Onesided Love Story




第三章 十七歳〜想い〜



三月

自由登校になってから、あいつとはほとんど会わなかった。
たまの指定登校日に行くと、あいつはさっぱりした顔をしていた。
進学先が決まって落ち着いたのだろう。
あたしもなんとか県外の大学に決まっていた。
あの子も専門学校に進学を決めたらしかった。
あの子とはグループが全く違うせいか、同じクラスでもほとんど話さなかった。
あの子はあたしの存在など気にはかけない。
彼女とはまた違った意味で目立つ子だった。
かわいいと言うよりは美人。
少しプライドの高そうなところが余計にあの子のきれいな顔を目立たせている感じだった。
昼のお弁当を食べるのにあたしの席を貸していた時期があったので、自分で作っていると言うあの子のお弁当のきれいさに感心した。
実際に味見したわけではないのでおいしそうとしか言えないけど、あの子を見る目が変わったきっかけともなった。
あいつのどこを好きなったのか、本当はぜひとも聞いてみたかった。
それは、どうしてあいつなのかというあたしの答えになるのを期待していたからかもしれない。
もちろんそんなことを聞けるわけはなく、別れの日は近づいていた。

卒業を前にして、あたしの思いは揺れていた。
このまま何も言わないで忘れてしまうのが一番いいのか、きっぱり口に出してしまったほうがいいのか。
この3年間で、あたしの気持ちは徐々に変わったのは確かだ。
もう1年生の頃のような胸の痛くなる想いはなかった。
誰にも知られたくなかった想いだった。
2年生の頃は、あいつを知りたいと思った。
知って理解したいと思っていた。
この一年は、今までに知ったあいつの表面の意味を探っていたような気がする。
そんなことに何の意味もなければ、ただの迷惑でしかないというのに。
今となってはあいつのことが好きなのかどうかさえわからない。
あたしはあいつと離れても、懐かしくは思うけど、会いたくて焦がれるような気持ちにはならないだろう。
卒業して何年か経って、懐かしい気持ちであいつに会うことができる。
ただのクラスメート以下になっても、泣いたりはしない。
だから、多分好きじゃないのだ。
好きなんかじゃない。
あたしは呪文のように繰り返していた。
今なら、好きかどうかわからないと言ったアキちゃんの気持ちがわかる気がする。
あのときのあたしが今のあたしの気持ちを聞いたら、何て言うだろう。
本当は、好きだったんだよ、と言ってくれるだろうか。


卒業式の日は小雨が降っていた。
春の雨はまだ冷たく、音もなく降り続いた。
卒業式は練習のときのように何事もなく進んでいった。
あたしは泣かなかった。
何が悲しいのかわからないまま卒業式は済んだ。
最後のホームルームも終わって、あたしはぼんやりとしていた。
あいつは珍しく皆と騒いでいる。
マリとミキとも離れるのはさみしかったけど、二人ともそれぞれちゃんとやりたいことを見つけたから離れるのだ。
あたしはあいつにみっともないところを見せられないから、あたしも自分の道を歩んでいく。
だから、あいつと違う大学になっても平気でいられる。
家を離れて、街で偶然に会う確率さえなくなっても、あいつがあいつらしくいるのなら、笑っていられる。
何年か経って、あたしのこともすっかり忘れてしまって、同窓会で会っても思い出してもらえなくてもいい。
あたしはそのときあいつが驚くほどのいい女になって、名前を必死になって思い出そうとしているあいつを見てみたい。
それともやっぱりあいつは無関心なふりをして通り過ぎるだろうか。
…そんなバカなことを考えていた。
今日ばかりは教室のざわめきが心地よかった。

あたしたちは帰ることにした。
小雨がまだ降っていたので、傘をつかんだ。
下駄箱にあいつの靴はまだあった。
あたしは今日も何も言わなかった。
あいつの靴を見てぼんやりしていたら、マリとミキはとっくに靴を履いて校門へ向かっていた。
ところどころで聞こえる泣き声は、いつもと違う光景。
もうここに来てあいつの下駄箱を確かめることはないし、あいつのいる教室に入ることもない。
明日からはあいつを見ることもないだろう。
そんなことを考えながらでも身体は決まった動作をいつものようにこなす。
靴を履いて玄関に行き、傘を広げる。
雨の中を一歩踏み出す前に横にいる人に気がついた。
…あいつだった。
まだ傘を広げようとしているところで、あたしに気がついていたのかこちらを見ていた。
何か言いたかった。
かすかな雨の音を打ち消すようにあたしは言った。
できるだけ、笑顔で。

「元気でね」

あいつは何も言わなかったし、表情も変えなかった。
言わなければよかったと後悔した。

「ミュウ!行くよ〜」

校門に行きかけていたマリとミキがあたしを呼んでいた。
あたしはそのままあいつの顔を見ずに行くことにした。
雨の中を足を踏み出した。
その背中に、傘に当たる雨の音に混じって声がした。

「三年間ありがとう」

歩き出した足を止めて振り返った。
雨の向こうのあいつは、傘に隠れていた。
果たしてあいつの声だったのか、あたしに向けられたものだったのか、確信が持てなかった。
あたしは再び前を向いて歩き出した。
校門を出るまでマリとミキと一緒に行き、別れ道で近いうちに会う約束をして別れた。
一人になって、あたしはあいつの声を思い出していた。
あの雨の中で聞いたのは、あいつの声だったろうか。
あいつの顔を思い出していた。
最後の顔は見えなかった。
思い出すのは、あいつの無表情な顔。
そして、あいつの笑顔。
ありがとうって、何に?誰に?どうして?
もう、聞けない。
小雨は降り続く。
あたしは傘を差しながら少し空を見上げた。
辺りは霧雨で煙ったようになっていた。
もっと大粒の雨が降っているとどうして思ったのだろう。
いつの間にか、あたしは泣いていたのだ。
声もあげずに泣いた。
もっと話せばよかった。
本当は好きだったと言えばよかった。
あたしはどんな顔をしていただろう。
精一杯の笑顔を見せたはずだけど、もしかしたら笑顔じゃなかったかもしれない。
傘に隠れて、あたしは泣きながら家路をたどった。


(2005/10/26)


To be continued.