった。

「ミキ、これはバレンタイン勝負、いけるね」

小声で伝える。

「ミュウこそバレンタインがんばりなよ」
「…あたしは…」

空になったお皿を見つめ、あいつのことを考えてみる。
あいつが違う方を見ていることに気付いてしまった。
バレンタインにチョコを持っていってもおそらく答えは決まっている。
ただ、あいつの向いているほうが同じように向き返してくれるとはいかないようで。
しばらくぼんやりとしていたら、いつの間に誰が取り出したのか、目の前には色鮮やかな液体。

「…これ、どう見てもジュースじゃない感じだけど」
「いや、ジュースです」

ユリと滝君は声をそろえて言い張った。

「え、でも、そのビン」
「今日の会の趣旨を理解してますか?」
「…ええ、まあ」

確か、片想いの憂さ晴らし。
ミキが憂さ晴らしするには少し難しい状況だけど。

「ほうら、炭酸がたくさん入って、きれいなジュースです」
「もちろん炭酸の量も思いのまま〜」

ユリはすでに赤い顔をして、炭酸の入った液体を他の子に勧めている。
滝君は、自分で炭酸をきれいな液体の上から注いでいる。

「まあ、いいけどさ」
「だってね〜、つらすぎるじゃない〜」

ユリは惚れっぽくて、今までに次々とあの人がいい、この人がいいという感じで、いったい本当に誰が好きなのかわからないくらいだった。
あの夏休みに実はあいつのことも好きだったと聞かされたときには、思わず笑ってしまった。
惚れっぽいのは玉に瑕だけど、ちゃんと今まで好きになった相手には告白してきたのだから、あたしよりはずっと偉いと思う。
ただ、今回は告げるに告げられない事情があるのだと言う。
滝君も告白したものの、色よい返事は期待できない言う。
尾崎君と中川君で一所懸命慰めている。

「で、太田さんはなんで本人に知られるの嫌なの?」

突然こちらを振り向いた中川君と尾崎君にあたしはぎょっとした。

「…少々状況が変わりまして」

もともと中学の時の友人が好きだったことは、ミキたちも知っている。
でもそれは後ろめたいことではあっても足かせにはならない。

「なになに?」

好奇心でいっぱいの二人の視線から目をそらして、あたしはきれいな液体を少し口に含んだ。
甘ったるい味の後の少しのどが熱くなる感じ。
そして炭酸がはじける。
多分中身はほとんど炭酸。

「好きな人がいるらしいから」

そう口にしたら、二人は笑った。
なんだ、そんなこと、という感じだ。

「誰だかわかってるの?」
「まあね」
「へー、やっぱり気付くもんなんだ」

中川君はあの液体をかなり飲んでも平気そうだ。

「…いつも飲んでるでしょう?」
「ああ?親公認でね。あ、もちろん外では飲まないけど」

ユリと滝君は肩をお互いたたきあって、今にも泣き出さんばかりだ。

「で、誰なの?」
「…言わない」
「無理だよ。あたしたちが聞いても絶対言わないもの」

ミキはあたしの顔を見ながらつぶやいた。
内緒にしていること、悪いな、とは思う。
でも。

「ふーん、言いにくい人なんだ」
「そう、だからそれについては放っておいて」

中川君はそれ以上追及するのをやめてくれた。
外は少しずつ薄暗くなっていく。
あいつも今日はどこかで楽しくクリスマスイブを過ごしているのだろうか。
その仲間の中に、彼女がいるだろうことはわかっていた。
その彼女から同じようにクリスマス会をすることを直接聞いたのだから。
その趣旨はあたしたちとは大きく違うのだけど。
あいつは彼女に告白するだろうか。
…告白、するかもしれない。
でも彼女は、残念ながらあいつの告白を受け入れないだろう。
それはあたしの想いとは関係なく、彼女には他に好きな人がいるから。
そう、あいつも片想いなのだ。
それはあたしをほっとさせると同時に、なぜだかとても悲しかった。


(2005/10/13)


To be continued.