Onesided Love Story




第一章 十五歳〜嘘〜



二月

バレンタインデーは目の前だった。
あたしの胃はきりきりと痛んだ。
いっそすっきりと告白してふられてしまったほうがきっといいのだろう。
でも、決心はつかなかった。
あたしはあいつを見つめている。
あいつは彼女を見つめている。
彼女は他の誰かを見つめている。
どうがんばってもこれは崩せなかった。
あいつは結局クリスマスに告白はしなかったらしい。
彼女は今日も朗らかに笑っている。
彼女は中学からの友人でもあり、クラスメートでもあった。
あいつは同じクラスになってから初めて彼女を知ったわけではなく、もしかしたら中学のときから彼女を見ていたのかもしれない。
同じクラスになって、好きだということに気付いたのかもしれない。
彼女のほうは簡単だ。
あいつを知ったのは同じクラスになってから。
しかも、あいつの想いに気付いていなかった。
いや、今は知ってるかもしれない。
更に言えば、彼女はあたしの想いを知っている。
だから、単純に彼女はあたしを応援する。
あたしはいつも、ただ笑って誤魔化していた。
彼女は女のあたしから見てもかわいい人だった。
話す言葉は誰に対しても丁寧で、親切だった。
おそらくあいつ以外にも彼女を好きなやつは結構いるだろうと思う。
実際彼女に対しては男女どちらに聞いても悪い話は聞いたことがない。
運動が得意だとか、頭がいいとか、そういう何か特別なことで目立っているわけでもないし、彼女より美人はもちろんいるのだけど、かわいい人というのはそれなりに皆が見ているということだ。
彼女が誰を好きなのか、あたしは知らなかったけど、あたしがあいつの好きな人がわかってしまったように、あいつも彼女の好きな人がわかったのだろうか?
そんなことを考えながら、ミキの買い物に付き合った。

「ねえ、これでいいかなぁ」

チョコレートは手作りキットで生クリーム入りのトリュフを作ることにして、
それを入れる包装容器を探しにきたのだ。
あたしは義理チョコをいろいろ物色していくつか用意した。
マリはバイト先に配るらしく、あたしと同じように義理チョコを探していた。
ミキの選んだ包装は、淡いクリーム色。
トリュフ型のチョコが入るようにくぼみがついている。
一見すると卵の容器のように見える。
それを紙紐のような幅広のリボンで結ぶシンプルな包装に決めたようだ。

「いいんじゃないかな」

たとえミキの想いが通じても、通じなくても、中川君はとりあえずチョコを受け取ってくれるだろう。
無駄になることはないはずだ。
実際のところ、中川君に好きな人がいるかどうかなんて聞いたことがなかった。
聞けばよかったのかもしれないけど、ミキはそんなことはどうでもいいのだと言う。
ただ、想いを伝えたいのだから、と。
あたしはそんな風に思えなかった。
伝えてどうなるのでもないのなら、伝えたところでどうしようというのだろう。
それとも、そこまで思う気持ちがあたしにはないのだろうか。
ないのだとしたら、あたしのこの気持ちはなんなのだろう…。


バレンタイン当日、ミキは中川君にチョコレートを渡していた。
受け取ってくれて良かったと喜んでいた。
その告白の返事は、友だちとしてしかみたことがないので、今は好きとも嫌いとも言えないとのことだった。
それは凄く曖昧で、そんな返事でいいの?とミキに聞いたら、それでいいのだと言う。
中川君にしたら、本当に友だちとしてしか考えたことがないのだから答えようがないということなのだろう。
まあ、わかる気がする。
でも、突然の告白なんて誰でもそうなんだろう。
前からその人を知っていて好き嫌いがはっきりしているか、他に好きな人がいたりでもしなければ、戸惑うばかりだ。

あたしは感謝の気持ちをこめて、義理チョコをいつものメンバーに渡した。
それは男女問わず、いつも気にかけて励ましてくれる仲間たちへのお礼のつもりだった。
…そして、同じような光景を廊下で目にした。
彼女がニコニコしながら皆にチョコを渡していた。
その中にあいつが含まれていて…。
あいつはなんとも複雑そうな顔をしてチョコをとりあえず受け取った。
思わず叫んでしまいそうだった。
どうしてそんな義理チョコなんていらないと言わないのか、と。
あいつが欲しいのは義理チョコなんかじゃなく、ましてやあたしからの本命チョコでもなく、彼女からの本命チョコなのだから。

「義理でごめんね」

彼女はそう言っていた。
あいつの心を知ってか知らずか、遠まわしにふったことになるのか。
彼女はあたしの気持ちを知っているから、たとえあいつから告白を受けていたとしてもあたしには言わない気がする。
あたしは、あいつが彼女を好きだなんて知らないふりをする。
ましてや彼女があたしの気持ちをあいつに言うこともない。
それは優しい嘘なのか、隠された真実なのか。
あたしがあいつに告白できないことよりも、あいつが彼女からもらった義理チョコの悲しさに胸が痛む。
それともそんな風に思うのは余計なことだろうか。
…そうかもしれない。
あたしが告白できないのは、ふられるのが怖いだけなんだろうか。
答えがわかっているのに怖いだなんて、あたしはバカだ。
そして多分、答えがわかっているからこそ怖いのだと思う。
この恋をなくしてしまうのが怖いのかもしれない。
あいつも同じなんだろうか。
あたしは廊下でぼんやりとあいつの背中を見ていた。
人が行き交う廊下で、もしあいつが振り返っても気付くことはないだろうけど。
彼女の無邪気さが、今はとても苦しい。
そんなこと、彼女には口が裂けても言えないけど。
どうしてあたしは気付いてしまったのだろう。
あいつの想いに。彼女の想いに。自分の想いに。
義理チョコをもらっているところなんて、見なければよかったのに。
あいつの複雑な顔なんか、見なければよかったのに。
そして、彼女は気付いただろうか。
あいつの複雑な顔に。
気付いているのだろうか。
あいつの彼女への想いに。
もし気付いていても、あいつが言わない限り知らない振りをするだろう。
それはとても優しい嘘だけど、とても悲しい真実かもしれない。


(2005/10/14)


To be continued.