Onesided Love Story




第二章 十六歳〜真実〜



十一月

あの夏以来、あたしとあいつの仲が変わったかと言うと、変わったと言えば変わった。
席替えで偶然席が近くなったせいか、いつもより会話をする機会が増えたことだ。
でも、変わっていないと言えば、変わってない。
あたしが告白したわけじゃないし、あいつが特別何かあたしに対して態度が変わったとかいうこともないので。
あいつはあたしの前に座っている。
あたしは授業中だろうとぼんやりと前を見ればあいつが座っているので、不思議な感じだ。
授業中に居眠りしていて、前からプリントが回ってきた。
プリントを差し出しても受け取る気配がなく、声をかけても返事がないので、
あいつは振り向いてあたしの頭を一つたたいた。
あたしは驚いて顔を上げる。

「…寝てんじゃねーよ」

笑ってそう言った。

「ああ、ごめんね」

あたしは間抜けな寝姿を見られて、少し赤くなりながらプリントを受け取った。
思わずよだれは出ていなかっただろうかと口元を拭う。

「あ…」

あたしの顔を見て、あいつは吹き出した。

「顔に教科書の跡がついてるぜ」
「げっ」

あたしはとっさに顔を片手で押さえた。

「…つーか、逆なんだけど」

そう言って前を向いて肩を揺らして笑っている。
あたしはひたすら下を向いて自分のうかつな行動をのろった。
あいつがそんなにも笑うこと、知らなかった。
いつも一歩引いたような感じで、大笑いしているのを見たことがなかった。
あたしは受け取ったプリントを眺めながら、これが普通のクラスメートの会話だよなーと思っていた。
あたしがあいつのことを好きなのを知っていて、あいつは知らない振りをしている。
その割には緊張感なさげなあたしの態度が、更に笑いを誘っている気がしないでもない。
それとも、気を使ってくれているのだろうか。
あいつは、女の子には優しい。
女の子は守るべきものとでも思っているかもしれない。
それに少しだけ甘えさせてもらおう。
隣を並んで歩かなくてもいいし、毎日会話したいだなんて思わないし、ましてやあたしのことを好きだと言ってもらわなくてもいい。
志が低い気がしないでもないけど、せめて普通のクラスメートとして話してくれればそれでいい。
そんな風に思っていた。


美術部に顔を出した。
さすがに2年になり、文化祭の展示にデッサン程度の出展じゃ部長が認めてくれないので、せっせと通って製作に励んでいた。
そもそも体育祭があったおかげで、美術部員は皆かなりハードスケジュールだった。
体育祭に使われる入退場門の応援幕作りに、クラスの応援団旗やパネルの作成におおいにこき使われたのだ。
あたしも例外ではなく、今年もハチマキで楽をしようと思ったけど無理だった。
美術部であることがばれて、あのバカでかい応援グッズの数々のデザインと制作に携わることになったのだから。
その合間にも文化祭の出展物にも手をつけなければならなかった。
悩んだ挙句、ぐだぐだと色をアクリルで塗りたくった。
最後の最後までそれを提出しようかどうか迷っていた。
それを見た部長は、「別にいいんじゃない」と言ったので、提出することに決めた。
美術室からグラウンドは見えない。
今日はあいつもクラブに出ているはずだ。
ただ、空と校舎が見えるだけ。
提出物を展示場所に飾ってから、空を眺める。
空はそろそろ夕闇が近づいてきて、青から薄い紫へと色を変える。
太陽が沈み行く方向には夕焼け。
校舎が遮って全ては見えない。
窓の外を眺めていたら、先輩がいつの間にか立っていた。

「もう帰る?」

先輩は帰り支度をしていたけど、窓の外を見ると少し手を止めた。

「あたしもこの夕焼け好きだな」

どうやっても校舎の向こうはのぞけない。
あいつがこちらのほうへ近づくか、あたしがそちらへ行かないと、見ることもできない。
まるで今のあたしとあいつのようだ。

「あの絵、せつないね」
「…あたしの、ですか?」
「うん。あの周りを青で囲って、中は紫のようなピンクのような淡い色と黒くて濃い色」
「…抽象的であまりわからないかなと思ってるんですけど」
「でも、タイトルは『想い』でしょ?恋してる心の中だね。青い透明なバリアって、あなたらしい」
「なんか、そこまで見透かされてると恥ずかしいです」
「でも、正直な心の中だよね。部長がさ、この間言ってたんだけど」
「部長が?…あの絵のこと?」
「うん。ほら、部長のクサイセリフあるじゃない」
「ああ、『僕たちは皆絵の具なんだー』って、やつですか」
「そうそう。それでね、太田さんの心の中だよねって、一目見て言ってたの」
「うわ、ちょっと照れるな」
「太田さんはね、青のイメージなんだって。あの絵の具の色のような、薄い、透明な青。でも、水色じゃなくて、青」
「あれはなんとなく選んだだけで、自分のイメージじゃないんですけど。それに、なんだかそれってきれいすぎませんか?」
「ううん、太田さんのイメージだよ。あたしもそう思う」

先輩はきっぱりと言った。
あたしは少し驚いた。
確かに、自分のイメージで選んだわけではないことは確かだけど、あの青は心のバリアだ。
透けて見えるけど、決して開いてはいないバリア。
たたいたら壊れそうなくせに、必死で強がって保ってるバリア。
あいつに触れられたら、息苦しくて、色を濃くしていくバリア。
紫は迷ってる心。ピンクは戸惑ってる心。黒は自分の醜い嫌な部分。
心穏やかな黄色。自分のバリアと混じってる平常心を保とうとしている緑。
自分の制御できない怒りの赤。まだ、自分でもわからない未知なる白。
あいつはこの絵を見に来るだろうか。
見たら、どう思うだろう。
何も考えずに通り過ぎていくかもしれない。
見過ごしていくかもしれない。
でも、もしも、あいつが足を止めてくれたなら、なんとなくわかってくれそうな気がする。
どうしてだろう、そう思えるのは。
あいつのことなんて、あたしはこれっぽっちもわかってないのに。
でも、あいつを想う気持ち、あいつが彼女を想う気持ちは、なんとなく理解しあえる気がする。
時々、ほんの時々だけど、何を考えているのかがわかる気がする。
それはもしかしたらとんだ勘違いかもしれないけど。

「それじゃ、お先に」

先輩は薄暗くなってきた美術室を出て行った。
あたしも戸締りをして帰ることにした。
玄関を出ると、夕闇の近づいたグラウンドにあいつの姿を見つけた。
クラブハウスに向かうあいつの視線の先には、テニスコート。
テニス部も活動を終えて片付けを始めている。
その中にはきっと彼女の姿。
彼女はきっと気付かずに友だちと笑っている。
そんな彼女を見ているあいつをあたしは見ている。
あいつはきっと気付かない。
すぐに日は落ちて、きっとそんなあいつの姿も、彼女の姿も見えなくなるだろう。
あたしは闇に乗じて心のバリアを覆い隠す。
あいつはあいつで同じようにバリアを張り巡らせている。
そして、あいつの心のバリアも多分…青だ。
あたしとは違うもう少し濃い青。
同じ青でもあいつとあたしは違う。
ただ、似てるだけで、同じになることはない。
これは喜んでいいのか悪いのか。
きっと、同じ青の空と海が混じることがないように、あたしとあいつも混じることは決してないと思う。
当たり前だけど、少しうれしくて。少しせつなくて。


(2005/10/17)


To be continued.