Onesided Love Story




第二章 十六歳〜真実〜



七月

夏休みに入る前、久しぶりにユリと遊びに行った。
ユリは珍しくまだ同じ人に片思い中だった。
今度はさすがに思い切れないらしく、告白の機会をうかがっていたもののどうしてもその決心がつかない、と。
笑いながらあたしの気持ちがよくわかったと言った。
五月の連休中に一度、あの仲間たちで会ったとき、ミキは中川君から返事をもらっていた。
それまでも時々廊下などで会うと中川君たちと話をすることもあったけど、
ミキがどう思っているのかあたしにはよくわからなかった。
中川君にはミキを友だち以上には思えない、と言われたと。
ミキは告白したことで既にこの恋は終わりだと終止符を打っていたらしく、思った以上にさっぱりした顔でそう話してくれた。
ユリとそんな話をしながらお茶をしていたら、ユリは少し言葉を濁しながらあたしに言った。

「中川君、実は好きな人がいたらしいんだ」
「へー、そうなんだ」
「うん…。で、さあ…」
「何よ」
「まあ、もういいって言ってたから、いいかな」
「…何が?」
「その好きだった人」
「ふ〜ん。それがユリってんだったら笑うけど」
「違う!」
「…いや、何もそんなにムキにならなくても」
「ああ、ごめん。いや、つい…」

あたしは目の前に置かれた水の入ったコップの水滴を見ていた。

「…ミュウだよ」
「へー、そうなんだ」
「…あたしの言ったことわかってる?」
「何が?ごめん、他のこと考えてた」

ユリはなぜだか笑い出した。

「だから、中川君の好きだった人って、ミュウだったんだってば」

あたしはユリの言ったことをもう一度頭の中で反芻した。

「は?あたし?」

あたしは中川君のことをもう一度考えた。
いったいあたしのどこを好きになったと言うのだろう。
そもそもいったいどこにあたしを好きだという態度があっただろう。

「…ま、まあ、ミュウって、案外鈍いかもね」
「いや、鈍いとかそういう問題じゃない気もするけど」
「ミキの手前、かなり自制していただろうし」
「…なんであたしなんだろう」
「さあ、理由なんか知らないけど、案外遠藤君に片想いっていうのがよかったのかもよ」
「中川君て、変わってる。て言うか、マゾ」
「中川君いわく、ミュウも変わってるって言ってたけど」
「…そういうこと言うかな。仮にも好きだと言ってた相手のこと」
「ただね」

ユリは紅茶を一口飲んで言葉を続けた。

「好きだと言わずにずっと見守ってるだけというのは、なんとなくわかる気がするって」
「そうかな…。ふられる勇気がないだけだって気もするけど」

そう言えば、中川君は随分とあたしの恋路について心配してくれたっけ。
ただの世話焼きだと思ってたけど。
あたしがあいつに片想いしてるってわかってて好きになるって、どんな気持ちなんだろう。
それでも、少しうれしかった。
こんなあたしでも、好きだと言ってくれる人がいたんだってこと。
あたしもあいつにそう言ったら、こんな風に思ってくれるだろうか。

「あとね、もう一つ言わなきゃならないことがあるんだけど」
「もう、この際何でも聞くよ」
「うん、あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど」

ユリはあたしの顔を伺うようにして言った。
怒るって何を?
たとえあいつが彼女と付き合うようになったと聞いても怒らないけど。
あいつの好きな人が実はユリだったと聞いても多分平気だけど。

「…遠藤君にさ、ミュウが好きだってことばれちゃってるみたいで」
「は?!」
「誰かぽろっとしゃべっちゃったみたいなんだよね」
「ぽろっとって…」

あたしはバカみたいに口を開けて絶句した。
ばれてるって、いつから?!
前よりよく目があうなって思ったのは、気のせいじゃなかったんだ…。

「どんな話でそういうことになったのか詳しくはわからないんだけど、なんか、そうなっちゃったみたいで…」

そうなっちゃったって…。
なんだか急に足元がガラガラ崩れるような気がした。

「言った本人は凄く気にして謝ってたらしいから、どうしても文句言いたければ聞いて呼び出すけど」

言わずに黙ってた罰だろうか。
そんなことまで考えてしまう。

「…まあ、いいけど」

なんとかそう言って、引きつった顔を笑顔にしてみる。
その話を聞いてあいつはどう思ったのだろう。
好かれて迷惑?少しはうれしいと思ってくれた?

「それを聞いてどういう感じだったんだろう」
「少なくとも遠藤君は嫌な気持ちではないみたいだけど」

…それこそ嫌だなんて思われてたら、ショックで立ち直れないけどね。

「おかしいと思ったんだよね」
「何が?」

あたしは1学期中の出来事を思い出してみる。
いつもいつもあいつばかり見ていたわけじゃないけど、確実に目があうようになったのだ。
それはほんの一瞬、何かの拍子に。
廊下の人ごみで、登下校の校門で、教室に入った瞬間で。
それは動悸がするほどうれしいことだったけど、逆に戸惑ってもいた。
こんなに視線が合うようじゃ、あたしの気持ちがいつかばれてしまうんじゃないかって。
いつか、じゃなくて、もうばれてたってのは、笑うしかないけど。

「うーん、なんだか、前よりよく目があうようになったし」
「そりゃ、気にもなるでしょ」
「そうか、そういうもんかな」

…一応気にしてくれてるわけね。

「この際告白しちゃえば」
「…しない」
「なんでよ〜」

なんでって、言われても、うまく言えないけど。

「ねえ、ユリが片想いしてる人のどこが好きって聞かれたら、答えられる?」
「ん〜、笑顔がいいとか?」
「そうだよね、なんかあるよね」
「…ないの?」
「わからない」

正直、どう答えていいのかわからない。
優しいところとか、負けず嫌いなところとか、ちょっとはにかんだ笑顔とか、そういうのは認められるけど、だから好きっていうのにはならない気がする。
だって、そういうのは後でわかったんだから。
アキちゃんに聞いていただけのときはそんなものかと思っただけで、別に好きじゃなかったわけだし。
あたし、本当にあいつのこと好きなんだろうか。
ただ、好きだと思ってるだけなんじゃないだろうか。
あいつが彼女と付き合うようになっても、多分見守っていける。
それって、本当に好きだと言えるのかな。

「ミュウはさ、きっと長く見つめすぎちゃったんだよ。もう、言うタイミングがわからなくなっちゃってさ」
「…そうかもしれない」
「だけど、口に出してみたら少しは違うんじゃないかな」

でも、もう遅いよ。
あたしはずっとこのまま見守り続ける気でいるんだから。
あいつの恋が叶うのなら、それはそれでほっとするかもしれない。

「なんと言うか、ミュウも中川君も…遠藤君も、あまりに相手のことばかりで悲しくなるよ」

願わくば、ミキが気づいていないといいな。
気付いてるかもしれないけど、もしかしたら影で泣いていたかもしれないけど。

「カナ…ね、今付き合ってる人いるんだって」

あたしは平気を装って顔を上げた。
でも、その相手はあいつじゃない。
ユリはそう言いたかったんだと思う。
多分ユリも知っているんだろう。
あいつが彼女を好きなこと。
じゃあ、あいつはふられたのかな?

「カナがあたしに遠慮してるなんてこと全くないよね?」

それだけが気がかりだった。

「多分ないと思う。カナは優しいけど、同情で好きになったりはしないから。ねえ、遠藤君とよく目があうってことは、気にしてくれてるってことでしょう?案外告白したらうまくいくかもよ?」
「気にするのと好きなのとは違うから」

すぐに気持ちを切り替えられるほど人間簡単じゃない。
特に、あいつは。
負けず嫌いな分、簡単にあきらめるようなやつじゃない。
ダメだと思いつつ、きっと彼女を想ってるはずだ。
そう言うあたしもあきらめが悪いのかな。
暑い夏の日差しは、容赦なくあたしたちを照りつける。
明るい日差しに何もかも晒されてしまって、少しだけ心もとなくなる。
でも、日差しが強ければ強いほど影も濃くなるんだってこと、そのときのあたしは忘れていた。
次にあいつと顔を合わせたとき、あたしは平気でいられるだろうか。
カナを見たとき、本当に平気でいられるだろうか。
あいつは今、平気なんだろうか。


(2005/10/17)


To be continued.